4話 騎士候補生時代の功績 後編
「木の上に三人、おそらく弓を使います。距離は……」
足元にも罠がいくつかあることも伝え慎重に足場を確保する。わざと先に罠を作り後退しこちらが進むのを待っているところを見ると私とヴォックスの読み通りというところか。
前衛に出てきた候補生達に視線をやればそれぞれ頷いた。
「では始めましょう」
罠は地面に設置したものが接触という刺激で紐や草の蔓にからめとられ宙に投げ出される単純な仕組みのものだ。
その一つを作動させて一瞬注意を引かせてる間に飛びかかった。罠に何もかかってないと確認できたとしても一瞬そこに集中してしまう。私ならその僅かの間に肉薄出来た。
「な、」
驚いたまま声をあげられずに蛮族が一人沈んだ。当然全員生かしたまま捕らえるので峰打ちで気絶させているだけ。
畳み掛けるように近くにいた蛮族の仲間に駆けた。上から降り注ぐ矢を避けつつ、地上の蛮族を続けざまに二人目、三人目と潰していく。
「----!」
そこでようやく指示の怒号が飛ぶ。言語の方はからきしなので何を言っているか分からないが、ひとまず全員意識を落とせば問題ないだろう。
「おっと」
少し考えてしまったせいで矢がすれすれを通る。毒が添付している可能性もあるからかするだけでも駄目だ。けれど最初の量と比べれば明らかに矢が減った。前衛の一組は弓矢対策で我々の後方に位置している。我々は前衛の最初の突撃と見せかけて弓使いを削るためのクッションの役割をしていたにすぎない。まあ矢を避けながら地上戦を制せる自負はあるのだけれど。
「ユラレ」
「はい、弓使いは全滅ですね」
状況を察している地上の蛮族は攻撃こそしてこないものの退却はしていない。私と目の前の彼らは役割が同じだからだ。
私達側の伝達である金属音が再び聞こえた。
「終わりですか」
「!」
音の鳴らし方は蛮族が戦闘や移動の際に鳴らす信号とまま同じにしていた。こちらが何をしているか敢えて分かるようにだ。
「なら後は余裕をもって殲滅するだけですね」
退却を指示する蛮族に迫り意識を落とす。取りこぼすわけがなかった。
「大人しく捕まってくれないということですね?」
笑顔の私に息を飲んだ後は素早く退却していく。私以外の候補生が待ち構えているとも知らずに愚かなことだ。
「前衛は三組いるのに足りないでしょう」
それも合図で伝わってたと思っていたけど念頭になかったのだろう。まあその程度だからこそ、ここが演習地になったわけで。
程なくして目の前の敵は全て倒した。
「拘束したら戻りましょう」
当然本陣は無事だ。私達が捕らえたよりも多くの数が大きな木の根本に縛り上げられた状態で集められている。
「ユラレ候補生、よくやったようだな」
「はい教官」
「ではプロディージューマ候補生に報告をあげなさい」
「はい」
今この演習地での頭はヴォックスとなった。彼が配置した陣形と作戦でうまくいったのだから当然だろう。
「最初から最後まで予定通りでした」
「ああ」
怪我人も死亡者もなしだ。
「やはり本陣襲撃の方が人数が多かったようですね」
「想定通りだ。問題ない」
「ここだと伝えているような合図を罠と思わなかったとは舐められたものです」
「そう言うな。運がよかっただけだろう」
一見すると自分達の場所を知らせているような合図の出し方も意図して行った。半円状に展開することで背中が分かりやすく襲いやすくしたのは、こちらも囲いやすいようにするためだ。
自由にしていた三組は隠密に優れた者で纏め、偵察と連携して背後から狙うあちらの本陣を逆に我々が囲うために森林に潜ませた。
私たち前衛が功績をあげ目立ち、こちらの本陣が浮き足立ち視野が狭くなるような素振りを見せる。あちら側がヴォックス又は教官に手が届く距離、すなわち勝利を確信した瞬間を狙って、隠密中の候補生が蛮族に剣を向ければ終わりだ。たとえ本陣に深く入ってきても、木の上から偵察の候補生が弓を構えているし、本陣用に待ち構えている候補生がいる。対処はいくらでも可能だった。
ここの蛮族は神経質で少しでも不利になればすぐに撤退しようとするので、最初に戦うには丁度良い相手だったと思う。取りこぼした者は退路に予め罠を張って掬い上げとらえてしまえばいい。
我々候補生の拙い兵法でも対応できるように教官側でわざと用意したのではと疑うぐらい簡単に事が済んだ。
「よくやった」
ねぎらう言葉をもらい沸き立つ周囲を見るに、実践で勝利を収めた候補生の精神面に大きく影響したことが分かる。
「ユツィどうした?」
ヴォックスだけが私の様子に気付き首を傾げてきた。
「周囲ほど実感がない」
「そうか」
「ヴィーは? 君の功績でもあるのにはしゃがないのか?」
「俺の功績ではない。皆の能力が高く教官の教え通りに動けたからこそだ」
謙虚な男。
けれど、この演習を機にヴォックスに対する態度や視線が変わった。ヴォックスが誠実な男で騎士として優秀であることを認めたのだろう。
周囲の好意的な態度にヴォックスはあまり変わらない様子で微笑ましかったが、これで今後の学舎の日々は安泰だと悟る。ヴォックスに指揮をお願いしてよかった。
目論見通りといえばそうなのだけど、一番は私が前線に出たかっただけだったりする。それも彼には御見通しだろう。
「ユツィが先陣を切ってくれた。おかげで前衛は掻き乱され騒がしくなったから助かったな」
「そういう役割だし、私はその方が向いている」
「格好良いな」
「勿論」
目を合わせて同時に笑う。目の前の男がやっと自然に笑えた瞬間だった。
成功体験の積み重ねは大事ですよね、という話。箇条書きでもよかったのではと思わなくもない(お前)。