42 走る
「では生きて会おう! ゴー!」
レドさんの号令で俺たちは民家から一斉に飛び出した。地下の暗さに慣れたせいか、静かな月明かりすら眩しく感じる。外の景色、空気、こんな時だというのにそよぐ夜風を心地よく思う。たった一時間ほどの地下への潜伏。その間に何かが大きく変わってしまったような、そんな錯覚に見舞われた。
作戦通り、レドさんとベルさんは広場の方向へ、残りの俺達は路地を走り市街へと向かう。
心臓が高鳴った。危険だと分かっていて敵の只中へ飛び込むんだ。どうかしてる。だけどあのまま地下でネズミのように追い詰められるよりかは随分マシな気がした。あの分かれ道を、戦う道を選んでここまで来たのは間違いではなかったと思いたかった。
なるべく魔物に出会わないよう、小さな脇道を走る。先頭を進むガブの合図で路地から路地へと、身を低く隠しながら進んだ。勢い良く飛び出した割には歩みは遅い。たっぷり時間をかけてやっと数ブロック進んだところでミレイが不安げに口を開いた。
「ねえ、このペースで大丈夫なの? 全然進んでないけど……」
「しょうがねえだろ。至るところ魔物だらけだし。見つかったら嫌でも走ることになるんだから……」
と、ガブが路地の角を曲がった時、出会い頭に冒険者パーティーと出くわした。イベントに飽きたのかその数人の冒険者は道端に座り込み、トランプゲームに興じている。
すいませーん……と声をかけ、そそくさと手刀を切って、その前を通り抜ける。すれ違い様、俺たちを怪しむ視線を、いや、主には俺を怪しむ視線をジロジロと感じた。
急ぎ足でそそくさと通り過ぎ、ほっとため息を漏らす。
「……びっくりした……」
「ニアちゃんに気付いてないよね……」
俺は盾の影に隠したニアの様子をチラリと確認する。
腕の中のニアは出来の悪いタヌキの着ぐるみに全身を包んでいた。別れ際に八丁さんが投げてよこしたのは、彼とお揃いのミニサイズの着ぐるみだ。
外は目立つから着せろ、ということなのか、単に昨晩着させそびれたからなのか、彼の真意はわからなかったが、確かにカモフラージュにはなるのかも知れない。
これから俺たちの思惑どおりに事が運べば、多くの冒険者にニアの存在を晒すことになる。さっきの冒険者たちも俺の事をタヌキのぬいぐるみを抱いた変な奴、とだけ思ってくれれば都合がいい。
ガブが飛行型ペットの目を借りて周囲を探索するのを待っていると、ふいに後ろから驚くような叫び声が聞こえた。
おそらくさっきの冒険者パーティー。闇に目を凝らすと、トランプを舞い上げながら数匹の魔物が路地を凄い勢いで駆けてくる。爛々と燃えるその瞳の輝きはこれまでに散々見たものと同じだ。言うまでもなく、ニアを狙っている。
「……やば……」
「走るぞ!」
ガブの合図で俺たちは一斉に駆け出した。
いよいよ、始まった――
もう進むべき道を選んでいる余裕はない。路地を闇雲に駆け抜けると次々に魔物と出くわした。そのすべてが俺たちの後を追ってくる。冒険者と揉み合っている最中の魔物でさえも、脇を通り抜けた途端に標的を変えその群れに加わった。やっぱりとんでもないヘイトだ。
「すごい来てるけど!? これ大丈夫なの!?」
後ろを振り返れば、魔物が団子となって追いかけてくる。まるで坂道を転げ落ちる雪だるまのように、それはどんどんと膨れ上がっていく。
「走るしかないだろ! って、店だ!」
