可愛すぎますわ~!
「………」
ルビズはペンダントを握りしめていた。
掌に跡が付く程に。
血が滲み、滴り落ちる程に。
「はぁ。お可哀そうなシルキーさん。ここでずぅっとお姉さまをお待ちになられていたのですね。」
アシュリーはそう言いながら、地下研究所で資料を漁っていた。
「成程。魔道薬学に基づく人造モンスターの製造、ですか。敵国の後援も受けられておいでですの!辺境男爵らしい、ちゃちな政治犯罪ですわねぇ。」
魔物の立てる騒音の中。
アシュリーの耳が、鋭い金属音を捉える。
それが剣を抜く音だと、アシュリーは直ぐに分かった。
「ちょっと、何をするおつもりですの!」
アシュリーは牢屋室まで飛んで戻る。
「…この子を殺す。」
ルビズは冷たく言い放つ。
「えぇ!?」
「この子を殺して、クラキも殺して私も死ぬ!天国に行くのはこいつだけでいい!」
ルビズは剣を振り上げる。。
騎士団の剣は玉鋼より鍛造された一級品、古びた鉄格子など一太刀である。
「信じてやれなくて…ごめんな…」
ルビズは剣を振るう。
「おやめなさい!」
紅蒼の軌跡を描き、アシュリーがルビズの前まで一瞬で移動し、その剣を受け止める。
「何故貴様が止める!邪魔をするな!」
「貴女も妹君も大事な証人なのですわよ!ご勝手な行動はお控え下さいまし!」
「クラキに下される裁きは、その死のみだ!」
鍔迫り合いでは勝てないと判断したルビズは、バックステップで後退する。
「全く…短気な姉君だ事ですわね。シルキーさ…」
アシュリーは背後を向く。
蒼月白夜の光に照らされ、アシュリーは初めてその全容を視認した。
天使をも彷彿とさせる純白の翼、神秘的なまでに美しい白雪の如き肌、儚げな顔立ちも体躯も、すらりと発達した鳥足も、その全てが完璧なまでの芸術であった。
「あ…ああ…」
アシュリーは今までの人生の中で、これ程までに美しいハーピィを今まで見た事が無かった。
「今度は何だ!貴族令嬢!」
上流階級の貴族と言う物は、暫しとんでもないペットを飼う。
虎やライオンと言った通常の獣は勿論、フォトンスライムやジュエルカメレオンと言った希少な魔物、ケルベロスやヤマタノオロチと言った獰猛な魔獣を飼いならす富豪も居る。
それらに比べれば、ハーピィなど全然普通である。
「…この方を殺させない理由が、もう一つできましたわ。」
「はぁ?」
アシュリーは顔をあげ、両の刀を構える。
「わたくし、この子を飼う事に決めましたの!」
「はああぁ!?」
ルビズは勢い良く切り掛かるが、蒼月白夜に受け止められる。
「許す訳…許される訳無いだろぉ!」
ルビズの目元は、赤く腫れあがっていた。
騎士故表には出さなかったが、彼女はずっと泣いている。
声も出さずに、ずっと子供の様に泣きじゃくっていた。
「うふふ。どうしてですの?」
アシュリーはルビズを押し返し、紅月にて切り払う。
鎧の防御力で受けきれなかったダメージが打撃に変換された為、ルビズは遥か後方まで吹き飛ばされ、外の洞窟の壁に激突した。
「ぐふ!?」
死亡未満重傷以上の攻撃を叩きこまれたルビズは、力無く仰向けに倒れる。
「冷静にお考えになられて見て下さいまし。貴女の妹君が辿るであろう全ての未来を。」
ツカツカと、アシュリーはルビズの元までやって来る。
「仮に貴女のお望み通り、貴女も妹君もクラキも、皆様纏めて天にお召しになられたとしましょう。その場合、クラキが悪人だった証拠は何一つ残らぬまま、ただの領憑き騎士の暴走として片付けられてしまいますの。この悪事は明らかに根が深そうですわ。妹君の様な目に逢われる方が、今後また出てしまうかも知れませんの。おまけに、騎士団の信用にお傷ができてしまうかも知れませんわね。」
「…!」
「次に、当初の予定通りクラキを見事告発できたとしましょう。当然こちらの地下施設にも調査が入り、妹君もきっと保護されるでしょう。然し、問題は此処からですわ。正義の為には時に冷酷と変わる騎士団が、この研究の調査の為に妹君に一体どんな事をするか…ううう、わたくし、考えただけで寒気がしてきましたわ。」
「…ぐ…」
「では、今ここで口裏を合わせて置きましょう。あちらのハーピィは、旅先でわたくしが見つて一目惚れしてしまったただの野良モンスター。貴女の妹君は既にお亡くなりになっていて、」
アシュリーは、ポケットからペンダントを取り出しルビズの前に置く。
シルキーが付けていた物だ。
「見つかったのは、こちらだけ。解りましたか?」
「………」
アシュリーはにこりと笑うと、そのまま施設へと戻って行った。
「…シルキー…」
シルキーは、ある日クラキの手の物に攫われた。
それもひとえに、この付近で最も強かったルビズを、領憑きとして自身の配下に収める為だった。
妹を人質に取られたルビズは、仕方無くクラキの元へと下った。
それからの日々は、酷い物だった。
毎日毎日罪無き市民を切り、目の前の悪事にただ加担する事しか出来ず、少しでも逆らえばシルキーの食事を抜くと脅された。
何度かクラキの相手もさせられた。
そんな日々の中で、ルビズは内心シルキーの事は諦めていた。
クラキが、とても約束を守る様な男には思えなかった。
きっとどこかでもう殺されていて、人知れず埋められでもしたのだろうと。
クラキの傍に居たのも、いつからかただ悪事の証拠を集める為に変わっていた。
実際は違った。
彼女の妹は、耐え難い絶望の中で、最期まで姉を待ち続けていた。
早々に諦めた姉とは違い、シルキーは最後まで姉を信じ続けていた。
「…まさか、本当に地下室があったなんてな…もっと…もっと良く調べていれば…ぐ…う…うう…」
「まあ、結構バレバレでしたけどね…」
ルビズの元に、シルキーを連れたアシュリーが戻ってきた。
シルキーの胴体には鵺用の首輪が取り付けられており、アシュリーの右手にはそれのリードがあった。
"ピィ!ピー!"
