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冷やし令嬢、始めました!

作者: 江戸 菊華

 ご機嫌よう、私の名前はシャルグリットと申します。

 下町っ子な私は、幼い頃から母さんと二人で、慎ましやかに暮らしておりました。

 母さんは肝っ玉? が太い? らしく、周りの皆から『姐さん』と呼ばれる位には親しまれておりましたので、二人っきりの生活でしたが、周囲に色々と助けられて生きていく日々だったのです。

 だから、流行り病で母さんがポックリ逝ってしまった時も、その後も、私は周囲に支えられながら、頑張って生きてきました。

 さすがに、一人暮らしは一桁台の年齢では無理だったので、神殿が経営する近所の孤児院に引っ越しはしましたけどね。


 それは10才の時でした。

 その頃、我ら庶民の間では『小説』が流行し、私も巷の『恋愛小説』なるものを読み耽り、幼いながらも胸をときめかせておりました。

 それ位の年代になると、オンナノコは気になるオトコノコの話で、キャイキャイしちゃったりします。

 かくいう私も、気になる男の子ができました。

 ほんのちょっと年上の、カッコ良い男の子。

 なので、告白したんです。

 亡き母の『思い立ったが吉日、いつも心に見敵必殺』を胸に抱いて生きる私は、この思いの丈を、彼に伝えたんです。


「━━オマエ、暑苦しいんだよ」


 ……そんな言葉でフラれました。

 フラれた私は、「バカ~~~ッッ!!」と大声で叫んで泣きながら、走り去ったのですが。

 後日、ドップラー効果がうるさかった、と周囲からクレームを受けてしまいました。

 黒歴史です。



 そんなこんなで失恋してからも、健気に生きてきた私。

 孤児院では年下の子達のお世話をしたり、下町の無料の学校に通ったり、馴染みの食堂でお手伝いをしたり。

 もちろん、孤児院の経営者(?)である神殿の方にも、呼ばれればお手伝いに行ったりもしていたのですが。

 そこで、ヤラカシマシタ。

 ヤラかして、上の方に目をつけ━━もとい、目に留まって。

 色々とあった結果、私は『シャルグリット・アーデン』になりました。

 《氷嶺のアーデン》と呼ばれるらしい、氷の魔術に特化した子爵様の家だそうです。その家に、私は引き取られることになりました。



 はい。

 冷やし令嬢、始めました!!




 ・


 ・


 ・




 冷やし令嬢の朝は早い。



 日の出と共に━━ではなく、空がうっすら白み始め、小鳥達が鳴き始める頃には、目覚めています。

 『侍女泣かせ』と今でもグチグチと教育係に言われてしまうのですが、悲しいかな、小さい頃からの習慣なので、諦めて下さいって言い返している現状ですが。

 さておき、起き出した私は部屋に備え付けの洗面所で、顔を洗ったり着替えたりと、軽く身嗜みを整えると、屋敷の周りを走ります。

 体力の向上は、気力の向上。

 ━━ひいては集中力、魔力操作の向上に繋がるからです!

(※そんな事実はありません)


 ある程度運動をしたら、部屋に戻って汗を流し、専属の侍女が(起こしに)来るまでの間に軽く前日の復習をします。

 侍女達が来ましたら、改めて身嗜みを整えてもらい(いつまでも慣れません)、ようやく朝食の時間となりました。


「お父様、おはようございますっ!」

「あぁ」


 そうお応えくださるのは、アーデン子爵こと『ラズリエル・アーデン』━━オトウサマ。

 腰まで伸ばした灰白色の緩い巻き毛の髪を一つに束ね、切れ長の目は薄荷色と、全体的に色素も身体も薄そうな見た目20前半、実年齢は30ソコソコの中性的イケメンが、私のお父様です。