ガブの声に前方を見やると、確かに商店街の街並みが見える。屋台村だ。が、普段は入り口に架かったアーチ型の看板が、すっかり破壊され、路地を塞ぐ形で地面に横たわっていた。バリケードのようなその残骸を飛び越える。すぐ背後で魔物たちが看板に激突する音が響き渡った。
道の両脇には屋台が並ぶ。おあつらえ向きにNPCの店番たちの姿はなかった。泥棒を見るやいなや、衛兵の到着を待たず自ら襲いかかってくる武闘派の店番もいるため幸いだ。
走り抜け様に屋台に陳列された商品をかすめ取る……つもりだったのだが、戦いの混乱のせいかアイテムはほとんど残っていなかった。立ち止まり、雑多に散らばったアイテムの残骸をかき分けながらミレイが叫ぶ。
「ない! ない! ない!」
「ムリ! 次の店!」
ガブがミレイを急かし、俺たちは再び走り出す。数件の商店を通り過ぎ、屋台村がいよいよ終わりが近づくかという頃、やっと商品の残ったまともな店が見えた。
やるしかない。
まるでマラソンの給水所よろしく、立ち止まる事無くカウンターに並べられた商品をかっさらった。俺の手には一瓶の聖水。ミレイはさらに数本、ガブに至ってはごっそりと爆弾やら弓矢やらをその小さな腕に抱えていた。
「飲み干せー!」
ガブの掛け声で俺とミレイは走りながら瓶の蓋を引き開け、グビグビとそれを飲み干した。
「ごめんなさーい!」
とミレイは空に向かって懺悔しながらも次々と聖水を飲み干す。そのまま屋台村を通り抜け、立ち止まることなく俺たちは都市の南側に向かって走り続けた。目指すは遠く、空が赤く燃える方角だ。煙が幾つも立ち上ぼり、戦闘の激しさを示していた。きっとあそこに、あいつはいる。
ガブがさっそく補充した爆弾を背後に向かって放り投げると、爆発とともに煙が上がった。その黒煙を突き抜けて、魔物たちは一心不乱に迫ってくる。
「そこの細い道に! なるべく狭いとこ!」
ガブに従い俺たちは急角度で方向を変え、体ひとつ分しかないような狭い路地に入った。走る速度は緩めない。先ほどの下水の逃避行でわかった。狭い道に入れば魔物はお互いがお互いを押し退けあって歩みが遅くなる。壁がめまぐるしく迫る。まるでジェットコースターだ。
「やば!前にいる!」
ミレイの肩越しに前方を見ると、道を塞ぐ形で一匹の魔物がこちらに向かって突進して来た。半魚人のような姿と、鋭い刃物のような爪。
「飛んで!」
俺の合図でミレイは路地の壁を蹴り、三角飛びの要領で素早く飛び上がった。そのまま魔物の頭上を華麗に越える。
俺は走る勢いのままそいつにタックルをかます。無理矢理に隙間を通り抜けようとした俺の足を、倒れながらも暴れる魔物の手が掴んだ。
体勢を崩した弾みでそのまま引き倒される。
俺はニアを庇いながらも、魔物を引きはなそうと闇雲にもがく。魔物はその爪をニアに向けて振り上げる。
魔物の力がふっと緩んだ。見上げれば魔物の頭の後ろから首に向けて、ガブが短剣を突き立てていた。
「フジ! 立て!」
ガブが文字通り俺の尻を叩く。ニアを抱え上げ俺たちは再び走る。
息をつく暇もない。
狭い路地を抜けると急に視界が開けた。
広い通りの先ではミレイが立ち止まり、何かを見上げていた。
視線の先にそびえる、月を覆うような巨大な影。炎と黒煙が舞い上がる中、その巨大な黒竜は夜の闇を一層に濃くするように君臨していた。
あれがこの夜の王。
『暗黒竜ナンガナンガ』だ。
【暗黒竜ナンガナンガ】
神話の時代、光神ヘルペスが逆光神へと堕落した際に産み落とした12の眷族の一匹。体からまき散らす瘴気はすべての光を遮り、見る者の心にすら影を落とすと云われる。




