第22章 月の牢獄
雪殺内のホールの地面に一同は未だ破壊の王によって地面にねじ伏せられている。その強大なプレッシャーをハヅキ、バルキエル、オングの3人は解く事ができなかった。
「くっ、くそっ!」とバルキエルが声を振り絞る。
「ダメージは受けている筈なのにっ…」とハヅキが悔しそうに地面に這い蹲る。」
「やはり侯爵レベルの悪魔…つ、強いっ…」とオングが息も切れ切れに言う。
『人間よ、絆を捨てよ。なぜ抗う。』
オングは悪魔学の教本から、アンドラスが敵対者である者達の関係を壊す特別な力の事を思い出していた。
(先ほどの悍しい精神攻撃に加え、物理的な攻撃すら…次元が違いすぎる…何か糸口を見つけなければっ…)オングはこの状況を打開する方法を考え続けた。
「アンタなんかに、壊せるわけないじゃない!」とミツキが必死に叫ぶ。
それを聞いたアンドラスは、不機嫌そうに長剣を真上に掲げた。
「くっクソ…」オングが力無く声を上げた。
だが、アンドラスの振り下ろした長剣がハヅキの頭上を掠めるその刹那。
『その身に刻め。撫城式、風雷一閃っ!』
一同の窮地に駆けつけた七袖の鎌鼬のような斬撃がアンドラスの長剣を砕く。
(なんだ…?力が湧く。)七袖は先ほどのシヴァとの戦いよりも自分が強くなっている事に気づいた。
続けて静かだが一同の精神を貫くかのような少女の声がホールに響く。
『銀鈎の使者、嘆きの偶像と乱逆の巫女よ。我が名は『神の秤』。この鮮血と燔祭を打ち砕き、葦の船を沈めよ。』
「ズッキーが2人!?」バルキエルの間の抜けた声が聞こえる。
ハヅキとよく似た少女の詠唱が終わるとアンドラスは月の色をした球体に包まれ、その中に閉じ込められた。そして月の球体は空中に浮かび、下の方から徐々に赤黒く染まって行く。球体の中から無数の爆発音が轟き始めた。
アンドラスが球体に捕らえられると、一同は重力支配から解かれた。
「お姉ちゃん!?」とハヅキが叫ぶ。
ミツキはハヅキと同じ様に黒髪を短く揃え、おかっぱの前髪から黒い瞳を覗かせていた。しかしミツキは囚人の様にボロボロの衣服を纏い、その手足から痛々しい無数の傷痕が見える。
その姿を見てハヅキの心は痛んだ。
そしてその隣にはもう1人、白い衣を纏った褐色の肌の長身の男が立っていた。
「パウロ様、今です!」と男へ向かってミツキが叫ぶ。
「地獄へ戻るがいい。惨めな王よ。」
パウロはそう言うと、右手に木製の杖を掲げ魔法円陣を空中に描いた。
アンドラスは未だ、ミツキの創り出した球体に閉じ込められている。すでに月の球体は全体が赤黒く染まり、その月の下からは血の様な液体が地面に流れ落ちていた。
「えっぐい技だぜ…」とバルキエルが茫然と呟いた。
オングとハヅキはまだ地面から身体を起こせないでいる。
するとミツキが走り寄り、ハヅキの体を抱き起こして言った。
「ハヅキ、来るなって言ったのに…」
ミツキはその言葉とは裏腹に涙を流して妹を見つめた。
「お姉ちゃん、こんなに待たせてゴメンね!」とハヅキは叫びながら姉を抱きしめた。
幾度となく巡った満月の夜を乗り越え、漸く双子の姉妹は再会を果たした。
皮肉な事に、彼女達の頭上には赤黒いアンドラスを入れた月が煌々(こうこう)と輝いている。
そして使徒の詠唱が始まった。
『新約の使徒に答えよ。かの基に救世主の名を。かの礎にあばら骨を産んだ血肉の欠片。水を裂いた創世の王よ、我が名はパウロ。放浪者の番人…』
「こ、これは封印の儀式詠唱…?まさか媒介を使わず、悪魔を祓えると…?」とオングが叫んだ。
そのまま詠唱は続く。しかし、アンドラスを包む球体は崩れつつあった。アンドラスは少しづつその気配を戻しつつある。
『……万象の神よ。裁き嘲る者に、戒めの鞭を。死地にひかれ行く者、滅びによろめく者を救え…』
その瞬間にアンドラスを覆った球体が完全に崩れ、再び梟の姿をした侯爵が姿を表した。その翼は折れ、悪魔の鮮血に塗れている。
『おのれ、人間め。』
瀕死のアンドラスはパウロに飛び掛かった。だがパウロはすでに最終詠唱を迎えている。
パウロは杖を持った両手を前方に掲げ唱えた。
『…今ここに偽りの蛇の頭蓋を穿ち、我が踵を砕け。
かの者の名は”アンドラス”』




