1話 ヴォックスと初めて会った日
前作:元ツンデレ現変態ストーカーと亡き公国の魔女の外伝になります。
私の王国は小さいながら軍事力に特化していた。国そのものが武力であり国民は総じて騎士、教育の過程で騎士訓練を受けるのは当たり前だ。
私もその一人。父は伯爵として領地を賜り、農業と周辺財政の取り纏めもしつつ、騎士として敏腕を振るっていた。
周辺各国は軍事力の高さを恐れ、おいそれと戦おうとしない。それは王国が築いた歴史の成果だ。過去は鬼の所業と言われるぐらい侵略者を蹴散らしてきたという。父が戦いに出た時の話もよく聞いたし、年の離れた一番上の兄も、北の隣国の応援要請に応じて海賊と戦った話も聞いた。私もいつかは騎士になると想いを馳せ、その日の為に日々剣の腕を磨く。両親も二人の兄も周囲の人も全てが師でありライバルで、学ぶことも腕を上げるのも丁度良かった。
「ユラレ伯爵家息女・ユースティーツィア、王国騎士候補生としてグレース騎士学院への留学を命ず」
十歳、本格的に基礎が学べるということで、周辺国の騎士候補生が集まる学舎に通うことになった。
自国で腕を磨きたい思いではあったけど、聡明な王女殿下が多様な戦い方を取り入れてはという鶴の一声で決まったので甘んじて受け入れる。剣の腕だけで築いた我が国の事を王女殿下が慮ったのは、最近武力侵攻により悪目立ちしている帝国が原因だ。そして私は学舎主催、入学前の各国合同演習へ参加した。
「グレースは剣だけに限らず、魔法や最新の戦略・武器と多くのものを取り入れ総合的に学べる場です」
この学舎入学に抜擢されたのは当時王国では私だけだった。北の国を通り海向こうへ留学する者や、南側を東西に幅広く制圧している帝国を越えた、さらに先の海向こうへの留学をする者、自国の王都騎士団にて学ぶ者を様々だ。学ぶ期間が終われば自ずと配属先が決まるけど、この三者はいずれも古い騎士の技術を学ぶだけ。時代に即して変化をするという点ではこのグレース騎士学院が最適だろう。
「ようこそ、グレースへ」
訓練を受けるであろう学舎で開催される演習には各国からの騎士候補生が集う。とても刺激的で、座学から実演まで様々なことを経験できた。成程、広告宣伝がうまい。これは入りたくなるだろう。見るに周囲は浮き足立って瞳を輝かせている者ばかりだった。
「……おや」
その中で期待に胸を膨らませているわけでもなく、淡々とした様子で目の前を見据える男性に目がいく。それが初めてヴォックスを見た時だ。
同時周囲が彼の事をひそりと話しているのを耳にする。武力侵攻を進める帝国の第二皇子が何故ここにと。この学舎を潰すつもりなのかと。概ね悪い印象のものしか囁かれない。挙げ句、その声の大きさは本人に聞こえているだろう。
「ふむ」
我々はデビュタントを迎えてもいない子供だ。親の影響を受けやすく、帝国がいかに悪であるかも素直に大人から吸収している。彼への周囲の態度の悪さは大人が帝国に向ける感情そのものだった。
帝国に祖国を侵攻され滅ぼされた者もいる。けれどそれは彼がやったことでもなければ、彼が決めて命令したものでもないだろう。
「はあ……」
溜め息が漏れる。立場や条件から先入観で相手を決めつけるのは好きじゃない。
私は彼に私自身を投影していた。自国では何も言われないのに、ここに来た途端女性が騎士を目指すなんてと後ろ指さされて些か衝撃を受けていたのかもしれない。
「君」
「?」
「私はレースノワレのユースティーツィア。君は?」
少し眦を上げた。話しかけてくる人物もなく、また自己紹介するまでもなく周囲が自分を知っているから驚いたのだろう。しかし自己紹介とは自分を語る事だ。名を名乗る事はおかしくない。
「ヴォックス……ウニバーシタス帝国から来た」
「そう」
すいと右手を胸ぐらいの高さまであげる。ヴォックスが差し出された私の手を見てきょとんとしていた。
「よろしく、ヴォックス」
「……」
「どうした? よろしくの握手はしてくれない?」
「あ、ああ」
この頃は他の同い年の子供と比べれば大きかったものの、その掌はまだ華奢で剣だこもなかった。
「……よろしく頼む。ユラレ伯爵令嬢」
まさかのご令嬢呼びにこちらが目を丸くする番だった。それが顔に出ていたのか不思議そうにこちらを見ている。
「おかしなことを言ったか?」
この様子だと私を揶揄する意図は全くない。
「……いや、まさか令嬢扱いされるとは思ってなかった」
「何か間違っていたか?」
小首を傾げる。この瞬間、ヴォックスは女性騎士を目指す私を変に思わない人間だと感づいて近づいたのだと悟った。彼には偏見がない。だからこそ嫌味もなく伯爵令嬢の言葉が出てくる。
「名前でいいよ」
「しかし」
「伯爵令嬢という呼び方はこそばゆいし、お互い騎士候補生で同期でしょう。私は君をヴォックスと呼ぶから私を呼ぶ時は名前で」
「……」
「ね?」
「……分かった。ユースティーツィア」
渋々だった。なんとまあ真面目な人間だ。それがヴォックスの第一印象。今も覆らない彼の性分だ。
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