予想外ですわ~!
アシュリーには、クラキを逃す気は無かった。
もしも請求通りの金額が払われたのなら、アシュリーはクラキに多大なる感謝の意を表し、この領に別荘を構える予定である。その場合は公爵令嬢と言う立場を活用し、この領と内地を無理矢理繋げる事ができる。
もしクラキが大人しく国への援助を頼った場合、アシュリーには一銭も入らないが取り敢えずこの件は完全に収束を迎えられる。
(ふっふっふ…我ながら完璧な策。そうだ!明日は革命軍の皆様と一緒に祝勝会を開きましょう!)
アシュリーは揺れる馬車の中で、約束された勝利の余韻に浸っていた。
革命軍を誑かした時は、極限のスリルを求めるクレイジーガールとなった。
今回は、自己中を煮出したが如くの、完全なる我儘お嬢様となってクラキを翻弄した。
演じたと言うよりかは、アシュリーの内面に潜むエゴの一部を表面に押し出しただけである。
(わたくしには召使が居ないので、国営の運送サービスを頼る事になりそうですわね。あ、お酒はどうやってご用意致しましょう。未成年のわたくしでは買えませんわ〜)
アシュリーの中で、妄想が具体性を帯び掛けた矢先。
“ガタンッ!”
不意に馬車が止まった。
「?」
不思議に思ったアシュリーは、前方へと繋がる覗き窓を開け様子を伺う。
「!」
騎手と馬の頭が、切断されていた。
その断面は美しさすら覚える程、真っ直ぐで滑らかである。
頭部が無い事に漸く気付いたかの様に、馬車を引いていた馬と騎手はほぼ同時に倒れる。
(これは…騎手?あの騎手と馬は、何か重大な法にでも触れてしまったのかしら。)
刹那、右側の扉が真っ直ぐ真二つに切断され、ガラガラと崩れ落ちる。
「あら?」
その向こうには、荘厳な銀色の鎧に身を包み、右手に剣を握ったルビズが佇んでいた。
ただ、鎧のあちこちに本来あるべき騎士団の紋章は、削り取られて無くなっていた。
「はぁ…案の定、領憑きの騎士とは貴女の事でしたのね。」
「領主様からの命令だ。貴様を此処で処刑する。今すぐ馬車から降り、我が前にて首を垂れよ。さすれば一切の苦無く終わらせてやる。」
「まさか騎士様に目を付けられてしまうとは、わたくしもとんだ災難ですわね〜」
アシュリーは馬車から降り、ルビズの言葉通り、彼女の目の前で跪いた。
「さ、一瞬でやっちゃって下さいまし。」
とても自身の生死がかかっているとは思えない程のアシュリーの冷静さに違和感を覚えつつも、ルビズは黙って剣を振り上げる。
「利口な選択に感謝しよう。」
ルビズは剣を振り下ろす。
「If you can.(もしもできるならね。)」
次の瞬間には、ルビズの剣は真上に弾き返されていた。
「な…!?」
先程まで手ぶらだった筈のアシュリーの両手には、一振りづつの刀が握られている。
先程まで跪いていた筈のアシュリーの姿勢は、真上への切り払いを終えた直後の物に変わっていた。
「ご立派な鎧です事ね!」
大きく仰け反ったルビズの腹に、アシュリーの蹴りが入る。
ルビズはそのまま大きく姿勢を崩しながら、かなりの距離を後退する。
「階級は小隊長クラスと言った所でして?」
次の瞬間には、アシュリーの持つ蒼月白夜の切っ先が、ルビズの喉にぴったりと当てられていた。
「領憑きの騎士様。わたくしは貴女に、騎士団への出頭をお勧めしますわ。」
「まさか貴様、騎士団の差し金か?」
「いいえ。」
アシュリーは両の武器を鞘に納める。
「わたくしはただの貴族令嬢ですわ。」
「嘘を言うな!この国では、騎士に勝てるのは騎士だけだ!」
「嘘なんかじゃありませんわ。お気になられるのであれば、ご自分で騎士団にお聴きになられては如何?」
「…断る。私は、この領を離れる訳には行かないのだ。私には、守るべきものがあるのだ、!」
「あのお屋敷に、ですの?」
「…!」
少々痩せこけたルビズの容姿は、彼女が巨万の富によって買われただけで無い事を示唆している。
横暴なクラキの命令を、文句の一つも言わずに淡々とこなすその様は、彼女とクラキが対等な立場で、何らかの公平な取引によって結ばれた関係で無い事も示している。
「クラキ…ではございませんわね。どなたかかが人質にでもお取られになられているんですの?愛犬?友人?家族?それとも…恋人?」
「…っ!」
ルビズは膝から崩れ落ちる。
その様はまるで、今まで彼女を縛っていた何かが弾け飛んだかの様だった。
「…地下だ…」
「え?」
「地下に…私の妹が居る…もし貴様が本当に貴族だと言うのなら…頼む…あいつを告発し」
「地下ですわね!判りましたわ!」
二振りの抜刀によって台詞を断ち切ると、アシュリーはすぐさま、屋敷の方へとダッシュで向かっていった。
