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焦燥と月下のマギア(下) 奴隷王朝の乙女  作者: Sy
槍の王 第4部
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第19章 雪原の騎士

こじれたものじゃな。」


 雪原に横たわる七袖ナナソデの横で、巨大な灰汁色の狼が深いため息をついた。


「吸血鬼か…、フンッ。」


 七袖の息はまだある様だ。事実、少しづつ意識を取り戻しつつあった。微かにシヴァの低い声が耳元に響く。


 先程までの吹雪は止み、白雪が静かに深々と地面に降り積もっている。


「その剣、その勇ましい瞳。あやつの娘か……。七袖と言ったか。」


 先ほどの戦いとは一転して、シヴァの眼差しは優しい。


 その狼の姿はまるで雪原の上に眠る少女を見護るかの様だ。


 するとシヴァは背後に何者かの気配を察し、素早く踵を返した。


『木漏れ日に照らせ、悟りと深緑の放浪者よ。我が名は『神の調和』、その天蓋てんがいがし、汚れた唇をぬぐえ。』


 再び雪殺せっさの入り口へ舞い戻った『白銀の騎士』が、レイピアを地面へ向かって斜めに振り下ろした。


 セレステが詠唱を終えると一瞬にして晴れ間が差し込み、辺り一帯の雪原が沸騰し蒸発した。空気中に発生した水に太陽光が乱反射を始め、それが素早くカーテン状にシヴァと雪原に倒れた七袖を包む。


 「この雪景色には似合わない光景だ。子供騙しか…。」とシヴァは軽く右手で空間を振り払った。


 カーテン状に包まれたベールが裂ける様に消滅していく。


「続きは僭越せんえつながら私が、陛下。」


 セレステが創り出した幻想的な水のベールが消え去ると、シヴァはセレステともう1人、別の男が目の前に現れた事に気づいた。


 セレステの後方に立つその男は七袖を抱き抱えている。


「デセウス、彼女を安全な所まで。」


「仰せのままに、ユア・ハイネス。」


「貴様ア」シヴァは長い銀髪の吸血鬼、デセウスを牙を剥き出して睨みつけた。


 デセウスはシヴァの劈く様な視線を躱し、七袖と抱えながら姿を消した。


(ここまでね…)とセレステは心の中で呟いた。


「束の間の友人達と過ごす時間は……」


 セレステの声色は悲しい。そして彼女の瞳は冷たく、ほのかに緋色を帯びている。


 すると見る見るうちにシヴァの顔が青ざめていった。


「なっ、ワシとしたことが…何故なぜだ!どうやってワシの鼻をあざむいたと言うのだ!?」シヴァが叫ぶ。


「ふふ、うまく隠していますもの。それに混血であるならば、きっと他の吸血鬼よりも、甘い匂いなのではないかしら。」とセレステは美しい銀色の髪を片手でもてあそびながら言った。


「やはりワシ直々に来たのは正しかったか。てっきりあの悪魔の方かと思ったが、狐のジジイどもめ、当てにならぬっ!」とシヴァが激昂した。


「陛下、願わくばここは見逃して欲しいのですけれど。」


 セレステは不敵に微笑み、それとは裏腹に両手を懇願するように胸の前で合わせて見せる。しかしシヴァは一蹴した。


「フンッ!小娘。狼の獣人族にとって、吸血鬼は殲滅あるのみ!」


 そう言うとシヴァは両手の拳を胸の辺りで交差させ唱えた。


『太陽神マディーバよ。我は輪廻に連なりし転生のことわり。この爪に暴虐を、この牙に生贄を。』


 するとシヴァの爪と牙が黒炎に包まれ、自身を焼き尽くすかの如く黒煙が身体中から立ち昇った。


「セレステ様、お逃げくださいませ。ここは私が…」と再び舞い戻ったデセウスがセレステに囁いた。


「あなたには勝てないわ、デセウス。彼はあの忌々しい陰の末裔。この禍々しい力は一度私たちを滅ぼしたのだから。」


 どうやらセレステとデセウスの会話はシヴァには聞こえていない様だ。または皇帝にとって取るに足りない事なのか、シヴァはその黒炎に包まれた斬撃をセレステとデセウスに向かって連続して放つ。その巨大な力はセレステが先ほど蒸発させた辺り一帯の地面をこがした。


