9話 ヴォックス対ユツィ 前編
「来ましたね」
「……っ」
私を見留め、僅かに目を開いた後、ぐっと歯の根を噛んだ。
ヴォックスが後ろに控える騎士の一人に目を合わせ頷くと、総勢五人の騎士が私を超えて先を駆けていった。ヴォックスはゆっくりとした動作で馬から降りて私と対峙する。
「通してくれるのか」
「貴方より弱いでしょう?」
「……」
ヴォックスの眉根が寄った。彼が連れる騎士だから実力は相当あるのだろうけど、私以外の側付きが全く相手にならない事はないだろう。王族に仕える者として日々努力している。
だから大丈夫。
今ここで一番の強い者を一番強い私が相手をするのは道理が通る。
「貴方より弱いなら充分相手に出来るでしょう。我々を見くびらないで頂きたいですね」
「では何故ここに?」
「貴方が一番の脅威だから、私が今ここで相手をするのです」
「……そうか」
分かっていた、恐れていた事が現実になった。
私達は互いに切磋琢磨し合う学舎での騎士候補生でありながら、いつ戦争で相対するか分からない敵同士でもある。いつまでも仲良く剣を素振りしている仲ではいられない。
くしくも互いに成人するデビュタントを目の前にして起こるのだから巡り合わせが悪いなと思う。
「貴方と殺し合うなんて不思議ですね」
「投降はしてくれないのか」
本心から言っているのが分かる。眉間にさらに皺を寄せて瞳に苦渋の色が混じった。
「投降はしない」
「……そうか」
静かに瞼を閉じた。互いに剣を抜き、ヴォックスの瞼が上がり目を合わせた瞬間同時に駆け出す。
戦いの合図だった。
「!」
最初は何も仕込まず互いに真正面から打ち合った。独特の金属音が響く。数秒の鍔迫り合いの内に互いの力量と本気である事を知る。
真面目な男だ。本気の私にきちんと本気で返してくる。
鍔迫り合いから剣を弾けさせ、さらに二度三度と打ち合う。打ち合う反動をもろともせず、ヴォックスは左手側に上半身を捻り、捻りを解放しながら左から右へ横一線振り抜いた。高めに振り抜かれるのを見て屈んで避ける。
「っ」
私が避けたことでヴォックスの剣を持つ右腕が背後に持っていかれるも、バランスを崩すことなく再び捻りを使って真っ直ぐに突いてきた。
自身の剣を交えて突く方向を逸らせる。この男、起き上がりかけた私の眉間を狙ってきた。首を傾け剣を耳元に立てて鋭い剣先を遠ざける。ぎりぎり音を立てる金属の擦れる音とヴォックスの射貫く視線が明確な殺意を伝えてきた。これが戦場なのかと頭の片隅で暢気な感想が出てくる。
「ふっ」
右足を一歩横に広げ踏ん張り、ヴォックスの剣を地面に押し下ろす。その勢いを使い右足で強く大地を蹴り一回転しながら横一線で斬り捨てる。
これを一歩引くことで避けられた。やはり大振りの動きはよくない。回転を止めて、ヴォックスと同じように捻りを加えて突きを出すも、私と同じように剣を交えて方向を変えた。
ヴォックスが私の剣先をさらに操作する前に自らヴォックスの剣から離して高く空へ振りかぶる。
同じ動きで振りかぶったヴォックスの剣は最初の一撃と同じく、目の前で交じり合い金属がぶつかる音を出した。
「はは、さすがだな」
「……楽しいのか?」
「え?」
「笑っている」
あまりのことに気でも触れたのだろうか。いや私は思っていた以上に冷静だ。ああ、これはきっと……笑って誤魔化しているだけ。
「ヴィーが相手で良かった」
負けても勝てても腑に落ちるだろう。
私の言葉にヴォックスが眉間の皺を深くした。真面目な彼のこと、私を斬る事に思うところがあるのか。恋愛感情を抜きにしても長く学舎で剣を交えた相手だ。躊躇いも生まれるだろう。
「投降は」
「くどい」
苦々しく紡がれる望みを砕いた。
剣に力を入れればあちらもすぐに反応し力を込める。このまま二・三打ち合うかと思った時にヴォックスが急に力を抜いた。予想してない行動に僅かに身体がずれる。その一瞬を狙い、私の剣を掬うように小さく捻られ引き抜かれた。
すぐに足を高くあげてヴォックスの剣を浮かせる。あげた足を斜めに振り下ろす力で剣を遠くに蹴り飛ばした。
「ぐっ」
私の剣はヴォックスの背後の地面に、ヴォックスの剣は私の斜め左後ろの木に刺さる。
視線が絡み、剣をとるかの一瞬の攻防の末、私達はその場に留まった。ヴォックスの左腕が上がり、肩から後ろに引かれる。軌道を予測して頭一つ下げる。拳が頭上を通り越した。
「!」
すぐに右手が同じように振りかぶられ、体勢を整えながら立ち上がり顔の右側に両腕を立てて並べる。
ヴォックスの拳が当たり、その衝撃の強さに歯を食い縛った。学んだ事とはいえ、体術を使った戦いなんて久しぶりだ。
両腕でヴォックスの腕を跳ね返すも、既にヴォックスは次の手に入っていた。右足を左斜めに蹴り上げてくる。再び頭を下げて避けるしかなかった。
「っ」
けどここで受けるだけでは終われない。
上体を下げた流れで回転を加えて、背中を向けた状態から左足を正面ヴォックスに踏み込み、左腕を裏から回すように振り抜いた。
心を抉るお時間です(笑)。好き合ってるのに殺し合うとかファンタジーの中でしかできないですよね~。二人の気持ちを考えたらを念頭に入れたまま翌日更新の後編をお楽しみください(笑顔)。
余談ですが今作殺陣が多いのは私の趣味です。出来る限り殺陣を表現する。これ結構難しいですよね。