 席につくと、お互いに食事を始めます。


「シャルは……今日も、元気だね」

「はいっ、毎日元気になっていっておりますっ」

「……ぇ、なって、いって? 増える、の?」

「増えます」

「……何が?」

「元気がです!」

「…………」


 カチャリと動きが止まるカトラリー、まじまじとこちらを見てくるお父様。

 少し、のんびりした話し方をされますが、イケメンなお父様に見詰められて、思わずポッ……と顔を赤らめてしまった私でした。

 ついつい頬に手を当てながら、視線を反らしてしまいます。モジモジ、するのは仕方ないですよね。


「髪の色以外は、僕にソックリだから。黙っていれば、絵になるくらいなのになぁ……。

 勢い……ありすぎるのが、残念」


 はぁ、と残念そうにお父様は溜め息を吐いた。

 その言葉に、傍に控えていた執事のカインがこくりと頷きつつ━━私の胸元に視線を向けてくる。


「確かに、薄さも含めて、見た目だけは旦那様にソックリですよね。薄さも含めて」

「ウルサイ」


 そう、私はお父様が言った通り、母さんから受け継いだ黒髪以外は、くるりと巻かれた癖っ毛も、薄荷色の瞳も、透き通るような白い肌も、スラリと延びた手足も、ほっそりとした体型含めて━━お父様である、ラズリエル子爵にそっくりなのです。

 ちょーっとしたヤラかしの際に、この容姿がお貴族様の目に留まり、身ニ覚エがあったお父様とご対面致しまして、親娘であることが発覚。

 更には血族である事を示す紋章まで体に浮かんでいたとなると、これはもう間違いないって感じでした。

 紋章、自分じゃ見えない位置にあるので、全く気付いていなかったんですけど、思えば母さんがニヨニヨしながらソコを撫でてきた記憶があるので、納得はいたしました。


「残念ながらシャルグリット様は薄いので、肉体的なクオリティが求められるハニートラップは難しいでしょう。

 男を引っ掛ける手段を、何か考えねばなりません、旦那様」

「は?」


 何か、不名誉な事と、不信な言葉が聞こえた気がするのですが。


「カイン、それ、どういう意味?」

「お嬢様に男を籠絡してもらう、という事ですよ。

 大丈夫です、旦那様ですらお嬢様というお子様を持てたのです。

 お嬢様もきっと、イケます。━━━━多分」


 そっと私から視線をそらせつつ続いた内容。

 口元は笑っているので、悪意ありありの様子に眉をひそめると、私はお父様を睨んだ。


「どういう事ですか、お父様」

「とりあえず、この馬鹿執事の事は、無視して良いよ。

 …………いや、微妙に、関係はあるか、な……?」

「オトウサマ?」

「あー……うん。シャルは、15才になるだろう?

 学園に、通って……もらおうかと、思ってね」

「学園、ですか?」


 こてんと首を横にします。

 お父様に引き取られてこの屋敷に来てから、ほぼ毎日授業三昧、貴族教育三昧。

 そこに学校まで加わるだと?


「シャル、魔力制御の方……できるように、なったんだよね?」

「あ、はいお父様。

 さすがに無意識に、魔力を暴発させるようなことは無くなりましたよ!

 発動体は、外せませんけど……」


 私はお父様譲りなのか、魔力の限界値が高いらしい。高いらしいのだが、如何せん、それまでは一般市民として暮らしていた為、自分に高い魔力があるとは知らなかった。

 知らなかったから、とある一件で魔力が暴走し、それ以降は自分の力について認識できるようになったものの、“魔力を使う”事に慣れていない為に、制御用の発動体を幾つか身に付けているのが現状だった。

