こんなカフェなら行ってみたい
異世界ものを読んでいると、ときどき気になるときがある。
この世界のなかで、いわゆる普通の人はどうやって暮らしているんだろう、と思ってしまうのだ。普通の、というのは、主人公であるモブ、とも違う、ほんとうの、表には出てこない人としての普通の人たちのことだ。
休みの日などに異世界ものを読みこんでその世界に浸かっていると、ふとした瞬間に、現実世界のなかにいながら異世界を思い描いてしまうことがある。
どういうことかというと、ちょっと近所の電気屋に珍しい型の電球を買いに行った時などに、店の奥の方からご年配のおじさんがよいしょ、と出てきて対応してくれたりすると、こんな日用品屋ならあちらにあっても良いかな、なんて思ってしまう。
そのお店の奥にはとっておきのアイテムが、誰かそれを本当に必要とする人がやってきたときのために隠されていて、静かに出番が来るのを待っているのだ。
個人的にいちばん気になるのはカフェだ。
それも、観光地によくあるような個人経営のカフェがいい。
もちろん『異世界でカフェを開きました』という作品はたくさんあって、魔法の力で内装を素敵に整えたりイケメンの騎士が訪ねて来たりする。
でも実際はどうなんだろう。そんなシチュエーションは、普通の人にはそうそう訪れないように思う。あれは主人公でないとダメなのだ。
自分が作るとしたら、と考えてみる。
場所は、山の中腹か丘陵地の見通しの良いところにしよう。公道からの道も整えて、旅人が立ち寄ったら花が迎えるようにしたい。
それから丸太小屋を建てて暖炉も備えつける。湧き水も引いて野菜畑を作って、新鮮な野菜が提供できるようにしよう。そして何より大事なのは、確かな品質の珈琲豆と紅茶を定期的に仕入れられるように、ちゃんとしたところと契約しておくことだろう。
そして開店。たぶん誰も来ないから看板くらいは出すのだろう。呼びこみも必要かもしれないけれど、そんなに頑張るつもりはないので、たぶんしない。
一ヶ月くらいたったある曇りの日の午後などに、魔獣討伐帰りの騎士か冒険者のパーティーがたまたま立ち寄るかもしれない。
一日の疲れがどっと出て、どこかでひと息つきたくなったり、王都まで我慢するにはおなかが空きすぎていたりすることだってあるだろうから。
彼らがやってきたら、まずは一度にたくさん作れる煮込み料理を出して満足してもらい、食後にサービスとして自慢の珈琲を出してみる。
お子さまにはホットミルクを。
それで次からお得意様になってもらう。
腹黒いかもしれない。
嵐の夜に魔女が雨宿りしにきたら、さっと乾いたタオルを差し出して、暖炉近くの席をお勧めしてくつろいでもらう。
カフェラテに甘い焼菓子を添えて、一緒に座ってお茶しながら、いろいろと、この世界のことを教えてもらうのだ。酸いも甘いも。
そうして明け方になって帰って行ったら、そそくさと奥の居住スペースに引っ込んで、寝台にもぞもぞと潜り込んで、夢も見ないで深い深い眠りにつく。
気がついたら朝で、窓から光が差し込んでいたら、おもむろに起き上がってから、ごしごしとテーブルを拭き、椅子の背もたれと脚も拭き、最後に床をさっさっと掃いてきれいにする。そうして小屋も自分もさっぱりとした気分になったら、また新しい一日が始まる。
チートもなければロマンスもない。
そんな無味乾燥なあたりまえのカフェが作れたらと思う。
そしてできたら、窓に向かってカウンターを作りたい。
お客さんも自分も目の前に広がる丘陵地帯を眺めながら、一杯の珈琲とともにのんびりとした時間を過ごすのだ。
ドラゴンなんかが遠くの空を滑空していたら、いい眺めだろうなと思う。