シャーペンと消しゴム2
学校とは違い冷房が効いていて、少し肌寒いくらいだが、快適な空間で勉強が出来るのは悪くない。知っている奴もいないし、環境がいつも違うということもあり集中力が増した気分になる。
――と、なる予定だったがこんな時に夏期講習初日から筆記用具を忘れてしまった。一緒に行こうと意気込んでいた修二は来ないし、かと言って知っている奴もいない、最悪だ。
俺は頭を抱えながら何とか来た意味を見出そうと、講師の話しを淡々と聞いていた。
後ろから俺の肩を優しく突いてくる感覚があった。そっと振り返ると、そこには『最悪な女』戸田だった。
戸田は仏頂面で俺の目を見てくる。女免疫がない俺は目を反らし、首を元に戻した。今度は先程よりも強く突かれた。
「ちょっと、無視? どうしたの?」
淡々と囁いてきた。
「筆記用具忘れた」
俺はおそるおそる答えた。
「これ、貸してあげるから!」
半ば強引に俺に渡してきた。
「えっ、良いの?」
「嫌なら別にいいけど」
「貸してもらいます――」
思いもよらない人に親切にされるとは、ビックリを通りこして奇跡に感じる。
この日の講習は、俺の苦手分野だった。助かった。講習が終わって、振り返ると戸田はすでに会場を出ていく所だった。
「はや! ちょっと待って!」
急いで教科書を鞄に詰め込んで戸田を追いかけた。
「ちょっ! 待てって!」
俺は戸田に筆記用具を返そうと走った。筆記用具を返す簡単なことなのに、全力疾走はかなりハード、こんなに走ったのは中学の体育祭以来だ。
「村瀬もここの講習来てたんだ?」
「はー、はー、そうだけど……」
「そうなんだ」
「さっきはありがとな、優しいとこあるんだな」
「別に、うん」
戸田はいつもの調子で淡々とした話し口調で話してくる。いつもとは少し違い、俯いたまま、目を合わせようとはせず、髪の毛に手をあてていた。
「戸田も講習来てたんだな? 講習とか興味ないと思ってた」
「興味は余りない」
「じゃあ何で参加してるんだよ?」
「夏休みすることないし、とりあえず」
全く俺と一緒の回答だった。たぶん俺も同じ事を聞かれたらそう答えてしまう。先のことをぼんやりとしか考えてないのは、俺だけしゃないと単純に思って安心した。ただ、まさか戸田と一緒の考えだとは思いもよらなかったが……。
筆記用具を返しに呼び止めたんだった、返さないと。
「あっ、やばい! もう行く! バイトに遅れちゃう! じゃあ!」
「えっ、あ、うん」
戸田は俺の前から足早に去って行ってしまった。
……返せなかった。右手を開くと、走ってきたせいか手の温度で温かい、シャーペンと消しゴムがある。シャーペンには、アイスクリームのキーホルダーが着いている。高校生なのに少し子供っぽいんだな、また会ったときに返せば良いか。俺は講習会場を後にした。