 それが何の関係があるのか、と首を傾げると、お父様は少し考える素振りを見せながら、言葉を続けた。


「そうなんだ、シャルは偉いね。

 それで、ね。魔力制御できるようになったのだから、今度は世間、知ってみないか……ってカインと話をしていたんだよ。

 シャルはお母さんに似て、優秀だから、必要最低限の知識やマナー、身についたって聞いてる」

「そうなんですか?」

「えぇ、お嬢様の家庭教師達からは、誰もが太鼓判を押しております。

 ……餌があると、随分捗るようで、ようございました」

「カイン、ウルサイ」


 むー、と思わず唇をつきだすと、カインから「摘まみますよ」とジェスチャーと共に言われ、慌ててニッコリと微笑みます。


「とりあえず、学園に行ってみて、旦那さんを見つけてみないかい?」

「…………はい? お父様??」

「そこは私が、旦那様から引き継ぎましょう。

 お嬢様は世間一般ではお年頃、婚約者がいてもおかしくない年齢となっております」

「あ、うん、そうね。

 そういう話は聞いたことがあるわ。

 町の方でも、早ければ結婚したりもするもの」


 こくこくとカインの言葉に頷く。

 私が好きな恋愛小説でも、良くある話だもの。解ってますよ。


「ただ、お嬢様は貴族として過ごされている時間は短く、お知り合いも少ない状態でございます。

 そこで、殿方と出会う機会の多い、学園へと入学することを提案させて頂いた次第でございます」

「僕としては、可愛い愛娘さんには、できる限り幸せになって、欲しいんだよね。

 婚約は家同士の契約、って面もあるけど。

 できるなら、シャルの望むようにしたいと。考えてるんだ」

「お父様……」


 私の事を考えてくださるお父様に、つい、ウルウルしてしまいます。


「お嬢様、私もソレに協力しているのですが。

 何かありませんか」

「カインは面白がってるわよね?」

「ハハハ、一割ほどだけですよ」

「………………。

 どんな割合か、訊いても?」

「真面目一割、悪ふざけ九割ですね」

「カ~~イ~~ン~~~?」

「━━流石にナイフは投げませんでしたか。

 ようございました」


 ここでナイフ投げたら、オヤツが減るでしょ!?

 さすがにそろそろ学習したから、投げたいけど投げないわよっ。


「面倒だから、伯爵以下で、お婿さん。

 見繕ってくれると……嬉しい、かな」


 まあ、違ったら違ったで、どうにかするけれど……と、ニコニコと笑いながらお父様はおっしゃいました。


「わかりました、お父様。

 入学するべく、精進して参ります。

 そして素敵な旦那様、捕まえてきますっ!」


 拒否権は無いようですし、仕方ありません。

 無いけど、それでもお父様からの愛情はビシバシと感じますもの。頑張りますわっ。


「…………勢い」


 はぁ、とお父様の溜め息一つ。

 何かを諦めたらしく、食事を再開されました。


「やる気になられたようで結構です。

 とりあえず、これからは男を籠絡する方法等、お嬢様にはお教えしましょう」

「え、本気?」

「本気ですが。

 貴族間の派閥なども、覚えてくださいね。

 選んだ後が楽になります」

「え~……面倒だわ」


 お父様の食事の給仕をしながら、カインは視線だけこちらに向ける。


「まあ、とりあえず頑張って下さいね、お嬢様。

 ━━━━全く駄目だったら、仕方ないから俺がもらってやる」

「……は?」

「カインが僕の息子に、というのは、変な感じで、むず痒いね」

「は?」


 固まる私を尻目に、お父様と執事の二人は、和気藹々とまだ見ぬ私の未来の旦那様について、会話をするのだった━━。

 私が復活するのは、お父様の食事が終わり、二人が執務室へと去ってから。

 とりあえず、見目は悪くないけれど、年齢はお父様と同じくらいのカイン。それを旦那様に、というのは冗談にしか思えない。

 なので、後半の部分は記憶から消し去りつつ、私はしばらくの間、学園への入学に向けて、知識やマナー諸々、更に頭に詰め込むのであった━━━━。




 ・


 ・


 ・




「ではシャルグリット様、また来週、学園で。

 ごきげんよう」

「ごきげんよう、タチアナ様」


 行く先々で声をかけられ、その度に薄く微笑みを浮かべながら、挨拶を返していきます。

 面倒です。

 でも、挨拶されたら挨拶を返す!

 無視されたら嫌だもんね、という精神で私は淡々とお返事を返していきます。

 えぇ、淡々と!



 あの日。

 お婿さん選びのミッションを無理矢理授けられた私は、カインから“如何にして男を誑かすか”という講義を追加される事になり、次々と出される課題に挑んできたわけですが。

「お嬢様、駄目ですね。落第です」というカインの━━どころかお父様、屋敷内の使用人全員からダメ出しをされる結果になりました。

 結論。


『お嬢様は黙ってろ(黙っててください)』


 満場一致で、そんな決が下りました。酷い。

 まあ、私としましても?

