第14章 雪殺の吸血鬼
その頃雪殺の裏口付近に、雪嵐の中幾つかの人影が見える。
いち早く到着したバルキエルとオングである。
しかし、2人の前には別の存在が立ちはだかっていた。
その姿はこの吹雪の中に溶ける様に銀色に輝く髪と肌をした小柄な少女だった。その愛らしい容姿とは裏腹に彼女の周囲は研ぎ澄まされた殺気で満ちている。
「ここに何か様かしら?」
女は侵入者であるバルキエルとオングに唐突に尋ねた。
「驚きました。あなたは吸血鬼ですね?」とオングが言った。
すると女は雪の中に姿を消すと、一瞬で間合いを詰めオングに襲い掛かる。
その素早さを肉眼で捉えたオングは後方に飛び、彼女の攻撃を紙一重で躱した。
「いきなりご挨拶ですね。先程の質問への肯定と考えてもよろしいでしょうか。」とオングが尋ねるとそのまま両手の掌を胸元で合わせた。
「ふっ。人間など、このペトラの敵では無い。」と少女が構える。
「2対1は性に合わねえが、行くぜ!」
バルキエルは真横に大型の剣を一閃、ペトラに向かって放った。詠唱中のオングを援護する為だ。ペトラはひらりと斬撃を交わし、そのまま攻撃体制を崩さない。
「数は数えられるか、下等な人間よ。」
ペトラがそう言い放つと、一斉に後方から人影が現れた。数はおよそ二十。吹雪の中からその姿を現した。
見たところ、ペトラによって量産された吸血鬼の様だ。その証拠に彼らは雪殺の職員の格好をしている。だがその目は虚であり、正気を保ってはいない様に見える。
「ここは奴隷の収容施設じゃないのかよ…見たところヴァンパイアの棲家ってところか!?」とバルキエルが叫ぶ。
ペトラはバルキエルの問いを無視して答えた。
「これは、わたしの忠実な眷属。貴様ら程度にわたしが直接手を下すまでもあるまい。」
しかし、詠唱を終えたオングから数本の炎の柱が一斉に敵に向かって放たれる。
「まとめていきます!」
炎の炎熱が周囲の雪を溶かし、数体の吸血鬼を燃やし尽くす。
「雪殺は陽王朝の施設。この様な真似をして、シヴァ皇帝は黙ってないのではないですか?」とオングが尋ねる。
「ふふ。この私に政治の講義か。矮小な人間よ。」
ペトラは笑って答えると右手の指を打ち鳴らした。途端に複数の吸血鬼がオングとバルキエルに飛び掛かった。
「こんな吸血鬼もどき、俺らには通じねえぜ!」バルキエルはそう叫ぶと続けて大剣を顔面に振りかざし唱えた。
『我が眷属、咆哮の剣よ。我が名は『神の雷光』』
バルキエルが詠唱を終えると、吹雪の空に一瞬にして雷雲が立ち込め、一筋の雷がバルキエルの大剣に落ちた。
その大剣は充電するかの様に雷の力を吸い取っていく。
「俺らとの相性は良いみたいだな、吸血鬼のじょーちゃんよう!行くぜっ!」
そう叫ぶと、バルキエルは一気に雷を帯びた斬撃を振り下ろした。その電撃に巻き込まれ勢い良く十数体の吸血鬼が消滅し、周囲に帯電された電気に翻弄された吸血鬼達が地面に崩れ落ちる。
「よっしゃあ!」バルキエルは満足そうに大剣を肩に乗せて自信満々に吠えた。
しかし、またペトラが右手の指を打ち鳴らすと、後方から又しても吸血鬼達が現れた。一体何体いるのだろうか。
「これじゃあ、きりがありませんね…そろそろハヅキ様達が到着する筈ですが、この状況を知らせなければ危険です…」とオングが呟いた。
「この場は任せな。」と、唐突にオングとバルキエルの後方から聞き覚えのある声がした。
振り返るとそこには大柄な狼の姿をした獣人族が1人立っていた。灰汁色の毛並みが雪の中に勇猛に靡く。
「おおっ!アスラ じゃねえか!」バルキエルが嬉しそうに叫んだ。
『寵軍の門』にてバルキエルの友だった陽王朝の皇太子、アスラである。今日は正式な陽王朝の兵士の武装をしている。鋼鉄の胸当てと黒装束が特徴である陽王朝の兵士の姿は、獣人族が着用するとまさに、鋼鉄で覆われた獣と化す。
兵士たちのその姿は陽王朝の高い武力を象徴していた。
「よっ、旦那。まあ吸血鬼の相手は狼に任せるこった。」
そう言うと、アスラは肩を慣らしながら殺気を全開にすると、ペトラを睨みつけた。
「ひ、ひっ!」と小さくペトラが悲鳴を漏らす。その額には汗が浮かんでいる。
「旦那、詳しい話は後だぜ。」そう言うと、アスラは吸血鬼達に振り返った。
続けて「フルパワーで行くぜっ!」と叫びながら、高く空中に飛翔し唱える。
『天空神ヴェルーネよ、我は闘神阿修羅の末裔。敵対者にこの爪を、この牙に神罰を。』
アスラが詠唱を終えると、見る見るうちに、大狼の爪と牙が鋼鉄の金属で黒く覆われていった。その爪と牙は通常よりもかなり大きく変形している様に見える。
雪原に着地すると同時に数対の吸血鬼が消し飛ぶ。
「すまん、アスラ。ここは頼む!」バルキエルはそう言うと、オングを連れて走り去った。
バルキエルとオングの後ろ姿を横目にアスラが呟く。
「生き残れよ、旦那。」