疎開
アーティファクト武装部隊のうち4名は、満身創痍の状態で城のエントランスに並べられているのを発見された。
テレンスとジルドスは全身を骨折し、カラキも頭蓋骨を陥没する重体、アリーシアは全身に渡る深い裂傷と大動脈をかする銃創を受けていた。
運ばれた時は非常に危険な状態だったが、帝国の誇る最新鋭の医療技術により、部隊員の一命は取り留められた。
しかし六基のアーティファクトと、同じく部隊員であるアルカニラが行方不明になると言う、レアディア帝国、ドライマド公国双方にとって、非常に痛い損失を負うこととなった。
『どうなっている!アーティファクト六基でもダメだったとでも言うのか!?』
『イラスタマイアが三つも四つもアーティファクトを持っているとは考え難い。どこか別の国からの支援を受けているやも知れん。』
『いや、相手は1人。アーティファクトは多くても三基だ。』
全員の画面に、アリーシアが持ち帰ったレポートが共有される。
『二振りの刀を持った貴族風の女、だと?』
『着ていたドレスがアーティファクトかどうかまでは判らなかったらしい。たった一撃すら当たらなかったそうだ。』
『傭兵なのか、貴族に混じっていた化け物なのか、はたまた国の隠していた秘密兵器なのか…』
『そんな事はどうでも良い!解らないのか?そいつに六基ものアーティファクトを奪い取られているのですよ!』
『…これだけは避けたかったが、やむ負えん。イラスタマイア王国を、叡智の炎にて焼土に変える。国土が使えなくなるのは痛手だが、やはりアーティファクトの奪還が最優先だ。』
『国際社会からの不信を買うことになってもか?少しでも危うくなれば、直ぐに戦場を味方諸共核の炎で蒸発させる短気な軍事同盟と言うレッテルを貼られるのは、先ず間違い無い。』
『六基ものアーティファクトが一国に奪い去られた事実の方こそ、諸国からの信用を大きく損ねる原因たりえるのでは無いか?しかも中には、貴重な治癒系たる[ティタニアの御光]もある。』
『クソッ…ただの親善試合の筈が…どうしてこんな…』
◇◇◇
「つまり、賢明な領主は戦火を予測して、既に領民諸共隣国や僻地に疎開していると。」
アシュリーはコーヒーを片手に、向かいに座る国王の話を聞く。
此処はイラスタマイア王国より遠く離れた戦場跡、シルクを置いてきたベースキャンプだった。
どうせアーティファクトの次は核だろうと予想したアシュリーは、国王とその四人の側近を連れてこのキャンプまで疎開していた。
そして今は、一番大きなテントに皆を集め、時間を潰している。
膝の上にはシルクが座っていた。
「然し、君は一体どうやって謁見の間を守り抜いたのだ?」
「うーん…見張っていましたが、誰も謁見の間には来ませんでしたわ。きっと国王陛下のお建てになられたお城があまりにも立派で、皆様迷子になってしまわれたのでしょう♪」
隅の方で座っていたアルカニラが、何か言いたげに口を開く。
が、アシュリーにナイフの様に鋭い視線を向けられ、アルカニラはそれ以上動けなくなった。
「して、その子は。」
「逃げ遅れたみたいでしたので、一緒に助けて来ましたわ。やはりエルフは好きですわ〜。美男美女揃いで、頭も良くて優しくて…そして何より、きちんと命の価値を理解しておられますから。」
テントの真ん中に据えられた大鍋が、コトコトと煮え始める。
「あ、そろそろですわね。」
アシュリーは火を埋めると、舌なめずりをしながら鍋を開ける。
鍋は、熱々のカレーで満たされていた。
「…私の責任だ。事が起こる前に、この歪んだ王政を変える事が出来なかった、この私の…」
アシュリーはつまみ食いをしようとするシルクを阻止しつつ、真っ先にシルクの分をよそいながら少し考える。
「無関係と言えば嘘かもしれません。ですが、陛下だけが原因では無いと思いますわ。」
アシュリーは、カレーの配膳された皿をシルクの顔に近付ける。
シルクは目を輝かせ、カレーに顔を突っ込んだ。
ハーピィは腕が翼なので食器が持てない。
「たまたまそう言う時代だった。たまたまそう言う星の巡りだった。それだけのお話ですわ。」
アシュリーは国王やその側近、アルカニラの分も配膳する。