 一人どころか十数人、ましてやお父様から言われてしまったからには、それに従わなくてはなりません。

 黙っていれば容姿端麗、解語之花もかくや、といわれる私です。

 とりあえず喋るな、喋るなら淡々と話せ、(お父様のように)ワンテンポ置いて考えてから話し始めろ、を等テーマに過ごすように言われました。

 お手本は、お父様。

 お父様の場合、人付き合い等が苦手な為に無口、無表情らしいのですが。冷たい雰囲気がビシリと決まり、そこに凄い魔力(氷属性)もあいまって、“氷嶺のアーデン”等と呼ばれるようになったらしいです。

 そんなお父様を目標に、言われた通りに演じる、私。

 お父様に見た目そっくりで、なおかつ同じ氷属性の魔力持ちということもあり、いつの間にか“薄氷の華宴”というよくわからない渾名がつけられ、皆様から呼ばれるようになってしまいましたとさ。


 冷やし令嬢、頑張ってますよ!

 というか、薄いとかいうなっ。




 放課後ゆえか人影が疎らな廊下を、少し足早に進みます。目的地は図書館、この学園の目玉です!

 この学園は大きく分けて四つの学科がある為、共通の建物である図書館は、多種多様な本に溢れています。

 もちろん、勉強の予習・復習の為に本を借りることが多いのですが、今日は通学最終日(今週のですが)。明日はお休み、自由です!

 夜更かししても問題ないというのは、なんて素敵なコトなんでしょう。今夜は、好きな恋愛小説を読み耽る所存です!!


 というわけで、イソイソと目当てのコーナーに向かい、上から順に棚を眺めては、パラパラと気になる本を手にとって、中身を確認していってた訳ですが。

 夢中になって、一冊、二冊、三冊……、と次々に本をチェックしていると、急に手元が暗くなりました。

 魔導具のランプ、魔力切れかしらと本から目を上げると、暗いのは灯りが切れたわけではなく、私の背後に人影が。

 いつの間にか、人が来ていたのね……と、邪魔にならないように棚から一歩ズレるも、その人影は本を探す様子もなく。自分に何か用事があるのではないか、と思い至って背後を振り替えると━━━━━。


「ぅげ」


 あまり会いたくない人物が、私の手元を覗きこんでおりました。

 パタンと吟味していた本を閉じましたら、ピックアップした本を幾つか抱えて、逃亡を図るわけですが。


「お邪魔してしまいましたわね、それではごきげんよう」

「━━オマエ、まだこんなもん読んでるのか」


 ヒョイ、と抱えていた珠玉の恋愛小説を一冊手に取って、まじまじと表紙を見ている彼。

 えぇ、彼、です。男です。

 そしてある種の幼馴染のような━━昔、私をフッた、男です。


「その本、返して頂けますか?」

「相変わらず甘ったるそうなタイトルの本、好きだよな」


 会話が成り立って無いことにイラッとします。が。

 ……いけない、平常心平常心。私は氷、氷の令嬢!


「返してくださらない、ということは、その本はトライファン侯爵令息が借りられるのでしょうか」

「オレが借りるわけ無いだろ。

 シャーリーじゃあるまいし」


 軽く鼻を鳴らしつつ、少し馬鹿にしたような口調での返事。あの頃の━━恋をしていた夢見る乙女な頃の呼び方で、私の名前を呼ぶのは、どういう了見でしょうね。

 金茶色の髪は短く整えられており、少し垂れ目気味な利休色の瞳の美丈夫は、どの学年の女子にも人気らしいですが。私は━━今は別に、という感じです。

 なるべく無表情で、ジィっと本を睨んでいると、その視線に気付いたのか、本が差し出されました。

 ようやく返してくれる気になったのか、と、本を受けとるべく手を伸ばすと、ひょいと手が躱されてしまいます。


「………………。レオンス様?