(今思えば、あんな大きなお屋敷に、使用人がルビズさん一人しか居ない時点でおかしかったですわ。使用人の全然居ない貴族など、大抵何か邪な隠し事をしているに決まって…)
アシュリーは、クラキの屋敷の前で立ち止まる。
(…そう言えば、わたくしには一人も使用人がおりませんでしたわ…)
勢いを完全に失ったアシュリーは、そのままとぼとぼと屋敷へと入っていった。
ついさっきアシュリーが蹴破りまくったせいで、ドアはどれも破壊され無くなっていた。
(さてと…)
アシュリーは紅月、蒼月白夜の双方を構える。
紅月から赤い光の筋が伸び、敵であるクラキの位置を指し示した。
蒼月白夜からは蒼白い光の筋が伸び、まだ見ぬ守るべき対象の位置を指し示した。
(クラキは今は二階にいる様ですわね…であれば。)
先程とは打って変わり、足音一つ立てぬままアシュリーは探索をする。
屋敷の中には家具や調度品の類は殆ど無く、あったとしても埃を被っているか壊れているかのどちらかだった。
そんな中、蒼月の光が指し示す先には、真新しいクローゼットがあった。
アシュリーは静かにクローゼットを開ける。
中には、色取り取りのパーティードレスや、無数の型番のタキシードが、所狭しとかけられていた。
(へぇ。クラキもルビズさんも、結構社交的なんですわね。…て、そんな訳ありませんわね。)
アシュリーは、ハンガーで釣り下がるパーティードレスを掻き分け、クローゼットの奥へと入って行く。
その奥には、地下へと続く洞穴があった。
(胸踊る冒険とはこの事ですわね!)
念の為クローゼットのドアは閉めておき、アシュリーは緩やかに地下へと続く洞穴へと足を踏み入れた。
光源は、蒼月白夜の発光によって確保出来ていた。
「へくちっ!」
(うう…こんな事なら普段着で来れば良かったですわ…)
リゾート地に来たお忍び上流階級を表現する為のアシュリーの今回の服装は、この冷たい洞窟には合わなかった。
土床岩壁の道を10分程進むと、アシュリーの目の前に一枚の木の扉が現れた。
扉は洞窟の湿気と経年劣化によって腐りかけており、仄かに不愉快な匂いを漂わせている。
「さあて、正義のヒーローが助けに来ましたわよ!」
アシュリーはドアを蹴破ろうとし、思い留まり普通に開ける。
扉の奥は広めの空間になっており、試薬の溜まった試験管やフラスコを始めとした様々な実験用具で満たされていた。
(きな臭さのベクトルが予想外でしたわね…これはどちらかと言えば薬臭いですわ。)
部屋の中には机や道具入れ、拘束具付きの手術台などもある。
部屋の奥には更に、分厚い金属製のドアがあった。
「ん?」
不意に、アシュリーは背後に気配を察知する。
まだ遠いが、このまま進めばいずれ此処まで来てしまうだろう。
「…急ぎましょう。」
アシュリーは扉の前まで行くと、二振りの刀剣によって扉をバラバラにし、中に入って行った。
“キイイイィィィ!キイイイイイィィィィィィ!!!”
“グオオオオオオ!グオオオオオオオ!!!”
“ガン!ガン!ガン!”
「これは…」
扉の奥は、魑魅魍魎を収容する地下牢だった。
殆どは鵺と言う東洋の魔物だったが、中には大きな猿人型の魔物や、小さな猿型の魔物、山の様な巨体を誇る豚型の魔物も居た。
“ピィ!ピイィィ!”
そんな中、周囲から明らかに浮いた甲高い鳴声がアシュリーの耳に届く。
声に誘われ、アシュリーは地下牢の奥へと進む。
“ピィ!ピィ!”
牢の最深部には、一羽のハーピィが収容されていた。
暗闇でも分かる程の純白の羽、ダチョウの物に近い形の鳥足、胴体と頭は、愛らしい人間の少女の物である。
白く長い髪、エメラルド色の瞳、幼い身体に目立った起伏は見られない。
その首からは、金色のペンダントを下げている。
「シルキー!」
アシュリーの背後から人影が迫ってくる。
先程からアシュリーを追跡していたルビズだった。
「シルキー!お前なのか!シルキー!」
ルビズは、外界とシルキーを隔てる鉄格子に掴みかかる。
“ピィ!?”
突然迫ってきた見ず知らずの人間に戸惑い、シルキーと呼ばれたハーピィは壁に背が付くまで後退する。
「私だ!ルビズだ!ほら、これ!」
ルビズは首元をまさぐり、鎧の下に隠されていたペンダントを取り出す。
シルキーが付けているのと同じ物である。
「昔は良くこれで話したよな。私の帰りが遅いときは、お前がメッセージを残してくれたりもしてたよなぁ!なぁ…シルキー。」
ルビズは、変わり果てた妹に必死に語り掛ける。
だが、シルキーは警戒の視線を向けるばかりである。
「シルキー…」
不意に、ルビズのペンダントがジジジッと鳴る。
『…の月、二四日。』