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15話 花の贈り物習慣

「ユツィ」

「ヴォックス、お早う」

「お早う」

「……で、これは何?」

「何かおかしいことでも?」


 朝から爽やかに挨拶する、この男、昨日の今日で賓客用の部屋から私を出した後、騎士舎近くの別棟に移ると言い始めた。


「仮とはいえ、本当は城外がいいとは思ったんだが」

「……新居?」


 別注で急遽建てた上、私とヴォックスが住む部屋としているなら答えは新居となるだろう。


「正式な新居はユツィに認められてから話し合って決めたい」

「……はあ」


 これは? しいていうなら対外的な結婚してますよという証明だろうか?

 別棟は割とこじんまりしていて賓客用の部屋と比べればかなり簡素だった。物も最低限だし、グレース騎士学院の個人部屋と似たようなものだ。


「内装は君の好みで変えてくれて構わない」


 侍女侍従もいないし調理師もいないが、城内の者が来て勝手にやってくれるらしい。後々顔合わせもあると。


「寝室は別にした。リビングだけ共用だ」


 候補生だった頃と変わらない。寝室が同じでないだけよかった。


「今日は忙しくなる」

「え?」


 仮の新居だけでなくまだ仕込んでいた。この新居の次にやることはさすがに知りたかったなと思うと共にきちんと言葉にする。


「……こういうことは前もって言ってほしい」

「すまない」


 連れられたのは城のバルコニー。用意されていたのは帝国の騎士服で副団長就任と婚約を発表する為の披露目があった。


「ドレスでなくてよかった」

「ドレスもあるが?」

「このままでいい」


 両方の御披露目があって副団長の騎士服を選べたが、ただの婚約発表なら上等なドレスを着させられただろう。ヴォックスは皇族だ。こういう公的な場に出るのは当たり前のことで承知しているが、やはり住む世界が違う。


「ユツィは慕われているな」


 自分のことでもないのに嬉しそうにしている。その中に少し違うものも混じってはいたが、読めなかったので無視した。嬉しいとほぼ反対のものだったようだが気にせず眼下に手を振る。


「王国民が多いだけだよ」

「そうか?」

「私が騎士として強いことが証明されたから慶び事だと思っている、というとこかな」


 うちの国民強いぞすごいぞ的な。腕っぷしの強さ重視なのは本当単純だと思う。だからこそ新しい戦い方に目を向けず剣の腕だけを重視した。


「ユツィ」


 滞りなく御披露目を終えて新居と呼ばれる場所に移る。この後騎士達を目の前に挨拶があるから服はそのままだ。侍女がお茶をいれた後静かに出ていく。やはり皇族、いい茶葉を使っている。


「これを」


 名を呼ばれ目配せで了承すると机の上に薔薇を一輪差し出された。


「……本当にやるの?」

「ああ。愛していると伝える為に」


 首を傾げてどうしてそんなことをきくのかという顔をした。皇命であり書面も提出してある。何も憂うことなく婚姻しているのに、わざわざ毎日贈り物を有言実行するとはさすがの真面目ぶりだ。


「白の薔薇、ね」


 騎士服によく映えると応えて手に取った。私の様子を見てヴォックスは満足そうに笑う。


「毎日日替わりで違う花を持ってこよう」


 そういうことに無頓着だと思っていたのに存外マメだ。それでも悪くないと思う自分がいて出てこないよう隠す。ばれたら負けた気がすると思うのは私が負けず嫌いだからだろうか。いやそもそも生き残った時間は殿下の為に使いたい。どこぞの修道院に入り殿下の死を悼むだけの日々を歩むべきなのに、どうしてもこのぬるま湯に浸かっていたくなる。


「では挨拶に」

「ああ」


 騎士達への挨拶はヴォックスといるよりも余程気が楽だった。王国の騎士達も多くいたし、話を聞くに帝国騎士ともうまくやっているようだ。ここの者達はよく分かっている。戦争が起きて王国が滅んだことはここの騎士達のせいではないと。直接剣を交えた相手とはいえ武力侵攻の決定は国の長がする。加えて元々強い者が至高という偏った判断基準もあるだろう。とはいいつつ、対等に接してくれる帝国騎士の気質も一助にはなっている。


「ヴォックス」

「どうした」

「この時間はいつも訓練を?」

「外に出ない限りはそうだが」

「なら私も訓練を」


 身体を動かしたくなり、訓練に参加してみることにした。思いの外充実した時間を過ごせて、少なくともヴォックスのことを考えなくて済んだのが救いだ。

 剣を交えながら、問われる。


「副団長、お祝いした方がいいです?」

「結構です」

「なんか……あの別棟が新居でいいんですか?」

「簡素ですが充分でしょう」

「え? ええ……?」


 どうやら騎士たちの間ではご令嬢で王女殿下付きの私が納得する部屋ではないだろうという話で盛り上がっていたらしい。

 思わず笑みがこぼれた。やっぱりヴォックスは変わっているなと。それをよく知る自分が、他よりよく理解しているのが私で誇らしかった。

白い薔薇→「私はあなたにふさわしい」「深い尊敬」

ヴォックスの場合は後者の意味合いが強いかな。でも内心自分が一番ユツィに相応しいと思ってるとこあるし、そうなれるよう努力してる(学生時代の自主練は無自覚ユツィへの恋心=好きな子に強いとこ見せたるが根底にある)。もうお前ら婚約飛ばして結婚しろよと思う(落ち着け)。

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