 何、なさってるんですか?」

「いや、何となく」


 本を奪い返そうと、何度も手でそれを追いかけるも、ヒョイヒョイと躱されてしまう私。

 目線よりも遥かに上にいってしまったので、思わずピョンとジャンプをしてしまいました。


「━━ふっ」

「はっ?!」


 思わず、といった風に吹き出すレオンス様。それを聞いて、取り返す事にムキになってしまっていることに自覚する私。

 ハッ、いけない、冷静に沈着によ私っ。

 すぅ、はぁ、と心を落ち着けるべく深呼吸を一つして、キッと彼の顔を睨みます。身長差があるので、上目遣いになってしまうのは、仕方ありません。


「…………意地悪」

「━━ん゛っ?!」


 ぐ、と何かを堪えるような表情を一瞬だけ浮かべたレオンスは様、ばつが悪そうに視線をそらしました。

 なんだか、変な空気が━━漂っているような。


「…………」

「……。ねぇ、」

「レオ、こんなところにいたんだ?」


 そんな空気をぶち壊す一服の清涼剤。

 レオンス様が上に掲げていた本を、後ろから来た人物が取り上げます。


「これは貴女のかい、シャーリー嬢」

「は、はい。

 クラウハルト殿下。……ご機嫌麗しく存じます」


 新たに現れた人物に、私は慌ててカーテシーを行いました。

 そんな私の姿を見て、殿下は苦笑いを浮かべながら、レオンス様から取り上げた本を、私に差し出してきます。


「そんな畏まらなくて良いよ、シャーリー嬢。

 君と僕との仲じゃないか。

 ……はい、本」

「いえ、そういう訳にはいきません。

 私は一介の子爵令嬢ですから。

 ━━ありがとう、ございます」


 ゆるゆると首を振って頭を上げると、差し出された本を受け取り、お礼を言います。

 チラリと視線を向けると、レオンス様は微妙に居心地が悪そうな表情をされており、クラウハルト殿下は目が合うとニコリと微笑んでくださいました。

 ……私の方は、向けられた微笑みに引き攣りそうになりながら、表情筋を駆使して無表情に努めます。


「それに、殿下とは学友という関係以外には、レオンス様を介してのみの交流しか━━」

「前にも言ったけれど、貴女との出会いは、君が━━君の髪が短かった頃から、だよ。

 ほんの少しだけだったし、忘れているようだけれどね。

 でも、昔馴染みといえば昔馴染みなんだ。

 だから僕の事、“クラウ”って呼んで欲しいな、貴女には」

「っ、クラウ様」

「レオは口出し不可」

「…………畏まりました」


 厳しめな色を滲ませた口調で、殿下はレオンス様に釘を刺したようですが、レオンス様の方は渋々、といった感じであまり納得がいってないような雰囲気です。私には関係ありませんけどね。

 二人のやり取りを顔はキリッと、心の中ではボンヤリしながら眺めていると、殿下は改めてこちらに視線を向けてきました。

 ニッコリ、と微笑むその顔は、見目麗し過ぎて眩しいんですよ。

 レオンス様は騎士タイプっていう感じなのですが、クラウハルト殿下は魔導師タイプというか。

 少し長めの深緋色の髪を無造作に束ね、菫青石色の目は穏やかに弧を描いてこちらを見てくる様は、にこやかな裏に微妙に闇を感じてしまうんで怖いんですが!?


「……………」

「シャーリー嬢?」

「……」


 このまま誤魔化せないかと、虚しい期待をしながらも、笑顔で無言の圧力がかかってきているので、止めて欲しいですホント。

 お互いに沈黙は守ったまま、時が流れます。

 いつまで無言でいられるか━━とちょっと現実逃避しかけたタイミングで、下校時刻が近付いた旨を告げる鐘の音と、軽やかな足音が聞こえてきました。



「シャル、お待たせ━━━━って、あら。

 …………クラウハルト殿下、レオンス様、ご機嫌麗しく。

 こんな所でお会いするなんて、珍しいですわね」

「っ、ニーナ!」

「ニーナヴェルタ嬢か、こんにちは。

 相変わらずの様子で何よりだ」


 後ろから私に抱き付いてきた従姉のニーナは、二人に気付くと私に抱きついた事など何も無かったかのように、優雅にお辞儀を。

 そういえば、待ち合わせをしていたのだった……すっかり頭の中から吹っ飛んでいたけれど。

 私よりも少しだけ小柄な彼女は、猫っぽい雰囲気の勝ち気系美少女なので、すぐに顔を上げるとニッコリと微笑みました。

 殿下は軽く手を上げながら、レオンス様は目視でそれぞれ彼女に挨拶を返します。


「何か、うちのシャルにご用が?

