1話 美少女エルフの姉妹を買う
『リーズランド』。
冒険者育成学校が存在していることから、別名『始まりの街』と呼ばれている。
そんな街の広場に、こじんまりとした小屋があった。
しかし、小さな小屋と侮ることなかれ。
世界的規模の商人が経営している宝くじ店だ。
10桁の番号を記入して、その数字がピタリと当たれば大金を得ることができる。
それが宝くじだ。
冒険者だけではなくて、一般市民も一攫千金を夢見て宝くじを買っている。
アイン・バレットという冒険者も、一攫千金を夢見る者だった。
日々冒険者として街の外に出て、適当に魔物を狩る日々。
そんな代わり映えのしない日常にピリオドを打つことができないかと、毎日、仕事終わりに宝くじを購入していた。
そして、宝くじを購入し始めて、ちょうど1年。
今日という日は、アインの人生の転機になる。
「お、お……おめでとうございますっ!!! 一等前後賞合わせて、ろ、ろろろ、60億ミラが当たりましたぁあああああっ!!!!!」
広場中に響くような大きな声がした。
声の主は宝くじ屋の店員のものだ。
若干、声が震えていた。
対するアインは、
「マジで?」
わりと冷静だった。
それも仕方ないだろう。
いきなり、あなたは今日から億万長者ですよ、なんて言われても実感が湧いてこないだろう。
むしろ、詐欺なのか? と疑うのが当たり前の流れである。
当然、アインも詐欺の可能性を疑うのだけど……
「お客さま、手をこちらへ。今から、お客さまのマジックバンクへ入金させていただきます」
マジックバンクというのは、魔力を用いて利用される通貨のことだ。
通貨を持ち運ぶ必要がなくて、どこでもいつでも手軽に利用できる。
さらに本人の同意なしに引き出すことは絶対にできない。
便利なシステムとして、大抵の人がマジックバンクを利用していた。
アインもマジックバンクを利用していたので、言われるまま手を差し出した。
宝くじが当たったとか、どうせ嘘に決まっている。
60億ミラもの大金を入金できるというのならしてみせるがいい。
「……はい。これで入金は完了しました」
「マジでっっっ!!!!!?」
今度の「マジで」は心の底からの叫びだった。
マジックバンクの残高を確認してみると、2万3200ミラから60億2万3200ミラに一気に跳ね上がっていた。
バグ? エラー?
そんな可能性を疑い、何度も何度もチェックしてみるが、やはり金額は変わらない。
間違いない。
自分は宝くじに当たり、億万長者になったのだ。
「っっっ……しゃあああああぁぁぁ!!!!!!!」
アインはようやく実感が湧いてきて、思わずその場で叫び声をあげた。
それから、大金の使い道をあれこれと考えてニヤニヤした。
しかし、すぐにその顔が引きつる。
「あぁ、息子が不治の病に侵されて莫大な治療費が必要に……!」
「神は我々を見ています。欲を捨てなければ幸せになることはできないでしょう!」
「すばらしい儲け話があるのだけど、どこかに私の話を理解してくれる方はいないか?」
どこからともなく人が現れて、皆、アインをロックオンした。
さながら獲物を狩る猛禽類のようだ。
「さようならっ!!!!!」
アインはダッシュで広場から逃げ出した。
――――――――――
「ふう……ここまで逃げれば平気だろう」
公園にたどり着いたところで、アインは足を止めた。
あちこち走り回ったせいで、日が暮れ始めている。
「まさか、あんなやつらが出てくるなんてな」
宝くじに当選したことは誰にも言わない方がいいかもしれない。
そうでないと、さっきのような連中が無限に湧いてくるだろう。
アインは決意した。
宝くじのことは、例え親兄弟にも話さない。
……もっとも、アインには親兄弟と呼べる存在はいないが。
「とりあえず家に帰るか……今日は疲れた。ゆっくりと休もう」
「あの……」
声をかけられて振り返ると、残念美少女がいた。
見たところ、歳は18前後。
アインと同じだ。
長い髪はシルクを束ねているみたいだ。
その髪の隙間から、ぴょんと長い耳が突き出している。
エルフだ。
エルフは長命で、誰もが美しい容姿を持つ種族と言われている。
その噂通りに、女の子は綺麗だった。
肌は陶器のように白く、芸術品に等しい。
顔は人形のように整っていて、同じ生き物とは思えない。
ただ、モデルのように体が細く、かなり痩せている。
胸の膨らみも、よく見ないとわからないくらいにない。
服もボロボロで、あちこちが汚れていた。
しかし、それで女の子の魅力が損なわれているわけではない。
ダイヤは汚れていてもダイヤ。
女の子はみすぼらしい格好をしていたけれど、それでも、とびきりの美少女だった。
「えっと……なにか?」
