3話 騎士候補生時代の功績 前編
「成程」
「ユツィ、感心してる場合じゃないぞ」
呼び方に変化が出て一年経った頃、野営を伴う遠出の演習で予想外の事が起きた。
周辺一帯で悪行を繰り返す蛮族に遭遇する。経験のある騎士は引率の教官のみ、残りは騎士候補生しかいないのを分かっていて蛮族が仕掛けてきた。撤退なら容易だろう。事実、周囲は撤退戦の布陣で後退しようとしていた。
「教官、意見を申し上げてもよろしいでしょうか?」
「許可する」
「撤退せず迎え撃つ選択は御座いませんか」
私の声が聞こえていた候補生は軒並み動揺を見せた。
「君達の実力でも可能であると?」
「はい。この森林演習は蛮族戦を想定した上で行っていると考えています。十分可能かと」
周囲がもう一度動揺した。演習では当然想定される敵がいるはずだ。撤退戦も想定しているのだろうが、優先されるべきは敵の殲滅。だからここは迎え撃つ形で間違いない。正直数では圧倒的にこちらが有利のはずだ。
「ユラレ候補生とプロディージューマ候補生程の実力なら、セーバ族相手に勝利を収める事も可能だろう。しかし他の候補生には荷が重い」
周囲が押し黙るあたり自他共に認める事実なのだろう。恐らく精神面での実力でだ。
ここはヴォックスを巻き込むことにしよう。元々話していた事ではあった。
「プロディージューマ候補生」
「ああ」
「私達は今回の演習にあたり三つの部族について調べています」
簡潔に述べる。演習先で遭遇する可能性のある蛮族について、過去の対立から争いに至った場合の相手方の戦い方もすべて。ヴォックスにも説明をお願いしつつ、その上で相手方を撤退させる作戦の提案を行う。
周囲が再びざわめいた。
「我々は丁度いい場所にいます。そうではありませんか?」
「プロディージューマ候補生、続けて」
ヴォックスが周囲に視線を寄越し一人の男性を呼んだ。
「ウーノス候補生、ドゥーオ候補生、トリーボス候補生、クアトル候補生、クインクエ候補生」
「え?」
呼ばれると思ってなかった五人の候補生が目を丸くしながら前に出る。
「貴公らは木登りが得意だったな。目もいい」
「え?」
成程と私と教官が頷き、呼ばれた五人もヴォックスの言いたい事を理解した。
「げえ」
「難しいか?」
「……いや出来るけど」
私達は的だと言わんばかりに大きな大木の元に陣取っている。数十人で囲める程の太い木はこの森林一帯で一番の高さを誇る。この木を登りきると周囲がよく見えるは当然セットだ。
「相手も木の上の監視役はいるだろうが、この木はそれ以上の高さ、森林一帯を全て見下ろせる」
まずは敵の動向を把握しないといけない。この木は目立つ故に的になっているのを逆手に取る、というよりは最大限有効活用する。まあ登るには骨が折れそうだけど。
「なんで俺らが木登り得意だって分かったんだよ」
不服そうにウーノス候補生が問う。ヴォックスは何故そんなことをきくのかと言わんばかりに首を傾げた。
「ウーノス伯爵を筆頭に貴公らは、ここと似た地形や自然体系を持つナトゥラ自然区の共同保全管理をしている。領地回りをしていれば見につく技術ではないのか? ここまでくる間一番歩き慣れていたのもあるが」
再び動揺が走る。関わりのない相手が自分の事をよく知っているのだから当然だろう。
「……まあ仮に知ってたとしても、俺らが真面目に領地管理してなかったかもしれないのに?」
「貴公らは普段領地の事を詳細に話していたから、それはないだろう。間違いなく今ここで周囲の索敵と偵察に最適だ」
「なんだよ……」
褒められて嬉しかったらしい。少し照れた様子だった。私が教官を見ると、次はと言わんばかりに視線を動かし頷いた。
「目を確保したとして、次はどうですか?」
ヴォックスが一瞬、君が話せばいいだろうという視線を向けたが無視した。私とヴォックスの考え方は同じだ。けどここで彼が語ることに意味がある。
「ここを拠点とするなら、半円状に陣形をとって五人一組で動くのがいいだろう。布陣は……」
ヴォックスとは時間がある時に今の同期面子で陣形と戦法を考え勝つ術をよく話していた。彼は元々周囲の人間の特性をよく覚えいるし、普段からとても精度の高い布陣と戦略を提案できる男だ。
「私は? 是非前に出たい」
「ああ、先頭を任せる。思う存分引っ掻き回してくれればいい」
「あちらは我々を子供だと高を括っているから丁度いいでしょう」
私の希望もよく分かっているし了承してくれるので自然と口角があがる。
私と一緒に行く者を他に四人選んだ。前衛は私の組を含めて三つ、偵察索敵に先程の五人ともう一組、後衛の意味を含めた本陣に三組、そしてさらに別機動で三組がいる。
前衛三組の中には幼いながら戦闘経験のある者を主にしていた。初めての戦闘に耐えられる精神力を考慮したのだろう。また速攻という意味も含めて速さや過激さを重視している。
そこまで遠くない場所から金属が鳴る音が聞こえた。蛮族が用いる合図だ。
「もうすぐか」
「注意していきましょう」
人の足音が聞こえるぐらいなあたり、蛮族は隠密に優れていない。気配もきちんと察することができる。念の為、続く四人に声をかけた。
「木の上に三人、おそらく弓を使います」
明日から通常更新、1日1回に戻ります。今後は夜8時予約更新でいく予定です。
愛称呼びから発展が1年もないのか…さっさとくっつけと読み直しながら思いました(笑)。大いに同意しつつ、じれじれは覚悟の上!