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最終話 赤い薔薇

「ユツィ」


 ひどく真面目に見上げる瞳には緊張が見えた。

 私のこたえがどうかなんて知っているはずなのに、それでも怖いのだろうか。

 私が、ずっとヴォックスの想いに応えてこなかった私が、この日をずっと夢見ていたなんて言ったら笑う以前に驚くかな。恥ずかしくて言えるはずもない。けどきちんと応えないと、差し出される薔薇を手に取った。


「ユツィ、受けて、」

「ええ」

「!」


 嬉しさに笑ってしまうのだけは仕方ない。


「喜んで」


 途端、周囲がうるさいぐらい沸いた。まったく観客まで巻き込んで大掛かりな事をしてくれた。

 その喧噪の中でヴォックスが私にだけ聞こえるように近づいて囁く。


「……部屋に百七本用意した」

「ん?」

「本当は百八本で渡したかったんだが」


 多すぎたので、と言う。なるほどそういうことか。


「相変わらずだね」

「何がだ?」

「いや」


 こちらのことだと言うも、立ち上がったヴォックスは不思議そうに私を見下ろしていた。そういうことはサプライズで言わずにいればいいものを正直に話してしまう目の前の男に笑ってしまう。


「ユツィ」

「ん?」


 するりと左手をとられ、流れるように薬指に通してきた。


「指輪?」

「ずっと用意してなかった」


 間に合って良かったと笑う。

 ふと直近のことを思い出した。


「……あ、帝都に行ってたのって」

「これだ」


 なにがなんでも言わなかったやましくない隠し事はこの指輪だ。まったく、薔薇百八本はあっさりばらすのに指輪は隠すのか。隠すものの基準が分からない。


「結婚指輪は二人で選ぼう」

「ヴィー……」


 これだけで充分だと返しても譲らなかった。彼の言うところのけじめに入っているのかもしれない。


「ユツィが気にしていた女性だが」

「ああ」

「彼女はシレの側付きだ」

「ん?」


 弟殿下のいつも側に置いている侍女だという。

 朝の手紙は代替わりに関すること、帝都では女性が喜ぶ指輪について教えてもらっていたと。


「成程?」


 でも何故彼女を選ぶ?


「前にも言ったが……」

「ん?」


 聞こえないようにと耳元で囁かれる。


「彼女は弟の恋人だから」


 頼みやすかったと言う。

 前にも聞いた。恋人のようなのに、侍女本人から弟殿下と恋人同士であることを否定されたという。贈り物の話をした時彼女の事を話していたから再び彼女の存在を出したら指輪の事がバレると思ったらしい。

 話半分だったのが現実だった。侍女が恋人だなんて、どこかの小説でもないのに。というか、そんな雰囲気どこにもないのに?

 いやまて、恋人程近い人間であれば信用して手紙を預けられるということ? 内容が代替わりなのだから尚更だ。

 ヴォックスはそんな私の驚きなど露知らず、ああと気づいて、さらにもう一つずいと差し出してきた。


「あと、これも」

「それは君が持てばいいだろう」


 優勝者用の剣を渡された。今日の褒賞は全て君にと言う。薔薇と指輪だけならかなりロマンチックに終わるのに剣を寄越すのか。出会った頃から変わらないと思うと再び笑えてくる。


「……ああ」

「どうした?」


 閃いた私に小首を傾げるヴォックス。


「もう一試合お願いしよう」

「は?」


 私は笑顔で同じことをもう一度言うが、ヴォックスの瞳は驚きに開いたままだった。


「親善試合、第二皇子殿下の圧勝で些か盛り上がりにかけていましたね、ファーブラ」


 側で様子を見るだけだった殿下がにんまり笑う。悪戯を思い付いた子供と同じ顔だ。


「いいわね」

「え?」

「では参ります」

「健闘を祈るわ」


 ヴォックスが声をあげる前に足をかけバランスを崩したところを闘技場へ投げ入れた。当然綺麗に着地をおさめる。


「ファーブラ、これを」

「はいはい」


 薔薇を渡してヴォックスの前に立つ。そのまま剣を振り下ろすときちんと受け止めた。

 殿下が特別試合を行う旨を発し、会場が沸けばもう逃げられない。


「何故!」

「その方が私達らしいと思って」

「そんな」

「ほら、油断大敵」

「ぐっ」


 今度は油断しない。欠点も修正して挑むとしよう。


「再挑戦の権限ぐらいあるでしょう?」

「ユツィ、待っ」

「待たない」


* * *


 結果。

 私が勝利した。

 座り込んだヴォックスを見下ろす。


「リベンジ成功だね」

「……そうだろうな」


 弱点がなくなったじゃないかと不満そうに囁く。大振りの攻撃さえなければヴォックスに勝てる。とはいっても、あれを避けてカウンターできるのはヴォックスだけだ。強さの次元が違うところで話をしているのを、この男は理解していたのだろうか。


「私達はやっぱりこういう関係が合う」

「そうか」


 眉を下げて笑う。誰にも聞こえないのをいいこと言葉にした。


「正式に結婚したら……」

「え?」

「結婚したら子供は三人ぐらいほしいかな」


 予想してなかったのか、ヴォックスはこれでもかと顔を赤くした。

 結局、これから起こる併合国奮起の終息やら互いに大怪我負ってしまうやら、国家転覆未遂事件が起きるやらなんやらで、結婚までは数年要することになるけど、この言葉通り子供は三人授かることになる。

 めでたしというには稚拙な感情のやり取りだったけど、それも私達らしくていいだろう。

薔薇1本→私には貴方だけ、薔薇108本→結婚してください

ということで、ヴォックスユツィのお話本編はこちらで最終です。

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