47話 ヴォックスの不審な動き
「副団長、すっぱぬかれてます」
「おお……」
殿下と再会したあの日、海辺の散策の抱擁が記事にされた。一瞬敢えて載せたのかとも思ったがヴォックスが顔を赤くしているのを見てたまたまだったと気づく。殿下のことが知られなくてよかった。どうやら結婚間近かという展開で記事はもっていきたいらしい。慶び事がある方が国民も嬉しいだろう。
「戦い明けの休み、お忍びで逢引き、ねえ……」
「す、すまない……」
「謝ることじゃないでしょう」
「別に抱き締めるぐらいいいじゃないですか。閨事すっぱぬかれたわけじゃないし」
「お前はもう少し言葉を選べ」
「へーい」
判子お願いしますと軽く頼んで去っていった。ヴォックスはまだ顔を赤くしている。
「そこまで恥ずかしがらなくても」
「そんなつもりはなかったんだ」
まあ抱き締めるというのは私から願い出たことだからヴォックスが気にすることでもないのだけど、と言ったところで無駄だろう。ヴォックスの中では親善試合まで告白すらお預けなのだから。
「難儀だね?」
「ユツィに言われたくない」
何故そこで対抗心を燃やすのか。ややこしくなるのでなにも言わず書類を渡した。
* * *
「……」
ファーブラ王女殿下と再会を果たしてからヴォックスはひそかに忙しくなった。皇帝の代替わりがあるからだろう。私は新聞を眺めながらぼやく。
「ヴィー、皇帝が病気というのは事実?」
武力侵攻を掲げてレースノワレが滅んだあたりから身体の具合がどうこう言う記事が出ていた気がする。それ以前は自ら戦場へ出るような男だった。
「……身体の調子が良くないのは事実だ」
「というと?」
「第一皇太子妃が絡んでいる」
どこぞの侯爵家のご令嬢だったか。聖女だと一部の帝国民から崇められているが、まさか自分の夫になる男の祖父に危害を加えるとは。
「やり方が巧妙で証拠が出ない。こちらとしても御祖父様がすんなり代替わりを許してくれる好機でもあるから表沙汰にできないという事情もある」
「ふむ」
となると忙しさが割り増しだな。
「ユツィ?」
「忙しいね?」
「ああ、すまない」
謝るのは二人の時間がとれないことにだろう。騎士としてきちんと時間をとっているのだから。確かに不謹慎なのは分かっているが、全てのしがらみから解放された手前、もう少し触れあいたい。我が儘だろうか。
「失礼します」
モンスが書類を持ってきた。そして何故か私とヴォックスを交互に見る。
「ちぇー。おれ、お邪魔でした? とか言って入りたいんすけど」
「はい?」
「どうした、モンス」
「なんか進展あったぽいのに、いつも通りすぎて」
「モンス」
マレが入ってきた。モンスを窘めている。
「毎日人前で花をもらっているのに?」
「いつものいちゃつき以上が欲しいですよ~! 執務室開けたら今にも口付けするところだったとか! 抱き締めてるところだったとか!」
「モンス! ……すみません、最近帝都で流行りの小説に影響されてて」
「小説?」
元々は私が距離を置いていたから、そういう雰囲気ではなかったけど今は違う。出てしまっているのもどうなのかというところかな。少し気を引き締めよう。
「団長、こちらですが」
マレが難しい話をヴォックスに持ってきた。邪魔にならないよう少し離れたソファで書類に目を通しているとモンスがいそいそ近づいてくる。
「副団長」
「?」
「実はですね……最近団長が席を外す時間があるんです」
席を外すなんてままあることだ。何を意味しているのか首を傾げる。
「行き先告げないでいなくなるんですよ」
「ふむ?」
代替わりのことだろうかと思ったが、そうではないらしい。そもそも皇弟と第三皇子なら普段会っていてもおかしくはない。それ以外で用途不明の動きがあるという。
「しかも最近割と朝早い時間に団長宛に手紙持ってくる正体不明のご令嬢がいるんです!」
「ご令嬢?」
城を出入りできる人物に限りがあるのに、正体不明のご令嬢がいるらしい。
「長い外套にフードを目深に被ってて誰も顔見てないんですよ。手紙渡してすぐいなくなるし」
それは手紙を渡すだけの役目の侍女では?
そう伝えると侍女なら姿を隠す必要ないでしょ、と応える。
「まあ確かに」
「でしょ?! ほらほらどうです副団長! 浮気だって言って問い詰めましょう!」
「何故そんなに嬉しそうなんですか?」
「喧嘩と修羅場は見物です! 面白そう!」
さっきはいちゃついてほしいと言いつつ、今は喧嘩を望むとはどういうことだろう?
「いちゃつくのと修羅場とどちらが?」
「どっちでも構いません! 面白い方で!」
「……」
つまり人前でいちゃつくか、人前で喧嘩するかどちらかだと?
どちらも気が引けるので丁重にお断りしておこう。
すっぱぬくって単語は今は使うのだろうか…。さておき、ヴォックスに浮気の影が(笑)。
ここでお知らせですが、本編52話のおまけ2話で2/17金曜日に完結予定です。




