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バトルなんてごめんこうむりあそばせですわ〜!  作者: みゅにえ〜る
小康編
1/17

(エピローグ) 旧日

鉛色の空の下、老人と少女が、一つの火を囲って座っていた。


この場所の名は、“グラス平野”。

かつて青々とした草原だったこの場所は、凡そ100年にも及ぶ戦争によって灰色に染まり、いつしか“災厄の戦線”、“終わらぬ戦火の大地”と呼ばれる様になった。


「ねえ。おじさま。」


少女は火にくべられた鍋から目を離す事無く、老人を呼ぶ。


華やかな金色の、ロングツインテールの髪。

左目はルビーの様な赤色、右目はサファイアの如き蒼色。

その顔立ちはまだあどけなくも、実に愛らしく美しいものである。

煤で汚れたジャンパーを身に纏った齢8歳の少女の名前は、アシュリー・ヘルヴェチカ。

ヘルヴェチカ家と言う由緒正しき公爵家の娘である。

それ以上でも、それ以下でも無い。


「なんだ。」


老人は答える。


返り血で染まった赤いヘルメット。

そこから零れ落ちるのは、細くパサついた長い白髪。

病により白く濁った瞳。

身長は2mにも及び、その体躯は筋肉によりがっちりしている。

煤汚れた厚手のオリーブ色のジャンパーを着る老人の名前は、ゼノン・トラジャン。

アシュリーの父親、エドモンド・ヘルヴェチカの旧友であった。


「此処は、ひどい臭いがしますわね。」


二人が居る場所は、戦死者の山の上だった。


「そうだな。火薬に鉄、血に腐乱臭、そして何より、人の憎悪の臭いだ。今にもむせ返りそうだよ。」


「わたくし達、どうしてこんな場所に居るんですの?」


幼いアシュリーは、一週間置きの頻度でこの質問をゼノンにしていた。

答えも知っていたし、理由も理解している。

それでもアシュリーは、漠然とした不安に苛まれる度に、ゼノンにこの質問をした。


「人には人の道がある。何不自由無い道。過酷に溢れた道。望まずとも、悪の道を進む事もあるかも知れない。」


ゼノンは鍋を火からおろし、中を確認する。

小さな金属製の鍋は、コトコトと煮える芋粥で満たされていた。


「お前はきっと、修羅道に居る。闘い続け、生を拾う、(いくさ)(ぐる)いの道にな。」


ゼノンは背後に置いてあったバックパックから、皿と木製のスプーンを2組取り出す。


「だからお前は戦場に居るんだ。アシュリー。」


ゼノンが焚き火に向けて人差し指を向けると、その指先から一塊の水が発射され、火は一瞬で消えた。

そうして残った焦げた材木の上に鍋を置くと、ゼノンは蓋を取り、二人分の芋粥を配膳した。


アシュリーの祖国、“イラスタマイア王国”は今、内戦の冷戦とでも言うべき劣悪な状況に陥っていた。

毎朝貴族の変死体が発見され、毎日平民がデモを起こし、毎晩人々が大量に処刑される。

爵位最高位である公爵家の娘が暮らすには、そこはあまりにも危険過ぎる環境だった。


「お前はいつか、自分の国に帰る。だが、そこも此処とは変わらない。むしろ酷くなっているかも知れない。だからお前は戦うんだ。」


「嫌ですの。」


何度と無く交わされた、定型分の様な会話。

然し今回は、アシュリーの返しは少し違っていた。


「わたくし、そんなの嫌ですの。一生戦い続けるなんて嫌ですの。」


数多の凄惨な物が目に焼き付いたアシュリーの瞳は、すっかり光を失っていた。

然しそれでも、アシュリーは優しい少女のままだった。


「…そうか。それもまた良い事だろう。」


ゼノンとアシュリーは、ほぼ同時に芋粥を食べ始める。

味は殆ど無かった。


「だったらそうすれば良い。避けて躱して受け流して、戦いから逃げ続ければ良い。別に悪い事じゃ無い。だがいつか、どうしたって避けられない場がやってくる。どんな人間にもだ。そういう避けられない場がやってきた時の為に、お前には打ち勝つ力が必要なんだ。」


「はぁ…おじさまとお話しすると、いっつもそこにご着地あそばされますわね。」


ゼノンの傍には、二振りの太刀が置いてある。

持ち手、鞘共に非常に精巧に作られており、どちらも神秘的とすら思える代物だった。

ゼノンはそのうちの、赤い刺繍が施された方をアシュリーに投げる。


「来い。アシュリー。お前はまだまだ弱い。」


ゼノンは芋粥をかきこむと立ち上がり、青い刺繍の太刀を、鞘から抜かぬまま構える。

アシュリーは溜息を吐くと、ゼノンと同じ事をする。


「弱いままでは、駄目なのですの?」


「お前はあいつの忘れ形見だ。死なせたく無い。」


遥か遠方から、5機の戦闘機がブリッジを描いて飛んでくる。

猛々しいエンジン音と共に、戦闘機が二人の頭上を通過した時だった。


“ガコン!”


