ねこおばさんとおともねこ
前に住んでいたアパートの近所に、ねこおばさんと密かに呼ばれていた高齢のおばあさまがいた。ねこおばさんはのらねこを猫可愛がりにかわいがっていたが、特に仲良しのねこがいた。
歳とった茶トラのめすねこだ。
おともねこ、とこっそり名付けて呼んでいた。
ねこおばさんがまだもう少し若く、おばあさんではなく、ちゃんとおばさんだったころ、よく近所の駐車場でねこたちに餌をあげていた。
にゃあん、にゃあんと鳴き真似をして、ねこたちを呼んでいるのが面白かったが、カリカリを出さない限り一向に寄ってこないのもいて、ちょっとだけもの哀しくもあった。
アパートの大家さんはねこの存在を受け入れてはいたが、室内に入れるのを嫌がっていて、ねこが部屋にあがろうとすると、両手でひょいと抱えて、ぽんと外に下ろしては、ねこが残念そうに、うにゃう〜と鳴くのに答えて、
「にゃんじゃありませんよ」
と言い聞かせていた。
◇
ねこおばさんがまだ元気だったころ、おともねこもまだちいさな仔猫だった。ねこおばさんが話しかけると、おともねこはミィ、と鳴いて、いつも後を追いかけていた。
近所にはおともねこの兄弟姉妹がたくさん住んでいて、ときどきじゃれついたり、仲よく丸まっていたりした。
最後に見たときは、自然な老衰によるものなのか、虚勢の効果なのかは分からなかったが、ねこの数はかなり少なくなっていた。
◇
ねこおばさんがおばあさまになってからは、夜になると買い物カートを押して、宵闇の道をゆっくりと散歩するのが日課だった。
ゆっくりと、ゆっくりと。
ゾウよりもゆっくりとした歩みだった。
その横にはすっかり大人になったおともねこが、ときどきあくびなんかしながら、辛坊強くつき従っていた。
かと思えばときどき飽きちゃうらしく、道路の側溝を調べたり、家の垣根を覗いて何やら調べたり、電柱の下の方についている板で爪とぎしようとしたりしていた。
そうしてしばらくして満足すると、おともねこは、ねこおばさんの様子をちらりと見て、にゃあんと呼びかけて、ひょこひょこと歩いておばさんの横のポジションに戻っていく。
すると、ねこおばさんはほんの少しだけ歩みを止めて、おともねこをちらりと見たあと、よしよし、とほんの少しだけ嬉しそうになって、また一緒にゆっくりと、どこかに向かって歩き始める。
一人と一匹のうしろ姿が去っていく。
ずっと見られたらいいな、と思った。