第10章 グロシャークハウスの姉妹
ハヅキとシャーロットの出会いは、ハヅキが国王に引き取られた頃まで遡る。
ハヅキが国王の養女となり、末端の王族達が住う小振りな宮殿、グロシャークハウスへ来た時、すでにシャーロットはそこにいたのだ。
2人の境遇は少し似ていた。どちらも王位継承権のない姫として王家に引き取られ、国王との距離は他の王族の誰よりも遠く思えた。
シャーロットはある貴族の家に生まれたが、不慮の事故によって家族を亡くし、身寄りの無い令嬢だった。
彼女を不憫に思い、王の恩赦により養女として迎えられた経緯はハヅキと良く似ている。
ちなみに余談ではあるが国王の養子には女子が多い様だ。おそらくカナン王の性格によるものと推察される。そのためグロシャークハウスも女の園であったのだ。
しかし王国へ亡命し憔悴仕切ったハヅキと比べ、シャーロットは野心家であり、そして逞しかった。
「ちょっとそこの新入り。その重苦しいオーラでハウスを汚すのを止めて頂けないかしら?」
それがシャーロットのハヅキへの第一声であった。
「うわ、何コイツ。」がその時、ハヅキが彼女へ返した言葉だ。心の声が出てしまっていた事は言うまでも無い。
戦いのゴングの音はここで響くのである。
いじめっ子と言えど、シャーロットの存在はハヅキ自身を強くしたと言える。そして、彼女のおかげで姉と生き別れになってしまった悲しみを少しでも紛らわす事ができた。
そう言う面だけにおいて、ハヅキは完全にシャーロットを嫌いにはなれなかった。
「素直じゃ無いんだよね、あの巻き毛。」とハヅキは窓の淵を冷たい雑巾で拭きながら呟いた。
すると楊美宮に又しても甲高い笑い声が背後から響く。
「オーホッホ。ハヅキ様。お似合いですわよう。お・ぞ・う・き・んを絞るお姿。」
ハヅキはチッと舌打ちをすると今度こそ反撃に出る。
「シャーちゃん、陛下の妃って一体何人いるの?」
するとシャーロットは急に不機嫌な表情で答えた。
「ふ、ふんっ。ほんの2、3百人ですわ。この禁楼の広さを考えればわかる事でしょう?」
「あらま、それはそれは…競争も激しそうですわね。」とシャーロットの声色を真似始めるハヅキ。
「くっ、もちろんシヴァ様のお気に入りの妃はアタクシに決まってますわあ!」両手を握って見栄を張るシャーロット。
「それにしてもすごいっ、シヴァ様の好色っぷりってパパの比じゃ無いな…」とハヅキがふと呟く。
「ぱ、パパですって!あなたカナン様にアタクシのいない間にお近づきになろうとしてるのでは無いでしょうね!」とシャーロットが詰め寄る。
「ええ、そりゃあもう。」と言うとハヅキは手を口元に当ててオホホと笑った。さらにシャーロットの真似をしてみたのである。
それが火に油を注いだのは言うまでも無い。
「きゃーっ!信じられないっ!なんて破廉恥な。どうせまだ生娘なのでしょう!」
昔のままであるならば、ここでハヅキも赤面して反論する処なのだが(できないが…)、ハヅキは唐突に真剣な表情をするとシャーロットへ言った。
「ありがとう、シャーちゃん。私たちをここにおいてくれて。」
ハヅキが改めて礼を言うと、シャーロットは少しだけ頬を赤らめて窓の外を見つめた。
「ふ、ふんっ。あなたの魂胆なんか分かってるわよ。」
そう言いながら窓に手を置くシャーロットが続ける。
「迎えに来たのでしょう、あなたのお姉様を。」
そして今度はシャーロットも真面目な顔をして言った。
「ここまで来たからには、助けてあげるのよ。」と小さな声で囁くと、プイっと後ろを向き唐突に去って行った。
「ほーんと、ツンデレなんだから。シャーちゃん。」とハヅキは去って行くシャーロットの背中を見つめながら言った。
ハヅキは窓拭きを続けながら、グロシャークでシャーロットと一緒にいた日々を思い出すと、それが何故だか随分昔のことの様に思えた。