刹那の内に、二人は鍔迫り合いを始めていた。

鞘同士がぶつかっているだけなので火花はでなかったが、発生した風圧は二人の周囲の物を弾き飛ばした。


「戦うにしろ、逃れるにしろ、どちらも資本は己が力だ。」


ゼノンが、アシュリーを刀ごと弾き出す。

体勢を崩すアシュリーの胴体めがけて、ゼノンは渾身のひと蹴りを放つ。


「きゃあっ!」


アシュリーは、為すすべも無く後方に吹き飛ばされ、二回バウンドした後更に地面にこすりつけられる様にして滑り、5m程先で漸く停止した。


「尚も剣から手を離さないとは。少しは成長したみたいだな。」


「く…まだまだ…ですわ…!」


アシュリーは剣を杖代わりにして立ち上がる。

今回は、今までで一番強い力で弾き出された。

つまり、今までで一番手加減ができていなかったと言う事だ。


「来い。まだまだ、なのだろう?」


ゼノンは剣を構え直す。


「おじさまめ…今に見ていなさい!はあああああああ!」


アシュリーも剣を構えると、ゼノンに向けて走り出す。

ゼノンにはその太刀筋が手に取るように分かったので、いつ来ても良い様に先制攻撃の構えをとる。


「愚直で、素朴な剣。まるであいつの様だ。」


剣筋は完全に読めていた。

そのつもりの筈だった。


「なっ…!」


ゼノンの剣は、空振った。

アシュリーが、ゼノンの間合いに入る寸前で立ち止まったからである。


「そこですわ!」


アシュリーはゼノンの空振った剣を更に剣戟で押し崩し、彼の姿勢の崩れを更に大きな物にする。

そしてそのがら空きになった胴体に向けて、更に一振り。


“ガコッ!”


鈍い音と共に、アシュリーの剣は差し出されたゼノンの手のひらに当たった。


「あーもう!この作戦なら上手くいくと思ったのにですわ!」


「見事な受け流しだ。だが射す場所が悪かったな。この場合、そのまま刃をずらして小手を狙うか、切り返して剣側の胴体を狙え。その方が反撃される時間を相手に与えずに済む。」


「く〜!もう一回!もう一回ですわ!」


「嫌がっていた割には、随分と楽しそうじゃ無いか。」


「るっさいですわ!」


アシュリーはゼノンより離れ、再び剣を構える。


「躱し、流し、打ち返す剣。それがお前の剣か。」


「何か言いましたか?」


「ああ。そろそろ本気で掛からねば、お前の成長には足りなくなってきたか、と言ったのだ。」


「…それって…どう言う事ですの?」


「【獄圏界降(ごっけんかいこう)等活(とうかつ)】。」


光り輝く10本の白銀の刃が、ゼノンを取り囲む様に現れる。

鋼すらも容易に切断する強度まで圧縮、硬化された、10本の“気”の刃だった。


「お前も開け。死にたいのか?」


「へ?ご…【獄圏界降・等活】ですわ!」


アシュリーの周囲にもまた、同じ物が出現する。

然しアシュリーの気の刃は半透明で、光も弱く若干小さくもあった。


「おじさま!?正気ですの!?ただの練習の筈ですわよね!?」


「ああ。俺は至って正気だ。だから開けるんだ。」


ゼノンは鞘より刀を抜き、構える。

蛍火の様に淡く輝く蒼色の、透き通る様な美しく刃である。

それは浄土を司る神秘の霊刀、名を[蒼月白夜(そうげつびゃくや)]と言った。


「ば…抜刀まで…!わたくしに死んで欲しく無いんじゃなかったんですの!?」


アシュリーもまた刀を抜く。

禍々しくも鋭く輝く赤色の、血と狂気の気配漂う恐ろしの刃である。

それは穢土を司る殺戮の魔剣、名を[紅月(べにつき)]と言った。


「ここから先は、一瞬の隙で命を落とす。覚悟はできているな。」


「そんな訳無いじゃないですの!わたくしまだ死にたくございませんわ!」


「なら、どうして笑ってるんだ?」


「るっさいですの!」


二人はその後、剣を構えたまま睨み合う。

二人の間を横切った風すらも、微塵に切り刻まれるのではとさえ思えた。


“グオオオオオオオオ!!!”


突如、地の底よりゾンビが現れる。

数十の死体が融合して生まれたそれは腐肉でできた巨人であり、名を[コープストール]と言った。

ひとたび出現してしまえば、街一つを殲滅するとも言われている、大変危険な魔物である。


「邪魔を…」

「しないで下さいまし!」


次の瞬間には、巨人は22振りの刃で突き刺され、ただの肉塊へと帰す。

そのままの勢いで、二人は苛烈な打ち合いを始めた。


11本の剣が、それぞれ独立して打ち合っている。

それら全ては持ち主の意思で動いており、どれか一本でも打ち勝てば、勝者の剣は持ち主で無い方を切り裂きに行くだろう。

アシュリーとゼノンは、一度に決闘11回をやっているも同義だった。


「一年だ。」


剣の舞の中、ゼノンはふと呟く。


「なんですの?」


「あと一年で、お前に俺の60年を叩き込む。」


「…冗談ですわよね?」


「冗談なのはお前の飲み込みの早さだ。」


「るっさいで…え?今、わたくしの事褒めて…」


「そこだ!」


「きゃ!?」


アシュリーの刀が宙を舞う。


「あうう…」


「さあもう一回だ。日が昇る前に、お前には等活の一つ下。黒縄まで会得して貰う。」


「そんな…わたくしを殺す気ですか!?」


「何者にも殺させない為だ。ほら、始めるぞ。この地区も、いつ冷戦が解けるか分かったものじゃ無いからな。」


結局その日から二人は三日三晩戦い続けたが、その間両者が傷を負う事は無かった。


翌年の冬。

ゼノンは息を引き取った。

夢の中に出てきた子って何故か好きになりますよね(*´ω`* )

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