21話 服を脱いで
私には返事をする権利がない。黙って視線を合わせるだけだった。私の反応が気に食わなかったのだろうバリケード近くにいた男が低く唸った。
「レースノワレの子供が国を裏切りやがって……騎士として王国民として矜持はないのかよ」
「っ」
ヴォックスの眦がぱっと見たところは分からないぐらい僅かに上がる。
公爵が諫めるも周囲は同調を始め、ちらほら憎々しげに囁かれた。
「裏切り者だろ」
「裏切り者の集団なんかに俺達は屈しないぞ」
王国民を見ているようだった。
幸い今回の国攻めでは多くの民が自決する前に捕縛できている。犠牲者は王国と比べると圧倒的に少ない。ヴォックスが不殺を掲げて攻めることにしたのもある。
おかげで私はだいぶ峰打ちが得意になった。
さておき、動揺しているヴォックスに我に返ってもらわないといけない。
「団長」
「!」
私の言葉に一瞬で戻ってきた。何かを言おうとしたのを制したのは、今それを言う必要がないからだ。
それに後ろを見てほしかった。誰一人感情的な顔をしていない。日々ヴォックスが我々を尊重してくれるから、我々騎士は帝国の騎士として周辺国に攻め入ることに納得している。
「ウニバーシタス帝国第二皇子殿下、やはり我々は首を縦に振れない」
公爵が静かに告げた。
「……しかし」
「民と話し合った。保障があっても我々はこの公国の人間でありたい」
「公国の人間のままであっても構いません。私がそうあれるように、」
「いいえ」
貴方は優しい方ですねと公爵は苦く笑う。
「我々は決めました」
するりと手があがった。合図だろう。しかしいくら時間が経っても何も起きる気配がない。それに公爵と外に控えていた者達がざわつき始める。
私は屋敷右手側に視線を送ると慌てた様子で男が一人出てきた。
「閣下!」
顔を向けた公爵に男は失敗を告げた。
「地下が、帝国の騎士に占拠されました!」
「!」
「御投降をお願いできますか」
「……私達のやろうとすることを分かって?」
公爵の視線が無言のヴォックスから私に向けられる。
「貴方か」
レースノワレの王国騎士、とかつての肩書きで呼ばれる。
私達の国の思考と同じなら、どこかのタイミングで集団自決を選ぶと分かっていた。剣がないなら簡単なのは火をつけること。屋敷に火を放ち、屋敷内の人間全てを焼けばいい。消火に入る我々の足止めを庭にいる者たちで止め、公爵は屋敷で大多数の民と共に逝く。根本はレースノワレ王国の各自で行っていた自決と同じやり方だ。
動揺する公国民を前に一瞬躊躇いを見せたヴォックスに再び声をかける。
「団長」
静かにヴォックスが瞳を閉じた。
そして次に剣を掲げてそれが合図となる。
「公爵閣下、御覚悟を」
「っ」
殲滅戦は早かった。ある程度を剣で伏せて、屋敷のいくらかを捕縛すれば終わりだ。
レースノワレも早かったが、こちらの国攻めも早かった。
「裏切り者の癖に」
何度か似たような事を言われるが百も承知のこと。
自決するなら囚われてからもチャンスはあった。私が残り生きる覚悟をしたのは王女殿下の言葉もあるが、自分で決めたことに責任を負ったからにすぎない。となれば多少のことで揺らぎはしない。傷つくことはあるが後で腑に落とせばいいだけ。もっとも、幸せになる気はないが。
「ユツィ」
「まだ役職で呼んだ方がよろしいのでは?」
ね、団長?
と笑うと眉間に皺を寄せて私を見つめる。やっと一息つけたかというところだ。まだ団長から素に戻るには早い。
「……怪我の手当てを」
「帰ってからでも問題ありませんが」
「駄目だ。帰る前にしないと」
苦笑して天幕の中に入った。捕縛した民の数も確認したし、国の被害状況も記録し、小さな火事は消火済み。
ウニバーシタスには連れ帰らないから再統治再編成用の別部隊と文官が来るまで我々はここに待機だ。計画通り行くと踏んで戦時結果を受ける前よりこちらに動いているからあと一日もかからないだろう。
「医療班は他の騎士を治療してるでしょう? 最後で構いません」
天幕の下には誰もいなかった。医療班が出払っているからだろう。遠慮する私に対してヴォックスは仮設ベッドを掌で示した。
「俺がやる」
「ん?」
「手当ては俺がやる」
「は?」
「ユツィ」
驚く私の手をとり、そのままベッド端へ座らせる。
水と布、治療に必要な包帯やらなんやらをいそいそ持ってきてやる気満々の顔をした。
「左肩だったな」
「ええ」
「では服を」
「え?」
「服を脱いで」
「ええ?!」
戦いの場で恐ろしい発言(笑)。いいえ、真面目なヴォックスの事ですからね、治療が第一ですええ。好きな子が怪我してて居ても立っても居られない男なんですよ、真面目ですね!




