第17章 争う少女達
シャラン、シャラン。
ハヅキは細い鈴の音に釣られて目を覚ました。
「あーら、昼間からテラスで転寝なんて目障りにも程がありますわあ!」
その甲高いシャーロットの声はハヅキの意識を醒ますのに十分だった。
「ん…此処はどこ?私はダアレ…?」ハヅキは涎を拭う。
「うざあ…読書の邪魔ですの。とっとと消えて下さる?」とシャーロットが面倒くさそうに言った。
(いや、何事?私、さっきまで確か…)とハヅキは考える。
「昼寝なんてまるで猫みたい…と言うには可愛すぎますわ。全く怠け者につける薬はありませんわね。」とシャーロットの嫌味が続く。
「あれ、シャーちゃん私、グロシャークにいるの?」
見渡すとそこは住み慣れたグシャークハウスの様だ。テラスに注ぐ春の日差しが暖かい。
「はあ?寝ぼけるのも大概にしなさい。七袖様の言う通り、本当にグズなんだから。」とシャーロットはイライラを隠さない。
踏み潰された羽虫を見る様にシャーロットがハヅキを見降ろしている。
(あれ…本当になんだっけ?私、よく覚えていない…)
ハヅキが意識を取り戻した後も、自身が何故どこにいるのかを自覚するには時間がかかった。
シャーロットの言う通り、ただ寝ぼけているだけなのだろうか。
シャラン、シャラン。
またあの小さな鈴の音が聞こえる。
すると再びハヅキは睡魔に襲われた。
「あと、もう少しだけ……」そう言ってハヅキは目を閉じてテラスのカウチに寝そべった。
シャーロットは呆れた様に、それでいてどこか優しく言った。
「しょうがない子ですわ。もうすぐ七袖様が迎えにきますのに。」
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「起きて!起きなさいっ、ハヅキ!」
突然シャーロットの緊迫した声と共に、ハヅキは再び意識を取り戻した。
シャーロットとハヅキの2人は針葉樹の大木の下、黒装束の敵対者に追い詰められいる。
周りの木々は炎を纏い、じりじりと少女達の衣を焼いた。
シャーロットは気を失っていたハヅキを護る様にハヅキを背に敵対者を見据えている。
あまりの出来事にハヅキはこの状況をまだ理解しきれない。
だが窮地に立たされている事に変わり無い。
木々を燃やす炎の熱量がハヅキの意識をはっきりとさせた。
「己、何者だ!」とシャーロットは2本の短剣を持った両手を交差させ構えた。
だがシャーロットは息を切らせ、その表情は苦痛に歪んでいる。
そして衣服のあちこちが血と汗に滲んでいる。まるでここまでハヅキを連れて逃げてきたかの様に、その姿は疲弊していた。
するとシャーロットの問いに反応したかの様に、その敵対者は顔を覆っていた黒いマスクを取った。
「私の手で葬るのが、せめてもの情けというもの……」と敵対者は唐突に言った。
しかし、その声が聞き覚えがある事に2人はすぐに気づいた。
「な、七袖様?」とシャーロットが警戒を緩める。
「どうなってるの……?」とハヅキが呟いた。
そこに立っていたのは紛れもなく七袖だった。殺気に満ちた七袖の表情はシャーロットを憎悪を込めた瞳で凝視している。
するとドサっと言う音と共に、シャーロットが倒れた。
「し、シャーちゃん!どうしたの?」ハヅキは急いでシャーロットを抱き起こした。
「くっ、血を失いすぎてしまいましたわ……」とシャーロットは青ざめた顔色でハヅキを見つめる。
「どうして……どうしてこんな事するの!ナナちゃん!」とハヅキは半分泣きながら叫んだ。
一瞬七袖の顔が悲しみに曇ったかの様に見えたが、七袖はそのまま長剣を引き抜くとハヅキとシャーロットへ向けて構えた。
「案ずるな、痛みなど感じない様に、瞬殺する。どけっ、ハヅキっ!」
七袖が明確な殺意を持って近づいてくる。
「退かないよ……ナナちゃん!誰かに操られているの?」
シャラン。
また、あの細い鈴の音がハヅキの耳元に響いた。
(この聞き覚えのある鈴の音は……)
ハヅキがハッと左腕を上げると、そこには小さな鈴がついたブレスレットがあった。
「こ、これは……シャーちゃんがくれた……」
だがその隙に七袖は長剣をハヅキへ向けて傾けると、そのまま飛び掛かった。