第18章 絆を砕く者
「七袖様……どうかハヅキを……、この子を護って……」
苦痛に顔を歪めながら、シャーロットがその声を絞り出した。
ハヅキは一瞬の出来事に未だ呆然としている。
目の前には七袖の剣を身を挺して受け止めたシャーロットが両手でその刃を握り締めながら立っている。
しかし、その長剣は深々とシャーロットの胸を突き刺し、その切っ先は彼女の背中を突き抜けハヅキへ向けられていた。
「そ、そんな……」とハヅキは腰を落とした。
ハヅキが地面に崩れ落ちると同時に、七袖は剣についた血を振り払うかの様にシャーロットの身体を地面へ投げ捨てた。
「シャーちゃん……」ハヅキはハッとしてシャーロットへ向けて手を伸ばす。
「そいつに触るなっ!ハヅキっ!」と七袖が怒鳴りつけた。
だがハヅキはシャーロットを抱き起こして回復魔法を唱え始める。
「は、ハヅキ……。いいの、アタクシはここで……」そう言うとシャーロットは右手でハヅキの頬を撫でた。その手は血に染まり、ハヅキの頬さえも緋く染めた。
「どうして!どうしてナナちゃん……どうしてこんな事するの!?」とハヅキは怒りと混乱と共に七袖を睨み付ける。
七袖はそのハヅキの表情に蹴落とされたかの様に狼狽しながら言った。
「ハヅキ、何を言っている?」七袖は先程までの殺意にみちた表情が嘘だったかの様に戸惑いながら続けた。
「ハヅキ……ハヅキ!何をしている!?」と七袖は回復魔法のためシャーロットの胸へ翳していた筈の右手を強引に掴んだ。
七袖がハヅキの右手を強く引っ張ると、ズルッと言う鈍い感覚と共に、ハヅキは自分の右手の中にあるものを見て目を疑った。
それは、先程までシャーロットが持っていた短剣の一つだった。
その短剣からは大量の血が滴り落ちている。
「ハヅキっ!」そう言うと七袖はハヅキの片頬を引っ叩いた。
「ナニ、コレ……?」ハヅキはあまりの混乱に唇を震わせ、血に染まった短剣を地面に落とした。
(私が……私が刺したの?)
ハヅキが下を見ると抱き抱えていた筈のシャーロットが地面に蹲っている。
「し、シャーちゃん……シャーちゃん!」
泣きながらハヅキはシャーロットの身体を揺さぶった。
すると、ゴロンと目を見開いたままのシャーロットの絶命した顔がハヅキを見つめた。その顔は血と涙に濡れていた。
「嫌っ!イヤー!!」
シャラン、シャラン。
両手で頭を掻き毟るハヅキに、あの小さな鈴の音が再び聞こえた。
ハヅキがゆっくりと自分の左腕を持ち上げると、そこには小さな鈴がついたブレスレットがあった。
不思議な事に、その鈴だけが血に染まらず薄く輝いている。
その輝きを見ると、ハヅキは堪らなく悲しくなった。
「こんなの嫌っ!シャーちゃん……ナナちゃん……」
涙に揺れる世界を前に、その鈴の音がハヅキを癒すかの様に優しく響く。
「目を覚ませ、ハヅキ!」そう言うと七袖は再びハヅキの頬を叩いた。
「ナナちゃん……」ハヅキの両肩を揺さぶりながら七袖が必死に何かを叫んでいる。
七袖は両手でハヅキの両頬を鷲掴みにして叫んだ。
「目を醒ませ、このグズっ!」
シャラン。
最後の鈴の音が響くと、ハヅキの左手のブレスレットが儚く砕け散った。
それは、ハヅキが現実に目を醒ますのとほぼ同時であった。