クリスマスマーケット
あるとき旅先で、クリスマスマーケットがあるというので見に行った。
小さな街の市庁舎の時計塔の前にちょっとした広場がある。名前もない、普段は歩行者も通り過ぎるだけみたいな場所だった。
でもその日は違っていて、夕方から白テントがたくさん並んで地元の見物客たちで賑わっていた。
雪が降りそうなくらい寒い日だった。
夕飯がまだだったわたしたちは、広場の方に向かって人が集まっているのを見て、何かあるのかな?と思いながらも遠巻きに通り過ぎただけだった。だから、レストランで担当してくれたウエイターさんが、今日は特別なんだと教えてくれて、初めてそんな行事があることを知ったのだった。
せっかくだしということで見に行くことになった。
会場に向かう人たちはみな暖かそうなコートやジャケットを着込み、息を白くさせながら歩いていた。テントや街灯の明かりがほのかに灯るなか、見物客たちのどこかウキウキした表情が印象的だった。
会場の端の方には移動遊園地が来ていた。
赤や黄色の機関車○ーマスみたいな遊具や回転木馬が人工芝の上に置かれていて、ファンシーな音楽が鳴っている。
子どもたちは楽しそうに歓声を上げながら、遊具に向かって走ったり、おとなたちに手を引かれて行きたそうに見ていたりしていた。
そんな光景を横目で見て、無邪気だなと思いながらマーケットに向かって歩いていると、風船を持ったちいさな女の子が通り過ぎざまに振り返ってきて、目があった。
手を振ってみると、
だあれ?
というように不思議そうな顔して、隠れながらそっと見てきた。
バイバイ、楽しんでね
その子はちょっぴり手を振りかえしてくれたあと、金髪のポニーテールを左右に揺らしながら、スキップするようにパパを追いかけて去っていった。
まだ時間があったからテントの明るい光に誘われて、会場をひと通り回ってみることにした。
スパイスの入ったホットワインに、ナッツやドライフルーツがたくさんのケーキ。
クリスマスの飾りが多かったけれど、ハヌカの燭台や飾りも置かれていた。
いろんな人が暮らしている街なんだね。
アジアな自分はちゃんと馴染めているのかな。
可愛らしい雑貨が置いてあるブースがあったので、立ち寄ってみた。
スノーマンの飾りが可愛い顔をしていたので、見比べていたら、ただの飾りではなくてキャンドルを立てられるのだと売り子さんがにこにこしながら説明してくれた。
わたしたちが作っているのよ?
言われてみれば、なるほどと思った。ハンドメイドのぬくもりがある。
手にとってみていい?、というようなことを下手な英語で聞いた気がする。
売り子のお姉さんが快諾してくれたので、しばらくスノーマンたちをひっくり返したりして、作りを確かめているうちに、そのうちの一つとなんとなく離れがたくなって、お土産に買って帰ることにした。
他にもいくつかクリスマスのオーナメント(ツリーの飾り)などを買ったところで、いよいよ震えそうなほど寒くなってきたので、温まるためにホットワインを頼もうということになった。
ホットワイン3つください。
どうぞ。きみらは旅行者かい?
うん。日本から来たんだよ。
ドラえもん、知ってるよ。 この冬にもトウキョウにひと月行っていたんだ。
ボクの息子が日本のアニメが好きなんだよ。
本当ですか?
そのあとは、同行者のひとりのアニメに詳しい人とホットワイン屋のおじさんとで、何か当時有名だったはずのアニメ(詳細は忘れてしまいました)について楽しそうに話しているのを、ふうんと思いながら横から聞いていた。そうしているうちに、次のお客さんが来たので、
楽しんで!
ありがとう。あなたも。
そんなやりとりを交わして、わたしたちはその場を離れた。
手袋越しに触れたコップはまだじんわりあったかくて、少し啜ってみると漢方薬みたいな味がした。一番近いのは浅田飴だと思う。アルコールはほとんど感じなかった。蒸発しきったらしい。
温まりますね。
マーケット、きれいですよね〜。
なんかとても、体験してる感じ。
なんか楽しいかもしれない……。
ワインを飲みながら幸せな気分になっていた時に、なんとなく気がついた。
温かい気持ちは、ワインだけのおかげじゃ無いんだね。
あれから何年経ったか覚えてないけど、あのちいさな女の子は今ごろどうしているのだろう。
スノーマンを売ってくれた女の人は。
ホットワインを出していたおじさんは。
みんなきっと元気でいらっしゃるのだと思う。
もう会うことはなくても。
…またマーケットに行ったら同じように会えるかな?
最後にホットワイン屋さんがかけてくれた言葉。
今どきは、メリークリスマスだけではないので
Happy Holidays!
よい休暇を
というらしい。
というわけで、かなり早いですが、
みなさま、よい休暇を!
少し創作です。ラジオに出そうと作り始めたものの、うまくまとまらないのでこちらへ。
オチをつけたいがためにいい話にしている面もありますから、読み物として軽く読み流してくださればと思います。