「あ、こら!貴女の姉君は食べ物ではございませんわよ~」
アシュリーはそのまま通り過ぎる。
シルキーも、ルビズをほんの少し気にかけはしたが、それ以上の反応は見せなかった。
「うふふ。帰ったらまずお風呂に入れてあげますわ。お肉は何が良いですの?学寮ではきっと窮屈でしょうし、これを機に大きなお屋敷を建てるのも良いですわねぇ。貴女には大富豪のペットとして、人すら羨む最高に優雅な生活をお約束致しますわ~!」
"ピィ!"
ハーピィは、肉食の魔物の中では比較的おとなしい部類に入る。
死肉や弱り切った獲物しか狙わず、また臆病な性格なので能動的に人に危害を加える事も先ず無い。
「名前は…そうですわね。シルクなんてどうかしら?」
"ピィ!ピィ!"
「うふふ。気に入って頂けて大変嬉しいですわぁ。」
シルクにとってアシュリーは、突然斬りかかってきた騎士から自分を守ってくれた命の恩人である。
おまけに狭く暗い牢獄から助け出してくれたともなれば、臆病なハーピィが懐くのは当然の事だった。
そのまま一人と一羽は、仲睦まじそうに地下を後にした。
「…シルキー…」
アシュリーの言い分は理にかなっていた。
それにきっと、シルキー改めシルクもそれで幸せになれるだろう。
「もう…正義の騎士じゃ無くなった私に…お前を信じれなかった私に…お前を救う資格なんか…無いんだよな…」
ルビズは、シルキーが付けてたペンダントを自身の物に近付ける。
『ここをこうして、これで良いのかな。あー、あー、お姉ちゃん聞こえる?今日初めて録音機能を使ってみたんだけど、うまくいってるかな。じゃあ取り合えず何か話してみるね。今日学校で…』
~~~
"キュ!"
「ああ、申し訳ございませんわ。流石に一年ぶりの太陽は刺激が強すぎましたか。」
屋敷から出ようとしたアシュリーは、急遽建物の中に戻す。
「困りましたわ。こんな事なら日傘を持ってくれば良かったですの。」
その時だった。
「お…おい貴様!まさかその鳥…!」
背後にクラキが居た。
アシュリーは紅月の索敵機能をオフにしていたので、気付かなかった。
「ええ。ぜーんぶ見てきましたわ。地下室も、怪しい実験も、この子の儚き最期も全て。」
「く…ルビズは何をやっている!」
「今頃、貴方の地下室でお休みになられているのではないでしょうか。ねぇ。」
アシュリーはそう言って、ルビズの鎧の破片をクラキの足元に放り投げる。
「な!?あ…あり得ん…腐っても騎士の筈だぞ!クソ…クソおおおおおおお!!!」
クラキはピストルを取り出すと、アシュリーに向け発砲する。
アシュリーにとってはハエも止まるような速さで飛来してきた弾丸は、蒼月白夜によって弾かれた。
「うふふ。あはははは!さあ貧乏男爵!めり込む程に頭を垂れて許しを請いなさい。貴方の人生の採択権は今、このわたくしが握っておりましてよ?」
「うおおおおおお!!!」
クラキは何度も発砲する。
だがその全ては、アシュリーの刹那の剣技により弾かれる。
「クソ!クソ!なんで当たらない!貴族のくせに、何故それ程までに…まさか貴様、騎士団の…」
「いいえ。わたくしはただの貴族令嬢ですわ。だから、こう言う事が出来るんですの。」
クラキの弾薬が尽きたタイミングを見計らい、アシュリーは彼を指差す。
「わたくしアシュリー・ヘルヴェチカは、祖国が司法秩序に基づき、今此処に…」
「妙なハッタリはやめろ!金なら払う!幾らだ!幾ら欲しい!確か、休日を弁償すれば良いのだな!」
「…ではお一つだけ。こちらのハーピィの事は黙っていてくれませんか?わたくしこの子が大変気に入りまして、飼う事に決めましたの。素敵な大型ペットもまた、貴族のステータスですので。」
「分かった!そんな奴くれてやる!判ったらさっさと…」
「告発しますわ!」
「なっ!?」