 何もないなら、時間も時間ですし、このまま帰らせて頂いてもよろしくて?」


 意地悪はいけませんわ、と言いつつ優雅に微笑むニーナは、するりと私の腕に自身の腕を絡めてきた。豊かな胸が押し付けられます。柔らかい。羨まけしからん。


「……チッ、ここまでか。

 とりあえず、シャーリー嬢にはちょっとした“お願い”を相談していただけだよ。

 別に苛めてなんかないさ」


 僕はね、と。

 最初に何か呟かれていたようですが、私には聞こえなかったものの、ニーナにはわかったらしく、殿下と無言で笑顔の応酬をしておりました。

 これぞ貴族の戦いなのね。

 うんうん、と心の中で感心しながら、表面上では少しだけ眉をひそめつつも、無表情を貫こうとする私。

 そんな私達の様子を、殿下はまじまじとと眺め始めました。


「そうして並んでいると━━━━二人は似ているね。

 表情等を揃えたら、ソックリだ」

「あら、わたくし達は従姉妹ですもの、似ているのも当然ですわ。

 男と女の違いはあるものの、シャルは叔父サマに瓜二つですしね。

 わたくしも父と似ていると、よく言われますもの」


 白銅色の髪をふぅわりと揺らし、花緑青色の瞳を持つ従姉のニーナは、艶やかに笑う。異性どころか同性すら魅了しそうな勢いの微笑は、しかし殿下には効かなかったらしい。

 特に顔を赤らめたりもせず、ただ言葉に頷くのみでした。


「確かにシャーリー嬢は、アーデン卿にそっくりではあるな。

 容姿も雰囲気も含めて。……今は」

「そうでしょうか。

 私にはわからないのですが、殿下がおっしゃるなら、そうなのでしょう」


 意味深な言葉はアレですかね、昔の私を知ってるからって含めてるのですかね。

 全然覚えがないので、無表情で返しますけどね。全く! 記憶に!! ございません!!!


「納得、してないようだね?

 それなら親娘並んで、他の者にも意見を聞いてみたら━━」

「クラウ様、そろそろ時間ではありませんか?」

「あ、あぁ……、そうか。残念」

「オレを迎えに来たと思ったのですが、何をされてるんですか」


 懐中時計を手に、レオンス様が殿下に呆れたように声をかけられました。

 そういえばそうだった、と苦笑した殿下は、肩を竦めて小さな溜め息を吐かれます。


「意中の子にせっかく会えたのだから、もう少し話していたかったんだけどねー」

「クラウ様」

「まあ、仕方ない。

 それじゃ申し訳ないが、お暇させてもらうよ」

「ウフフ、クラウハルト殿下はご冗談がお好きなようで。

 寝言は寝室のみで言うものですわよ」

「冗談でも寝言のつもりでも無いんだけどね」

「一昨日来やがれですわ」

「ちょっ、ニーナ!?」


 ニーナの侯爵令嬢にあるまじき言葉遣いに焦るものの、私以外の三人は、何処吹く風といった感じでした。

 後々確認してみたところ、三人共、幼い頃からの顔馴染みという関係らしく、このようなやり取りは通常運行らしい。話を聞くまでは生きた心地がしなかったけれど。

 あたふたする私にクスリと笑みを溢した殿下は、安心させるように私の頭を軽く撫でてきました。


「それじゃシャーリー嬢、ニーナヴェルタ嬢、またね」

「はっ、はい、クラウハルト殿下。

 お気を付けて」

「ちょっと、軽々しくうちのシャルに触らないで下さいます??」


 ペシリ、と軽く殿下の手を払い除けるニーナの様子にも軽く笑い、手をヒラリと振ると、殿下は出口の方へ歩いて行きます。

 レオンス様は一度だけ視線をこちらに向けたものの、一礼をすると殿下の後を追うように続かれました。

 私達は一礼をしながら、彼ら二人を見送りました。



「…………ふぅ。何かしらね、アレ。面倒な。

 シャル、夕食は一緒よね?」

「あ、うん。そうですそうです。

 でも……すぐ行くから、先に馬車でちょっとだけ待っていて貰えますか?

