安寧遺跡
灰色の空。
灰色の大地。
所々から、生育を止めた黒い雑草が揺れている。
荒野の真ん中にはトタンを針金で結んだだけの小屋がある。
小屋の中には家具も道具も無かったが、ベンチが迎えあうように据え付けられていた。
アシュリーとシルクはそこに、迎いあうように座っていた。
「ふぅ…まさかガス兵器をご使用あそばされるとは思ってもみませんでしたわ。一体彼らはどこの国の傭兵ですの?」
"ピィ…"
群雄割拠の時代。
大国がこの世の主導権を巡り世界大戦を繰り広げていた頃。
戦火から逃れた難民達は、一時の安息を求めて旅に出た。
ある者らは火と鉛の及ばぬ場所に小さな集落を造り、そこで戦災の終わりを待った。
またある者らは、各地に用意された中継地点を転々としながら、難民ロードを辿り安寧の地を目指した。
その頃の集落跡や中継地点は今でも世界各地に残されており、此処もその一つだった。
「ん?シルク、どうかしまして?」
"ピィ…ピィ…"
シルクは苦しそうな鳴き声をあげた後、ベンチに倒れこんでしまった。
「まぁ大変!」
アシュリーは直ぐにシルクの元まで寄る。
熱は無い。
むしろ、シルクの体温は異様なまでに下がっていた。
「魔酸化カリにやられてしまいましたのね…少々待っていて下さいまし。」
アシュリーはシルクを背負い、小屋を出る。
ここはかつて、国際的な慈善団体の息がかかった難民キャンプだった。
簡易的ながら病院があり、当時の医薬品などもそのまま残されていた。
アシュリーはかつて病棟として機能していたテントに入り、直ぐに目当ての物を見つける。
[永久冷気のサファイア]の欠片を動力とした、薬品用冷蔵庫。
そこに、ガス兵器や細菌兵器、伝染病に対する薬が保存されていた。
"ピィ…"
シルクの弱々しい寝息に駆られ、アシュリーは無数の薬品の中から、蛍光青の液体が入った注射器を漁り出し。
魔酸化カリや魔フッ化水素と言った、魔力を帯びた薬物に対する血清だった。
アシュリーはシルクを寝かせ、その首筋をアルコールで軽く拭き、慣れた手つきで血清を投与する。
"キ…キキキキィィ!"
数秒後、シルクは金切り声をあげながら暴れ出す。
関節からは白い霧が立ち上り、ミシミシと言う音が鳴る。
"キ…ピィ…"
少しして、シルクの容体は無事に安定した。
だが、アシュリーは機嫌を損ねていた。
「…不愉快ですわ…」
アシュリーのそんな声で、シルクが微かに目を開ける。
「シルク。少し、此処で待っていて下さいまし。少しわたくし、本国でのやり残しを片付けなくてはいけませんので。」
"…ピィ…"
「ご心配なさらずに。わたくしは必ず戻ってきますわ。」
"………"
アシュリーは立ち上がり、蒼い刃で空間を切り裂く。
「貴女のご主人様を信じなさい。あ、勿論此処が危なくなったらお逃げくださいまし。直ぐに見つけて差し上げますから。」
"…ピィ!"
「ふふふ。ありがとうございますわ。」
アシュリーはそう言い残し、己が故郷へと戻って行った。