 セレステはいつもの様に華麗にかわすが、シヴァの炎に包まれた爪がデセウスの右手をぎ取る。デセウスはたまらず呻き声をあげた。


「油断したわね。下がっていなさい、デセウス。そうだ…、ペトラを加勢してあげて。」


「ううっ…、申し訳ありません、ユア・ハイネス。」と言うとデセウスは忽然こつぜんと雪原の中に消えた。


「先程は本気では無かったと言うことか、小娘。余も舐められたものだな。」


 シヴァはそう言うと黒炎に包まれた拳を握った。


「あら、また陛下ったら。こう見えても小娘ではありませんのよ。若く見られる事はとても嬉しいですわ。それに、先程も全力でしたの。言いましたでしょう?」とセレステが微笑む。


「その気配、ここで潰さねば後々厄介な事になりそうだなっ!」とシヴァが叫びながら瞬速の斬撃を続けてセレステに浴びせる。


 だが、シヴァの黒炎がセレステの衣服を焦がす事は無い。すると、セレステが少しだけ寂しそうにつぶやいた。


「ハーニエル様の加護を捨てただけの事。」


 セレステの豊かな銀髪は雪原よりも銀色に輝き、そして瞳の色は益々赤みを帯びて行く。


「信じてくれないかも知れませんが、ハーニエル様とお別れした事は私にとって本当に悲しい事なのです。」とセレステは続けた。


「知ったことかっ!」と叫びながら、シヴァは高く飛翔すると、両手の爪を足元で合わせ、そのままセレステへ向かって身体ごと飛び掛かった。


「あら、レディの話は黙って聞くものですわ。」


 セレステは空中から襲い掛かるシヴァに対して、レイピアを頭上に掲げて迎撃姿勢を取ると、そのまま黒炎の塊を受け止めた。


 轟音が周囲に響いた後、一帯から黒煙が引くとセレステは先程の迎撃姿勢を緩やかに解き、レイピアを鞘へ収めた。


 そして、セレステの右手には無造作に鷲掴みにした、真っ黒い塊が見える。


 セレステの前方には疲弊し息の上がったシヴァが片膝を落としていた。その皇帝の姿に右腕が見えない。


「私はこれでも公平ですの。先程私の部下の右手をお獲りになりましたでしょう?」


 とセレステは手に持った黒焦げのシヴァの右腕を蔑む様に地面にポイッと投げ捨てた。


「慈悲はないのですね、陛下。」とセレステが続ける。


「き、貴様…一体何者なのだ!?ただの吸血鬼ではあるまい…」と息を切らしながらシヴァが尋ねた。


 ふうっとため息をつくと、セレステは憮然な態度で答えた。


「お忘れですの?私は親善大使の1人ですわ。ただし、エルグレイブからの…とういうことになりますかしら。」


 シヴァは雷に打たれた様に愕然とした表情を浮かべた。


「エ、エルグレイブだと…馬鹿な。お前達は父上が滅ぼしたのでは無かったのか…」とシヴァが口元に滴る血を拭いながら言った。


 すると、セレステはパアッと顔を明るくして再び胸元で両手を合わせ、シヴァへ尋ねた。


「とりあえずこの場を収め、後日禁楼の楊美宮にてお茶会など如何でしょう?積もる話はたくさんありますし!」


 セレステはそう言うと、マギアにいた頃の様に可憐に微笑んだ。


かせ、怪物バケモノめっ。」


久しぶりの投稿です。やっと再開です〜。

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