 私、本を借りていきたくて」


 チラリ、と背後の本棚に目を向けます。

 色々と邪魔をされたので、目的を果たしてない。


「わかったわ。早めにね」


 クスクス笑いながら、一度だけぎゅっと私を抱き締めると、ポンポンと頭を撫でた上で、ニーナは上機嫌に図書館を去っていった。

 閉館時間はすぐそこだから、と手続きの時間を計算しつつ、急いで借りる予定の本を探していく。

 確かこれはこのシリーズの新刊よね━━と、目線より少し上にある本に手を伸ばすと、背後からその手が掴まれた。


「っ!?」

「…………」


 びくり、と肩を揺らしてしまいながらも、恐る恐る背後に視線を向ける。


「……レオンス、様?」

「シャーリー」


 先程、殿下と共に去っていったはずの彼が、難しそうな、複雑そうな表情で斜め後ろに立っていました。

 見慣れない表情に、つい眉をひそめると、彼の眉間のシワが更に深まる。

 というか、殿下と一緒に帰られたのではなかったのか。


「レオンス様、どうかなさいまし━━」

「……シャーリー、アレを本気で…………、いや……」

「?」


 アレ?

 アレとは何ぞや、と首を傾げてしまいますと、視線を逸らされました。


「いや、…………」


 レオンスにしては珍しく、奥歯に物が挟まったような物言いですが、とりあえず何も言おうとしないのなら、特に用事がある訳ではない、と判断致します。致しました。

 掴まれたままの手を振り解こうとすると、それを阻止するかのように、握る指に力が込められてしまいます。

 外れないどころか、にぎにぎと握られ、更には私の指にゴツゴツとした硬い皮膚の感触がその上を這っていきますが、すぐにとある一箇所━━嵌めていた指輪の上で、動きが止まりました。


