41 外へ
と、いうわけで。なんとか地下の脇道を進んだ俺達はようやく出口らしき場所に辿り着いた。
いつの間にか水音も聞こえなくなり、地上が近いことを感じさせる。洞窟のような通路の先に、頼りない梯子が天井に向けて伸びていた。梯子を登り頭の上の石畳を動かすと、隠された出口が顔を表す。カビの匂いと、積まれた木箱。おそらくガブが言っていた民家の地下室だろう。
部屋の隅に設置された石造りの階段を登ればおそらく外に出られる。その先の扉から漏れでる微かな明かりは、なんだかとても久しぶりで、懐かしい感じがした。
みんないつの間にか無言だった。いつ次の敵の群れが襲ってくるかも知れないという緊張感もあったが、敗戦に向かう兵士のように絶望的な気持ちがあったからかもしれない。
木箱の影に身を小さくしながら、「いいかい、この作戦で重要なのは時間と、連携だ」と、レドさんが声を殺して言った。
まずはMPの補充が最優先だった。すっからかんの俺たちは、作戦遂行のためにまずは何としてでもMPを補充しなくてはならない。街中にある商店に赴き、回復アイテムを手に入れる。それが第一目的だった。
しかし一歩通りに出た途端魔物たちが襲ってくることが予想される上、そもそも店に店員がいるのかどうかすらわからない。まともに買い物なんてしてる状況じゃないのは確かだった。
そこでレドさんが立てた作戦とは、ズバリ……
泥棒だ。
「今までキレイな体でいたのに…」
ミレイが聞きようによっては誤解されるような言葉を発した。
「こんなことになるなら赤目の落とした装備貰っておけば良かったし。なんかさっきの自分が恥ずかしくなってきた……」
ため息をつくミレイにレドさんが軽い口調で励ます。
「大丈夫、軽犯罪は一時間の奉仕活動でチャラだから。イベント終わったら気持ち良く城壁外の草むしりでもしようじゃないか」
「レドさん自分でやらないからそういうこと言えるんですよ。マジで勘弁してくださいよ」
ここから最も近い商店に一目散に向かい、店頭から回復アイテムを奪って逃げる。それが第一の作戦だった……。
「いいかい、この作戦は時間との勝負だ。モタモタしてたら魔物が寄ってくる。衛兵は出払ってるから泥棒しても君達を追ってくることはないだろう。このイカれた街角はすでに無法地帯なのだよ」
要はさっきの赤目と同じでただの火事場泥棒だが、背に腹は変えられない。
「マップではそこの出口から少し進めば大通りのはず。君たちはまずMPと道具を補充してくれ」
外からはかすかに冒険者の声や、魔法の爆発音が聞こえる。
「ここから先は別行動だ。さっき説明したようにベルさんと僕は広場に直行するから、君たちはとにかく目標を……」
その時、背後から物音がした。全員がビクッと肩を上げて振り向く。今しがた塞いだ床の石畳が音を上げて跳ね上がる。
追い付かれた。
「い、行くしかない! ゴーゴゴー!」
あたふたと、上階へ続く階段に足をかけたが、勢い良く出口の扉が開く。暗がりに浮かび上がる魔物の影。まずい。
挟み撃ちだ。
「ニアを守れ!」
全員が俺を取り囲むように円陣になる。やっと出口にたどり着いたのに、MPもかつかつの俺達にとっては正念場だ。
外への扉から現れた黒い影はのっそりと、出口を塞ぐように立ちはだかる。
相手の動きに合わせて反撃しようと構えたが、その影は体格に似合わぬ素早い動きで俺たちに向かって突撃する。なんだこいつ。めちゃくちゃ速い。その上、刀を振り上げ――
刀?
それは一瞬の出来事だった。
刃の斬撃はまるで風のように俺の身体の脇をすり抜ける。振り向いた時には、背後から迫っていた三体の魔物は血を吹き出し体を両断にされていた。
影の主がカチリ、と刀を鞘に収めると同時、魔物は
その場に崩れ落ちる。
地下室の格子窓から月光が差し込む。静かなその明かりに照らされ、とぼけた被り物の表情が浮かび上がった。
「八丁!」
レドさんが着ぐるみの体に抱きつく。喜びをあらわに、古ぼけたタヌキの顔にグリグリと頬を擦り付けた。
「いつの間にインしてたんだよおお! ログイン通知オンにしとけっていつも言ってるだろこいつううう!」
「ごめん、忘れてた……マーカー辿ってきたんだけど、これ、どんな状況……?」
八丁さんの戸惑いも無理は無い。一言では説明できない状況に俺達は顔を見合わせ苦笑いした。しかしマーカーを辿ってきたというのは……。
マップを確認するとそこには大雑把だが点々とマーカーが印されていた。この状況の中、レドさんは八丁さんが来てくれると信じてひたすらにその位置を知らせていたらしい。
「説明してる時間がない! 全員揃ったところで悪いがとにかく!」
背後の穴の奥から地響きが鳴る。先ほどの魔物は先行隊のようなもの。おそらく本隊が来る。
「八丁、頼める?」
八丁さんが腰の刀を再び抜く。レドさんの問いへ答えるかのように、その音は力強く鳴った。
「……もろち……いや……勿論……!」
その言葉と同時、まるで黒いマグマが吹き出すかのように無数の魔物が床の穴から一気に飛び出した。
ニアへ一直線に向かう魔物たち。立ちはだかる八丁さんはすべてを一撃のもとに切り捨てる。鮮血がほとばしり、殺風景な地下室はたちまちに血の海と化した。次から次へと飛び出す魔物たちをその刀で薙いで薙いで薙ぎまくる。
嵐のように押し寄せる魔物の数に呼応するように、九十八結の斬撃はどんどんと速度を増す。一体も後ろへ通すまいという八丁さんの気迫がこちらまで伝わり、胸を熱くした。
「フジ!行こう!」
ミレイに首根っこを掴まれる。
俺がその戦いぶりに見とれている内に、みんな階段を登って地下室の出口からこちらを覗いている。ここは八丁さんに任せるしかない。
「……フジくん!これを!」
八丁さんが敵の猛襲の間をついて、俺に向かって何かを投げた。
何かのアイテムだ。はっしと受け止め、視線で感謝の念を送る。それを手向けのように握りしめ、俺は出口へ続く階段へ足をかけた。




