22話 嫉妬?
「ええ?!」
私がうわずった声をあげたら不思議そうに首を傾げる。ああもう。この男はただ真面目に治療したいだけなのかと悟った。溜め息が浅く出る。
「我々は手当ての訓練も受けている」
「そうだね」
患部を看るという点なら完全な裸になるわけでもないので真面目なこの男に付き合うことにした。上に着ていた服は所々斬りつけられた影響で少しばかり引き裂かれている。防具をつけていると気づかないものだ。
「傷は小さいな」
「食事用のナイフで刺されただけだから」
「成程」
ただ刺されただけで深く押し込まれたりそのまま引くこともされなかった。というかその前に相手の意識を落としたからというのもある。刃物は刃物だ。うまくやれれば肩の筋ぐらいは斬れたかもしれない。
「浅い」
当然だろう。恐らくヴォックスもできるだろうが筋肉を使って抵抗した。防具武具の隙間を狙って的確に刺してきたが、こっちもそれを想定している。
「無事でよかった」
心底安心しているようだった。今回の国攻めはそこまで懸念する要因はなく、計画通りほとんど死者を出さずに済んだ。
「騎士として弱くはないと自負している」
「……ユツィは何も分かっていない」
「ん?」
背後で呆れて笑うヴォックスの気配を感じた。そういうことじゃないと断られる。
「先に行ってしまうから心配になるんだ」
「先頭に立つからね」
私かヴォックスが先陣を切るのがいいと考え、私の意向も組んだ布陣だ。悪くないと思っている。そこは納得の上だと思っていたが、こちらはそうでもないらしい。
「理屈じゃないんだ」
「……そう?」
ヴォックスがしっかり頷くのを感じた。
「ユツィの側にいたいし、側にいてほしいと思っている」
「今が充分じゃないって?」
「いや…………」
「ヴォックス?」
沈黙したので少し顔を後ろに傾けるも前をと言われ諦める。再び沈黙した後、小さく真っ直ぐ言葉を紡いだ。
「ユツィは騎士達に好かれている」
「ヴォックスもだろう」
人としてだとヴォックスが続けた。
「帝都を視察していた時も自然と帝国民に好かれていた。ユツィが帝国に受け入れられているのはとても良い事なのにあまり釈然としなくて」
「ん?」
「騎士達と距離が近いのも正直嫌な気持ちになる。良好な関係を築けるのは良いと思っても、自分のものだと主張したくなる。まだ許しを得てないのに」
「んん?」
「自分に腹が立つんだ。無理に婚約した後、少しずつ君の気持ちに沿うようにと言ったのに我慢出来ない」
包帯が巻き終わる。この男は治療にかこつけて何を暴露しているのだろうか。
「嫉妬?」
言葉にしてしまうぐらい期待していた。自分からはねのけておいて何を言っているのだろうとも思ってしまう。ヴォックスを前にすると私はとことん浅はかになる。
「…………そうだ」
混乱気味の中でヴォックスが認める。同時、ベッド端に無造作に置いていた手に彼の大きな手が重なる。剣を持つかたい掌が熱い。
身体をヴォックスに向ける。真っ直ぐに私を見下ろし、目元を赤くさせていた。
「あの日」
「?」
「遠征後の宴会で他の騎士と近かったり触らせたりしていた」
「……ああ」
酔ってた故というべきか。肩を組んで歌ったりもしたが、ヴォックスにとっては気が気じゃなかったらしい。だから途中変なところで横槍を入れて部屋に戻らせたのか。
「もっと余裕を持ってユツィを待ちたいのに、できない」
苦しそうに眉間に皺を寄せる。
「一緒に寝るのは嫌そうにしていたのに?」
ぐぐっと喉を鳴らす。あれは嫌ではなくてと唸りながら応えた。
「ユツィにひどいことをしてしまいそうになる」
「……」
「君が認めてくれるまではと思っているのに」
とことん真面目な男だと思う。私の気持ちを第一にしたいと言っている。婚約した時みたいに強引に進めることはしない。この辺りは矛盾しているとも言えるが。
「……いいと言ったら?」
「え?」
「待たなくてもいい、と言ったら?」
喉が鳴る。何度か口を浅く開き閉じるを繰り返した。
「私がいいと言えば、触れてくれる?」
「それは……」
逡巡し、再び目を合わせる。変わらず目元は赤かった。上から覆い被さっていた掌に力が入る。
「……」
「……」
最初にこわばったものの、次にゆっくり顔をおろし近づいてくる。少しずつ閉じる瞳に合わせて私も瞼をおろした。このままだと触れると頭の片隅でそう思いつつも拒否する気持ちは全く抱かない。
と、近づく足音と気配にお互い瞳を開いた。
「団長! ここでしたか!」
「……どうした?」
素早く上着を羽織った私と、立ち上がり距離をとったヴォックス。そこに許しを得ずに勢いよく入ってくる騎士一人。
なかなか危ない橋だった。そもそもどうしてあの流れになったのだろう。本当危なかった。
「テンペラティオ事務官がいらっしゃいました」
「早かったな。行こう」
「では私も行きましょう」
再編成再復興の一団が予定より早く着いたようだった。私はヴォックスと共に外に出て対応にあたる。面白いぐらい私達二人はいつも通り騎士団長と副団長として歩き始めた。
戦うとちょっとこう気持ち盛り上がっちゃうよね。というかプレゼント攻撃よりも、こうして言葉に真直球に言い続けていた方が効果的な気も。