「……くすぐったいのですが、何をなさりたいのでしょうか、レオンス様?」

「これは━━」

「? 見てわかると思いますが、指輪ですね」

「…………」


 レオンス様の視線は、私の左中指に填まっている指輪に固定されております。

 ツァボライトを要石とし、繊細な透かしで紋様を刻み込んだ魔導具━━発動体。

 そう、私自身の魔力を制御する為の発動体なので、一目見ればレオンス様ならわかると思ったのですが━━わかった上での反応なのか、複雑そうな雰囲気を感じます。


「指輪がどうかされましたか?」

「これは、誰かから贈られたもの、か?」

「はい? えぇ、はい。はい」


 その指輪どころか、右手中指、薬指。腕輪にピアスにネックレス、と至るところにプレゼントされた装身具仕様の発動体を、身に付けているのですけどね。

 どういった意図で問われたのか想像つかないけれど、とりあえず“プレゼント”として贈られたものだからと、私は素直に頷きました。

 贈り主はもちろんお父様ですので、とても大切にしています。つい、贈られた時の事を思い出してしまい、無意識にふわりと、笑みを浮かべてしまいました、が。

 そんな私の様子を更に複雑そうな顔で眺めていたレオンス様に、私は気付くわけもなく。

 ぐい、と掴まれたままの手を引っ張られた事に抵抗できなくて、そのままポスンと彼に凭れかかるような体勢になってしまいます。


「レオ━━っ?!」


 ちゅ、という音が聞こえたような、聞こえなかったような。

 私の左手は、そのまま彼の顔の前まで引っ張られ、そして、薬指に口付けされてしまいました。


「なっ、なっ、なっ…………何をっ!?」

「予防」

「はっ?」

「予約」

「何がっっ」

「図書館は静かにしろよ」

「~~~っっ」


 慌てて体勢を整えて離れようとするも、その動きを予想されていたのか、掴まれた手はそのままで、ほんの一歩程度しか動けずに。

 キッと睨むと、その反応の何が嬉しいのか、レオンス様はほんの少し、唇を弧の形に曲げてみせました。


「何がおかしいのよーっ!?」

「可笑しい訳じゃない」

「なら何!?」

「…………」


 相変わらず手は離されないけれど、ブンブンと振り回す事は諦めませんし、睨み続けますっ。

 彼は、ほんの少し、私から視線を逸らしながら━━。


「……嬉しかっただけだ」


 ボソリ、と。その低い声を更に低く、潜めるように、聞こえるか聞こえないかのような音量で、呟いた。


「は?」

「何でもない」

「はぁあ??」

「あ、鐘が鳴ったな」

「っ、ウソ~~っっっっ!?」


 リーン、ゴーン、と。閉館時間を告げる、鐘が鳴る。


「あぁぁあ、もうっ」


 ブンッ、と一際大きな動作で振り回すと、ようやくレオンス様の手が離れました。

 棚を見、抱えている本を見、彼を見て━━もとい、睨み付けると。


「変態!!」


 捨て台詞と共に、足早に貸し出しカウンターの方に向かうことにしました。

 一か八か、借りれるように直談判をするべく、です。

 背後では何故か、機嫌良さそうな彼の、堪えきれずに漏れてしまった、というような低い笑い声が聞こえてきたような気もしますが、見ていないので無視です無視。

 というか、彼は何で戻ってきたのかとか、何がしたかったのか……、等とグルグル頭の中で迷走していたのですが、結局、わからないままで。

 ホントにいったい、何の、つもりだったのか━━━━。

 彼に訊き返す気、というか気力も時間も無かったので、記憶の底に封印することにしました。パタリ。




 その後、貸し出しの直談判は成功せず。

 待ち合わせの馬車に乗ったらニーナには怒られつつも、状況を説明したら爆笑のち、悪い笑顔を浮かべられ。

 本を借りれなかった私は、帰った後は夜更かしもせずに不貞寝を決め込みました。

 考えても仕方なし。

 私は自分で、お婿さんを見つけるんだものっ。



 次の日、クラウハルト殿下からお茶会の誘いが来てしまい、現実逃避の為に改めて不貞寝をするのは別の話。

 ソッコーで執事のカインに叩き起こされましたが。

 私は、嫁入りはしたくないっっ。


 冷やし令嬢の日常は、まだまだホットな日々でした。







シャルの渾名がついたキッカケはレオンスのせいとか、ニーナが市井育ちのシャルを気に入ってるキッカケとか、あったりなかったり。



シャルグリット・アーデン(15)

 ・市井育ちの元気っ娘。子爵家長女(私生児、という事になっている)。

 ・学園には婿を探す為、猫を被って過ごしている。

 ・渾名の「薄氷の華宴」は入学時の魔力暴走の結果と雰囲気から。


レオンス・トライファン(18)

 ・侯爵家次男。騎士方面に進学中。

 ・シャルをふったのは、思春期特有のアレであぁなった。

 ・領地のとある街に住んでいたシャルとは、神殿関連で顔を会わす事が多く、ある意味幼馴染的関係。

 ・渾名を作るキッカケもこいつ。


クラウハルト・B・サランドーラ(17)

 ・王子様。三男。継承権はどうでもいいところ。

 ・レオンスとは幼馴染。領地についていっており、シャルと面識有。

 ・シャルの見た目とか好みだよね。


ニーナヴェルタ・アーダンランス(16)

 ・侯爵家長女。父方の従姉。

 ・シャルの事は、兄の野望(笑)を阻止する事になったのもあり、気に入ってる。

 ・シャルは着せ替え人形。令嬢修行の先生でもある。

 ・レオンスとクラウハルトとは幼馴染に近い関係。婚約者? 何ソレ美味しいの?


ラズリエル・アーデン

 ・子爵。お父様。中性的な美形。

 ・「氷嶺のアーデン」とは、黙りを決め込むから。あと魔力。

 ・シャルの母とのロマンスは色々あった模様。


カイン

 ・執事。ラズリエルとは幼馴染。

 ・微妙に腹黒。シャルの事は気に入ってはいる。




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