14話 褒賞は私との婚約
「どういうこと!?」
「……」
神妙な顔をしている割にほんの僅かに喜んでいるのが見えて余計に腹が立った。
「私の了承もなく勝手に! ふざけるのも大概にして!」
了承もないのは当然だろう。つまりこういうことだ。
帝国は我々レースノワレ王国民の反旗を翻す危険を回避するための政略結婚を考えた。親善試合で私が王国民の中で強いと認められれば、私の周囲に王国の猛者が集まる。我が国は強い者が指揮をとるという単純な思考だから私をおさえてしまえば帝国側としては安心だ。
「先に形だけとったことはユツィに失礼だと思っている。やり直しを」
「しなくていい!」
「しかし」
「私は認めない!」
眉間に皺を寄せて苦しそうな顔をする。
「破棄は難しい。父上は皇帝代理であの場にいた」
「分かってる!」
つまりあの時の婚姻を認めるという言葉は皇命であるということだ。そんなこと分かっている。分かっているけど、気持ちがまったく追いつかない。
けどそれにしたって、わざわざ私の言う感情論に敢えて反論というか説明はしないだろう。こういうところは本当抜けている。正直というのか。
「余程のことがない限りは破棄なんてないことは分かってる。分かっているけど……ああもう!」
「ユツィ……」
皇帝がいたところで最初から私とヴォックスの婚姻は決まっていただろう。それ程までこの結婚には意味がある。レースノワレ王国民に対しても、周辺の併合国も、これから武力侵攻対象国に対してもだ。帝国はあくまで友好的な併合を行うというアピール、また併合は強固なものとしていることの見せしめでもある。
「ヴォックス、君が政治的な婚姻を考えるなんて……」
多くの民を残したまま併合する危機回避の先見例を出すつもりなのか。それなら私ではなく王族を生かして帝国の王族と結ばれればよかったのでは?
「そう誤解されても仕方がないと思う」
「え?」
「御祖父様を納得させるにはそれなりの成果が必要だったし、御父様には権限に限りがある。今日のこの時しかなかった」
政治的な話、全権限のある皇帝の意思確認せず今日の婚姻に至るには成果が必要だろう。それがレースノワレ王国武力の取り込みと親善試合の優勝、この二つを成し得るのがヴォックスであることだ。
察してはいる。多少理屈を通せるようにしないとならないだろう。
ヴォックスの双眸が真っ直ぐ私を射貫いた。
「俺には君だけだ」
「え?」
「だからこれからきちんと伝える」
「どういうこと?」
揺らいでない様子から決意が固いと分かる。
「私が君を愛している事をだ」
「……」
それは今聞きたい言葉じゃない。
結婚の申し出だって、褒賞なんて形をとってほしくなかった。
純粋に何のしがらみもなく、気持ちだけで、ただのヴォックスとして申し込んでもらえれば。
「!」
私は今、何を考えた?
ヴォックスが立場なく申し出たら受ける気だったとでも?
相手は殿下を奪った、国も両親も奪った男なのに?
「ユツィ」
「……ヴォックス」
「君が結婚を認めてくれるまで伝え続ける」
「……それは」
本気だ。
そんな真っ直ぐ見られたら流されてしまいそうだった。政治的な婚約をそのまま、好きな相手の側にいられる幸福を私が受け入れていいとでも? 駄目だった。ほしいと思う自分がいる反面、どうしても許せないと叫ぶ自分もいる。
考えすぎて一気に疲れが押し寄せた。
「……もういい」
「?」
「少し疲れた……これ以上の話はもういい」
「しかし」
「ヴォックス」
冗談でこんなことになっていないだろうし、彼がこれから私の為に何かしていくのは分かる。
「今日はもう勘弁して」
私の言葉に頷いて遠慮がちにもう一つ報告がと言ってきた。仕方ないので手短にとお願いする。
「さらに君を怒らせるかもしれないんだが」
大方予想はついたがきちんと視線を合わせてヴォックスの言葉を待った。淡々とヴォックスは告げる。
「今日から君は帝国騎士団の副団長になる」
「……そう」
怒らないのかとヴォックスが問う。浅く息を吐いた。
「褒賞の事もあれば予想も出来るし、準優勝者の私が役職のない騎士というのもおかしいでしょう」
結婚以外で縛るなら騎士として縛るしかない。けどまあ二重に仕掛けてくる辺りかなり慎重と言える。次期皇帝も心配性なんだから。
「ユツィ」
「どうした」
私が視線を逸らして考えている間にヴォックスはなにかを持ってきた。
「これを」
胸元に出されたのは一輪の薔薇だった。
「え?」
「ユツィに」
「え?」
右手で左手を持ち上げられ薔薇を持たされる。
「これから毎日贈る」
「は?」
「俺との結婚を認めてもらえるよう」
それを今の今からやり始める? 真面目がすぎる。
「ユツィ、君が好きだ。受け取ってほしい」
「……っ」
順番が逆!
そう叫ばなかったのはヴォックスが私の為にわざわざ薔薇を贈ってくれた喜びがあったからだ。
有言実行はいいがやはり少しずれている。浅く溜め息を吐いた。
このぐらいの両片想いを最初から持ってきてれば、軽く読めるものだったかもしれない(何を今更)。プロットを考えた時、時系列順が私にとって分かりやすかったからそうしたまでなのですが…まあこれからもだもだする二人が見られるんだしいいよね!ね!