初めて見る食べ物に困惑する国王一行だったが、アシュリーが美味しそうに食べているのを見て恐る恐る口をつけ、やがて普通に食べ始めた。
「ほら、貴女もお食べなさい。大きくなれませんわよ。」
アシュリーに促されるが、アルカニラはただ困惑していた。
つい数時間前まで殺し合っていたと言うのに、アシュリーがあまりにもフランク過ぎたのだ。
「あの…わ…私…」
「貴女はもうただのメイドさんですのよ。過去の事は全て忘れて、ただわたくしの為に生きていなさい。」
「…はい…」
アルカニラも、カレーを食べる。
故郷の森では肉食は禁じられていたので、それが生まれて初めて食べる牛肉の味だった。
「あ、でも。こう言う場合って御両親に挨拶とかしておいた方が良いのでしょうか?」
「!」
アルカニラは、故郷の森のみんなと、屍の玉座に座るアシュリーの姿を交互に想起する。
「だだだダメです!」
「え?」
「あ…えっと…きっと私はもう死んでる事になってるので、驚かせちゃうのも悪いかな〜って…」
「あら、そうですの。残念ですが、まあ仕方無いですわね。」
「………」
そう、アルカニラはもう死んだ。
裏切り者はもう居ない。
此処にいるのは、ただもアシュリーの“メイド”である。
「…母上…」
エルフの森で生まれたアルカニラは、幼少の頃から魔導の才を開花させていった。
次期森長の証である[ティタニアの御光]も継承し、更に研鑽を重ねようとした矢先だった。
「わた…私が…軍に…?」
ドライマド公国とレアディア帝国の同盟成立に伴い、法律が変わった。
国内に存在するアーティファクトが全て、国の管理下に置かれるようになった。
遥か太古より受け継がれて来た森の至宝は、ものの数時間で同盟軍の物となった。
その使い手であるアルカニラもまた兵役を命じられ、森を後にした。
「お願い…起きて…」
アルカニラは前線にて、御光を手に、特殊衛生兵として戦った。
「戦うのって疲れるなぁ。お前もそう思わないか?シェアシーラ。」
「…アリーシアさん…人間はどうしてこうも…殺し合いを続けるんでしょう…」
「愚かなのさ。」
アーティファクト武装部隊は、そんなアルカニラにとっては数少ない、帰る場所と呼べる物だった。
「だから、とっとと終わらせて平和な世界にしよう。シェアシーラがちゃんと森に帰れる様にね。」
「アリーシアさん…!」
アルカニラの役職は、ゲームで言う所のヒーラーである。
故にアルカニラは、仲間を守った。
己が全てを対価として差し出す事により、もう帰れない帰る場所を守ったのだ。
「所で、エルフさんってお耳と思想以外にどこか違うところってあるんですの?」
今はただ、目の前のあるがままを受け入れていれば良い。
そう思った瞬間、アルカニラの中の何かが死んだ。
「そそ…そうですね。木漏れ日の下を生きる種族なので、直射日光があんまり得意では無いです。ああああとそうだ!冬は冬眠します!」
「冬眠!まぁ、それは大事ですわね!新しいお屋敷にはそれ用の部屋も据え付けましょう!」
恐怖心が無いと言えば、嘘である。
しかしそれでも、次期森長としての責務も、現役軍人としての緊張と重圧双方から解き放たれ今のアルカニラは、今までで一番活き活きとしていた。
◇◇◇
夜。
テントの中で、シルクとアルカニラが寄り添う様に眠っている。お互いの体温が心地良いのだ。
王室組はいつのまにか自分達用の小屋を建ててそこに引きこもっていた。アシュリーでもそう簡単には入れないだろう。
(シルクもすっかり元気になって良かったですわ。アルカニラも、出会った頃よりも随分と元気そうですわね。)
アシュリーは、2人が眠るテントのカーテンをそっと閉める。
地面が微かに揺れ、冷たい夜風の突風が吹き抜ける。
「はぁ…最悪ですわ。」
アシュリーの腰には、氷水で満たされたペットボトルが何本もぶら下がっている。
アシュリーは蒼の刀を抜くと、一回だけ素振りをする。
できた青い裂け目からは、不愉快に生暖かい風が吹いて来た。
「でも、これが最後の戦いですものね。これが終わったら、とんでもなく大きなお屋敷を立ててやるんですから!」