リハビリで書いた近未来的サイバーオカルトバディ事件もの
「そもそもの発端はなんだ」
「そんな事も知らずに来たのか。いいご身分だなデスクワーカーは」
二人の男がいる。
片方はしゃがんで何やら地面のでこぼこを検分していて、もう片方は立ったままコートのポケットに手を突っ込んでいる。
立っている方はムッと顔をしかめた。
「デスクワーカーじゃない、実幽体調査部署の現場調査班だ。歩き回っている方が多いぞ」
「ああそう。どうでもいいが、あんた目は確かか?」
「なんだと?」
しゃがんでいた男は立った方に胡乱な目を向け、地面のでこぼこを指さした。
でこぼこ――否。
「実幽体調査部署だぁ? なーんでそんなとこの奴がこんな現場に来てるんだ、どう見たってこれは」
それは地面に見間違うくらい、古くなった……人間だ。
目鼻の境目も確かじゃない。
ただ、人間な事は――人間であったことは確かだ。
「『実体』だ。年月の影響を受けにくい幽体が、こんなに古臭い土の匂いすらする化石みたいな状態で発見されるなんて、そんな発想するか? 普通」
肩をすくめつつ立ち上がった男は、バイカラーの短髪をガシガシと乱した。
「発端は今日未明、詳しく言えば4時23分。犬型AIが空間スキャンしていたところ、通常の土壌とは違う成分を“突如”検出。該当箇所をそっくりそのまま地上に強制表出させたらこれが出てきた。感触は全体的に乾燥している。最低限の原型保持として空間固定してるから、表面触ると普通に崩れるぞ。意識の波長は検出されなかったから、幽体なら崩れたところが浮遊するはずだがそれもなく重力に従って落ちる。以上だ帰れ」
男の態度とは反するなかなか詳細な情報提供に、コートの男は目を瞬いた。
「聞きたいんだが」
「なに?」
「どうして私が、デスクワーカーだと思ったんだ?」
「肌の焼けてなさ、筋肉量、姿勢」
「……肌は人工肌かもしれないし、筋肉量だって圧縮タイプを使っているかもしれないだろう。あと姿勢って」
「確かに見分けはつきにくいだろうし筋肉の使用タイプによってはヒョロヒョロに見える。だが人口肌と元肌はムラや光の反射に微妙に差があり、圧縮タイプについても表面に見てとれる形は違う。姿勢は重心の位置の話だ。現場で歩き回るなら自然と疲れにくい重心で姿勢を保つはずだがあんたは……でたらめ。それで現場班ってのがまだ信じられないな」
「なるほど」
「納得したか?」
「ああ。――君は目が良すぎるんだな」
「はぁ?」
「これは遠隔操作用の肉体で、実際には『私』は動いていない。糸はないんだが、操り人形みたいな動かし方だから実際に直接肉体を動かしている時と齟齬があるんだろう」
コートのポケットに手を突っ込んだままのその男を、もう一人は信じられないものを見る目で見た。
「そしてこれは、実幽体案件だ」
「ぁあ?」
「……君はなんというか……見た目通りなようで意外なようで見た目通りな言葉遣いだな……。これ、」
立っていたヒョロヒョロした男は代わりのようにしゃがみ、ポケットから手を出して古くなった人間のかろうじてある髪の先を、ポロ、と崩した。
それを手のひらに慎重に乗せて、バイカラーの男に見せる。
「幽体を、このくらいまでに凝縮してこれを“つくっている”」
「…………何だって?」
「だから、」
「砂粒くらいにあの流動的な幽体を凝縮して、その砂粒でわざわざ『古くなった人間に見えるもの』をつくった、って事か? スキャン間の分単位の間で、つくって、ここに設置したって? 土の中に? 重力が発生するくらい、固めて?」
「なんで聞き返したんだ全部分かってるじゃないか……」
呆れたように見上げてくるコートの男に対し、バイカラーの男はとんでもなく嫌そうな顔をして、言った。
「――それ、とんだ鬼才の奇人の変態じゃねぇか」
しゃがんでいる男は一つ頷く。
「しかも殺人鬼だ。こんな量の幽体をどうやってつくりだしたのか、あまり詳細は知りたくないかな」