広場でのことを思い返して、アインはついつい警戒してしまう。
女の子はおずおずとしながら、ボロボロの服をずらして見せる。
見えてはいけないところが見えてしまいそうになり、アインは慌てた。
「ななな、なにを……!?」
「あ、怪しいものではありません。その、えっと……一晩、私を買いませんか?」
「買う?」
「そ、その……1万ミラで、ど、どうですか? なにをしてもいいですから……」
なるほど、とアインは納得した。
リーズランドは治安の良い街だ。
しかし、非合法な部分は存在する。
彼女のように、自分の体を売る者もそこそこの数がいる。
「んー……」
金を狙う輩ではないとわかり、アインは安堵した。
それから、彼女を見る。
エルフを抱ける機会なんて滅多にない。
残念なところはあるが、それでも、とんでもない美少女だ。
幸いというべきか、金もある。
一晩と言わず、何夜も買い続けたい。
が……
「……なんか、モヤモヤするな」
ボロボロの服。
痩せこけた体。
絶望の感情しかない瞳。
それらを見ていると、アインは落ち着かなくなった。
妙に苛立たしい気分になり……それから、彼女のことが気になって気になって仕方がなくなる。
この感情の正体は……
「……わかったぞ。これが、いじめっ子の気分というやつだな!?」
アインの方は頭が少し残念だった。
「えっと、あの……?」
「わかった。キミを買うよ」
「あ、ありがとうございますっ!」
「それじゃあ、さっそく俺の家に……」
「あ……少し待ってもらえますか? 今夜は帰れないということを妹に伝えないといけないので……」
「え、妹がいるの?」
「はい。歳の離れた妹が一人」
「見当たらないけど、どこに?」
「今はそちらで寝ていますが……」
女の子は子供の遊具を指さした。
見ると、中で小さな女の子が寝ていた。
10歳くらいだろうか?
同じくボロボロの服を着ていて、痩せこけている。
「なるほど。確かにキミと似ているな」
「リリナ、リリナ。起きて」
女の子は妹を起こした。
リリナと呼ばれた女の子はゆっくりと起き上がり……
それから、笑顔になる。
「お姉ちゃん! おかえりなさいっ」
「うん、ただいま」
おかえりなさい、ただいまと言っているということは、この姉妹は公園の遊具を家にしているのだろうか?
そんな現実を知ったアインは、また胸の奥がざわざわするような感覚に襲われた。
「お姉ちゃん……お腹空いた。ごはんは?」
「ごめんなさい、今日はお金がなくて……それに、お姉ちゃん、これからお仕事なの」
「リリナ、一人……?」
「本当にごめんね……ぐすっ。リリナを置いていかないといけないなんて、ダメなお姉ちゃんだよね……」
「ううん、そんなことないよ! リアラお姉ちゃんは世界一のお姉ちゃんだよ!」
どうやら、名前はリアラ、リリナというらしい。
アインは二人の名前を覚えた。
「明日にはごはんを食べさせてあげられるから……だから、今夜は我慢してくれる?」
「うん、わかった! そこら辺の草でも食べて、なんとか我慢するね」
おおよそ子供のものとは思えない言葉が飛び出して、アインはぎょっとした。
この姉妹、いつもそんな生活をしているのか?
また、アインの胸の奥がざわざわした。
「今夜は、お姉ちゃんはお仕事で……その……リリナは、私のこと嫌いにならない? あんなことをしようとしている私のこと、嫌いに……」
「ふぇ? えっと、よくわからないけど……リリナ、お姉ちゃんのこと大好きだよ!」
「ありがとう、リリナ……ありがとう……」
「お姉ちゃん、泣いているの? お腹痛いの?」
「ううん、うれしいの……リリナは、世界で一番の妹ね。リリナのためなら、お姉ちゃん、なんでもできるから……だから、待っていてね」
「うん。お姉ちゃんがいないのは寂しいけど、我慢するね!」
「だあああああああぁぁぁーーーーー!!!」
リアラとリリナのやりとりを見ていたアインは、こみ上げてくるざわざわとした感情を我慢することができず、それを発散するようにおもいきり叫んだ。
びくんっ、とリアラが驚いたように震えた。
「行くぞっ!!!」
「あっ……は、はい! お時間をとらせてしまい、すみませんでした」
「そんなことはいい。それよりも、その子も一緒だ」
「えっ!? そ、そんな……リリナはまだ子供で……」
「いいから行くぞ! 二人共、付いてこいっ」
アインは決めた。
エルフの姉妹が泣いているところが気に入らない。
だから、この姉妹をいじめてやる……と。
突発的に思いついて書いてみました。
かなり出落ちな話なので、どこまで続けられるかわかりません。
こんな作品ですが、感想などをいただけるとうれしいです。
よろしくお願いします。