42話 遠乗り 前編
「英雄、ねえ……」
「事実ですよ。一人で百人超えた人間相手にしたんですよ?」
「数時間で相手の行動範囲を狭めてくれたプレケスの方々のおかげでしょう。潜入していた騎士達にも私の暴挙に付き合ってくれた君達にも世話になったのに」
「暴挙の自覚あったんですか」
「はは、多少の無理は必要でしょう?」
「もー副団長ってば……まあ致命傷もなく死亡者出さずに全員捕縛できたのは僥倖でしたけど」
挙げ句人々の前に出て無事をアピールできれば人から見たら英雄だと言う。その後の和平交渉はヴォックスがやったから彼の功績になるはずなのに。
「てか副団長休みもらったんでしょう? なんで訓練きてるんですか」
「身体動かさないと鈍るなあと」
「……脳筋」
ヴォックスは今回の纏め上げで皇帝と自身の父親に報告しに奔走している。
「ユツィ」
「おや」
「団長っ!」
彼の顔を見て隣の騎士が青褪めた。確かにヴォックスの機嫌は悪そうだが、彼は八つ当たりをするような人間ではないからそこまで恐れる必要はない。
どもりながら誤解ですだのなんだの言って結局走って去っていった。不審な動きだな。
「……休暇中のはずでは」
「暇で」
不機嫌の中、呆れたように溜め息をつく。
「ユツィが他の騎士と話してるだけで辛い」
「仕事仲間なのに?」
プレケスの件があってから私の周囲に男性がいるとなにかしらこういう発言が増えた。こそばゆい感覚になるからやめてほしい。それに騎士である以上大多数が男性の場所に身を投じることになる。
「独占したい」
「ヴォックスといる時間が一番長いよ」
「そういう意味じゃない」
抱き締めたいし、それ以上もしたい。
触れたいけど歯止めがきかなくなりそう。
だから今の距離でないとと思うところもある。
と、臆面もなく言ってのけた。周囲に聞こえてはなさそうだけど恥ずかしいことこの上ない。
「人のいる場でなんてことを……」
「言葉にしないと分からないだろう? 待つとは言ったが、きちんと伝えないと」
今でも贈り物も欠かさない。
肩書きが皇子兼騎士、若くして出世し、なにより強い。女性陣から好評を得ている辺り見た目も悪くないのだろう。今までの和平交渉から性格的な面も良しとされている。
ようは女性の相手として最善だと。強さという物差しでしか計れない私にはよく分からない総合的評価だけど、政治的要因がなければ引く手あまただったろうに。
「ユツィ」
「ん?」
いけない、考えすぎたか。
ヴォックスを見ると私が話を聞いてないのはあまり気にしてなかったらしい。少し緊張した様子でこちらを見留めた。
「君の時間をくれるか? 今からでもすぐ」
「構わないけど、全て片付いてないんじゃ」
「終わった」
ふむ、さすが仕事のできる男だ。
「で? 何を?」
「遠乗りだ」
* * *
いつだったか言っていた遠乗りを本当に叶えてきた。愛馬の運動不足も解消できて丁度いいかなとも思える。
「どこまで行く?」
「そうだな……ステラモリス境界まで」
狩猟大会の山を越え、馬が通れる場所を選び山の中腹開けた場所から眼下ステラモリス公国を眺める。ステラモリス公国南側境界は医療の拠点で、小屋がいくらか建ち並んでいた。
「馬でなんとか行ける道でも人を選ぶな」
「私達だからどうにかなった形だね」
だからプレケスから行くルートに限るわけだ。
先の道を見てくると言って先に行ったヴォックスを待つことにした。軽く昼食も持ってきていたので準備する。城の侍女に事情を話したら凄く喜んでもりもり用意してもらえた。まあ我々はよく食べるからいいか。
「おや」
林檎を丸ごと一ついれてきている。折角だから切っておくか。少し長めの芝生を食んでいる愛馬を横目に持ってきていたナイフで皮を剥いていく。
「……ん?」
ふと、当たり前のようにリラックスしてヴォックスとの時間を楽しんでいることに気づいた。視察でもなく、ただの娯楽で来ている。
なんてことだ。あれだけ心に誓ったのに。
「いつっ」
心内が乱れたらあっさり指を切った。
こんな風になるのはヴォックスに対してだけ。情けなくなる。
と、そんな時だった。
「!」
ヴォックスではない人の気配にフードをかぶり顔を隠して剣に手をかけ振り返った。ぴくりと肩を鳴らした少女が立っている。
「ごめんなさい。驚かせてしまって」
「……」
金色を混じらせた白髪に、緑と青が深く滲む瞳。
ヴォックスから聞いたステラモリス公国の公主一族にでる身体的特徴。白髪と孔雀青の瞳があった。
この少女はステラモリスの公主一族? 見たところ護衛の一人も連れていない。いくら小国で争いと無縁とはいえ一人で国の境界を歩くのは危険すぎる。
「ええと、騎士の方ですよね? 丁度公主が来てますが、会われますか?」
「……あ、いえ、その、今日は休暇で来てまして……」
確かに騎士が来たら国への訪問と思われておかしくない。否定するとゆったりとした様子でそうですかと柔らかく微笑む。
「境界を越えていたら申し訳ありません。すぐに移動を」
「いえ、大丈夫ですし、越えてもステラモリスはそういうとこにうるさくありませんので」
あの、と遠慮がちに言葉が続いた。
「指、怪我されてますよね」
「え?」
よく気づいた、というかそこから見ていたのだろうか。少女はよければ治しますと申し出た。
「お顔は見ません。傷も深くないとは思うのですがよければ」
「あ、ええ……」
「よろしいですか?」
「は、い」
ちょこちょこ近づいてくる少女に切った指を差し出す。私の手をとると二人の間に柔らかい光が瞬いた。するすると痛みも違和感もなく傷が消えていく。
「これは……」
ステラモリス公国の公主一族は治癒魔法が使えると聞いていたが目の当たりにするとは思わなかった。奇跡に等しい魔法。ステラモリスが医療で発展を遂げた原点だ。
「はい、治りました」
伏し目がちに私の手を見て微笑む少女に被る思い出があった。
態度も言葉も見た目も全然違うのに。ただ年が近いだけなのに。
「……殿下っ……」
念願のデート遠乗り回(笑)。まだデート回は続くよ!
そしてクラス初のユツィ接触、そしてあっさり落ちるユツィ(正確に言えば王女殿下を重ねているだけですが概ね落ちてます)。




