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焦燥と月下のマギア(下) 奴隷王朝の乙女  作者: Sy
槍の王 第4部
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第15章 七袖 VS シヴァ

 ペトラとの戦闘からアスラを残し、バルキエルとオングが雪殺せっさ内へ侵入した頃、七袖ナナソデ、ハヅキ、セレステの3人はようやく雪殺の正面入り口に到着していた。


 一同は雪殺の警備兵の格好に着替え、施設への潜入を目前としていた。


 しかし、立ちはだかる人物を前に少女達は愕然がくぜんとしている。


「そ、そんな……」後ずさるハヅキの足跡が吹雪に掻き消された。


「シヴァ皇帝……なぜあなたがここに。」七袖が声を強張らせて尋ねた。


 一同の前には巨漢の灰汁色の狼が仁王立ちしていた。その姿は威厳と殺気に満ち、その視線はしっかりと3人を捉えている。小指一本でも動かせば、腕が一本飛んで行くだろう。


「小娘ども。その浅はかなはかりごと、このワシの前で通用すると思ったか。」


 かの皇帝は、以前に会った時の友好的な態度は全く無く、その表情は怒りに満ちている。


「陛下、ここを通して頂けませんでしょうか。」とセレステが懇願する。いつも余裕の表情のセレステも、この時ばかりは皇帝の圧力に畏怖する。


「ならぬ。」シヴァは静かに、また厳格に答えた。


「では、貴方を倒して私たちは前へ進みます!」


 恐怖を振り払うかの様に叫んだハヅキの声が裏返った。


「ほう。」するとシヴァはその牙を見せつけ一同を見据えた。その両牙をき出した表情は笑ったものなのか、それとも獲物を狙う獣の顔なのか見当がつかない。


 シヴァは続ける。


「このワシに挑むその勇気は買おう。勝気な女は嫌いではない。だが、ここは通さぬ。小娘ども、今ここでお前達に出る幕は無い。」


《ハヅキ、セレステ》


 そこで突然ハヅキとセレステの脳裏に七袖の声が浮かんだ。しかし、それは七袖の口から発せられた声ではない。どうやら、通信魔法テレパシーの様だ。


《ここは私に任せろ、先へ進め。》


 ハヅキは耳を疑った。そして果たして自分の頭の中に浮かぶ言葉が届くか分からないまま答えた。


《ちょっと待ってよ、ナナちゃん……!相手は皇帝だよ?》


 すると微笑を浮かべたセレステの声が聞こえる。


《ハヅキ様の事は任せて、七袖。》


 しかしセレステの額には汗が滲んでいる。その汗すらも凍らすように、吹雪が3人の少女の顔を舐める。


 すると七袖は表情を少しだけ緩め、ハヅキの顔を見て頷いた。


《死んではダメよ、七袖。》とセレステが続ける。

 

 ハヅキはまだ納得していない様子だが、セレステがハヅキを抱えてでも、と言う様にハヅキの背後に回る。


《私の攻撃が合図だ。その瞬間に雪殺の入り口へ向かって走れ!》


 七袖の最後の通信の後、セレステは無言でうなずいた。


(死んだら許さないから、ナナちゃん。)


 その言葉が七袖に届いていたかは分からない。だが七袖はハヅキを見るとニッコリと笑った。


「ほう、仕掛けてくるか。」とシヴァは嬉しそうに囁く。


 七袖はゆっくりと腰に刺した長剣の鞘を握って構えた。


「シヴァ、この時をどれ程待ちわびた事か……。」


 七袖は殺気を全開にし、シヴァの前に構える。


 地面に顔がつく程に重心を低くすると、そのまま長剣の柄を強く握る。すると、七袖の覇気が周りを取り巻く吹雪の方向を逆流させ始めた。


「むう…この構え。貴様、まさか撫城なでしろの…」


 とシヴァが口にした途端、七袖の表情が歪んだ。


「驚いたな。蹂躙し尽くした小国の一つ一つ、貴方は覚えてるとでも言うのか……」


 七袖の周りの雪原が一瞬で蒸発し、炎を纏った覇気が彼女の周りを包む。


 するとシヴァは困惑して言った。


「貴様、似ている……」


 その時、七袖の渾身の一撃が鞘から射抜かれた。


『その身に刻め。撫城式、炎雷えんらい一閃っ!』


 刹那、七袖の高速の斬撃がシヴァへ向かう。


 だが七袖の体は同時に宙を舞い、視界が反転する。七袖が空を見つめたそこには地面があった。


おごるな、小娘。」


 七袖は薄れ行く意識の中で、シヴァの鋼鉄の爪の一つが崩れ落ちるのを見た。


 横目には七袖の長剣を片腕で受け流し、七袖へカウンターを放ったシヴァの姿があった。


「見事だ。その刃、このシヴァの爪を砕くとはな。」


 七袖が雪原に逆さまに倒れると同時に、七袖の折れた長剣の半分がクルクルと周り地面に突き刺さった。


 しかし七袖が稼いだ時間は、シヴァをかわしハヅキとセレステが雪殺内に突入するには十分だった。

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