5話 朝ごはんってなに?
アインは朝までぐっすり眠った。
太陽が昇り、ニワトリが鳴くまで寝た。
リリナもぐっすりと寝た。
初めての布団に感動しながら、お菓子をいっぱいに食べる夢を見た。
リアラはあまり眠れなかった。
アインはどうして自分に手を出さないのだろう?
どうして、色々とよくしてくれるのだろう?
あれこれと考えていたせいで寝不足になった。
「おはよう、お姉ちゃん。お兄ちゃん」
リリナが元気よく朝の挨拶をした。
やたらとニコニコしている。
「なにやらご機嫌だな?」
「お布団、すごく気持ちよかったから」
「いや。だから、あれはボロ布団であり……いや、もうなにも言うまい」
アインはリリナの価値観を修正するのを諦めた。
「あとあと、屋根と壁があるところで寝れるなんて初めてだから!」
「……」
「壁があると、風がないから寒くないよね」
「……」
「それに天井があるから、雨が降っても安心!」
「……」
「おかげで安心してぐっすり眠れたよ!」
とんでもない状況なのに、リリナは笑顔で語る。
そんなリリナを見ていると、アインはいつものように複雑な感情を覚える。
それと同時に、姉妹がこうなっている経緯に興味を覚えた。
いったい、どのようなことが起きれば、ここまで落ちぶれることができるのだろうか?
適当に冒険者をやっていたアインでさえ、家は持っている。
「……まあいい」
アインは気持ちを切り替えた。
考えても仕方のないことだ、ならば最初から気にしない方がいい。
そうやって自分を納得させて、魔道具でパンを焼く。
そんなアインを見て、リリナが不思議そうな顔をした。
「お兄ちゃん。なんでパンを焼いているの?」
「? なんでもなにも、そろそろ朝食の時間だろう?」
「ちょーしょく? なに、それ?」
「……おい、待て。もしかして、朝食を知らないのか?」
「知らないよ?」
どうやら、リリナは朝食という概念を知らないらしい。
食べるものがないから、朝はずっと、なにも食べていないのだろう。
そんな生活を送っているものだから、朝食という概念を知ることなく生きてきたのだろう。
「おい、そこのエルフ」
「は、はい」
じっとしていたリアラがびくんと震えた。
「まさか、お前も朝食を知らないのか?」
「い、いえ。そんなことはありませんが……」
「お姉ちゃん、ちょーしょくを知っているの?」
「……うっ、ううう。ごめんね、ごめんね、リリナ。私、頼りないお姉ちゃんで……いつも、朝ごはんを用意することができなくて……ごめんね」
「お姉ちゃん? えっと、よくわからないけど、泣かないで。いいこいいこ」
「うぅ」
抱きしめ合う姉妹を見て、アインはやれやれとため息をこぼした。
――――――――――
「ほら」
アインはテーブルを用意して、その上に三人分の焼いたパンを並べた。
それと、近所の食堂で買ったサラダ。
あと、おすそわけしてもらった卵をゆでたもの。
アインの家の朝食は、パンと決まっていた。
「おいしそー」
リリナがじゅるりとよだれを垂らした。
「こら、リリナ。行儀が悪いわよ」
「ごめんなさい、お姉ちゃん。でも、すごくおいしそうだから……これ、食べていいの?」
「ああ、構わない」
「すごーい! 朝からごはんを食べれるなんて……お兄ちゃんは、富豪?」
「これくらい、どこの家庭でもあるぞ」
「そうなの?」
リリナが不思議そうにリアラを見た。
その視線を受けたリアラは、ものすごく気まずそうな顔になる。
今すぐに泣いてしまいそうだ。
「その点は気にするな。それよりも、冷めないうちに食べろ」
泣かれたらごはんがまずくなる。
アインはそう思い、パンを食べるように促した。
「うん、いただきまーす!」
「えっと……い、いただきます」
リリナは元気よく挨拶をして。
リアラは遠慮がちに挨拶をして。
それぞれパンを食べ始めた。
「ん~♪ おいしい!」
「ホント……すごくおいしいですね。パンなんて、何年ぶりに食べたかしら……」
「おいしいね、お姉ちゃん。これがパンっていうんだね。すごくおいしいね」
「うん、おいしいね。しっかりと味わって食べようね」
「うん!」
「欲しいなら、おかわりをやるぞ?」
「えっ!? い、いいんですか!? 貴重なパンを、さらに分けていただくなんて……」
「パンは貴重でもなんでもないからな?」
一房200ミラで買える量産品だ。
これを貴重と言い出したら、色々とキリがない。
「食べていいなら、おかわりしたいな」
「ほら」
「わーい、ありがとう!」
パン一つで笑顔全開で喜ぶリリナ。
そんな姿を見たアインは、わずかに優しい顔になる。
「あの……?」
「なんでもない。早く食べろ」
「は、はい」
俺はこの姉妹をいじめたいだけ。
それだけだ。
それ以上の感情は持ち合わせていない。
アインは自分に言い聞かせるように、心の中でそうつぶやいた。
そろそろ終わります><