悪役が転生勇者を成敗する話
俺は国では英雄と呼ばれているが。まごうことなき悪役だ。
今まで人を何人も殺してきた。最初に殺したときは思い切り吐いた。その次殺したときは自殺しそうになった。更に殺したときは情けを掛けそうになった。今では怒りや感動といった人間らしい感情がほとんど出ない殺人鬼と化してしまった。
「ディー様、どうしたんですか? 悲しげな顔をしていますが……。ほら! 笑顔にならないと幸せも逃げますよ!」
「あぁ、ベルか。ありがとう」
ベルフェゴールは、俺とバアル魔王国との連絡係だ。それと同時に俺の世話もしてくれている。
本来なら自分には過ぎた好意なのだが、善意でやってくれる手前、辞めてくれとも言えない。
「あ! また自分を卑下してますね! ダメですよ。貴方は魔人連合王国の英雄なんですから! 本来なら私の方からお願いしてでもお世話したい位に貴方はすごい人なんですよ!」
「そうかい。まぁ、好意は受け取っておくよ」
そういってベルを誤魔化す。
「取り合えず、ゆっくりしていてください。あっ! 魔王様の伝言は今言いますか? あとでも大丈夫ですけど」
「いや、今受け取ろう」
魔王様は俺の命の恩人だ。あの人のためなら。俺に出来る限りのことはしてあげたいと思えるくらいには恩義を感じている。
「では読み上げます。『ユンガー卿、また一つの町が落ちそうになっている。そなたには苦労を掛けるが、できればでいい。どうか助けに行ってやれないだろうか。無論できればでいいのだが』です」
予想はしていたことだが、また戦場へ行かなければいけない日が来てしまったのかと思うと、憂鬱な気分にもなる。
「これはいくら何でもひどすぎます! 魔王様はどれだけ貴方に苦労を掛けるつもりなんですか!」
ベルは憤慨しているが、まぁ無理もないだろう。俺は本来なら一年間無休で戦争に出続けた結果頂いた休みを謳歌するはずだった。
「その気持ちは受け取るよ。だが、俺に助けを求める人がいる以上、見捨てるわけにはいかない。行ってくる」
「……行ってらっしゃいませ!」
ベルは見事な敬礼を見せてくる。それに俺は小さく敬礼を返すと、竜となって空を飛んだ。
暫くの間、空を飛び続けて王都の魔王城へやってきた。
「不詳このディートリヒ・ユンガー 魔王様の命を受けて参上しました」
「おお! ユンガー卿! よくぞ参った」
魔王様が王座から飛び出てくる。
「魔王様! まだ執務が終わっておりませぬ! 早くしなければ多くの業務に支障が――」
「パイモン、分かっておる。しかしユンガー卿との会談も大事だと思わんか?」
「……分かりました。ユンガー卿なら許します。ですが五分だけですよ!」
そう言ってパイモン閣下は去っていった。
傍から見れば、少女を女性が叱っているようにも見えるが少女のほうが魔王様で、パイモン閣下は男性だ。
皆そこを間違えて、魔王様をパイモン閣下と勘違いしてしまうのも無理はないだろう。魔王様は女性ということは合っているのだが。
「――? どうした、私の顔に何か着いているか?」
「いえ、そういうわけでは」
しかし、威厳は十分、何せ初代魔王が勇者に倒されてからずっと魔王を成されてきたのだから。誰も魔王様のことを否定できるはずもない。
「良し。では今回の要件を伝えよう。南のアザール市に今まさにレテノール王国の軍隊が攻め込もうと準備している」
「そこに私が向かえば宜しいのですか?」
「本来なら卿はアトラス王国のものなのだがな……。エアハルトにも申し訳ない」
確かに俺はアトラス王国出身だ。だが、国王様にも魔王様に頼まれたら出撃しても良いといわれている。
「いえ、アトラス王国はバアル魔王国と連合を組んでおります。私にも関係がないとは言い切れません」
「せめて四天王がやられてなければ……」
はっきり言って王国と魔王国はもう末期状態だった。
二つの国もめぼしい実力者は皆勇者の手によって殺された。この戦線は自慢ではないのだが、俺の手で維持しているといっても過言ではない状況になってきた。
「過ぎたことは仕方ありません。私も四天王の方々の雄姿は見届けました。とても立派でございました」
「そうだな……」
魔王様は遠い目をして戦場の方角を見ていた。沢山の英雄が殺された。
いつも酒を奢ってくれた気のいいお方も、面倒を見てくれたあのお方も、修行を付けてくれたあのお方も、騎士道を説いてくれたあのお方も、みんな死んだ。
「死んだ方を思っても仕方ありません。生きている方を助けなくては、死んでいった方々も浮かばれないでしょう」
「……そなたは、強いな」
そんなことはない。俺は数々の英雄の中で一番弱い。
「私は、弱いですよ。では行ってまいります」
そう言い残し、俺は新たな戦場へ旅立った。
「英雄、ディートリヒ・ユンガー様が参られました!」
「そうか! 来てくれたか!」
町へ着いた後、市の行政部に向かうと大歓声で向かい入れられた。
衛兵が笑顔で道案内をしてくれ、すぐに指令室まで来ることが出来た。
「ディートリヒです。魔王様の命によって参りました」
「そうか、よく来てくれた! 最近はストレスで耳が聞こえにくくなってしまってね。エルフなのに」
ここはエルフが多く住んでいる町だ。その他にも、獣族、悪魔族、竜族、ドラゴニュート族、亜人族など色々な種族がおり、またその種類の中にも、ダークエルフ、サキュバス族など、様々な種族を内包している。これらも全て魔王様の懐の深さがあっての事だ。
「この頃は何処でもそんな感じです。サキュバスなのに性欲がわかない。猫族なのに水が平気。竜族なのに飛べなくなってしまったなどと、皆ストレスでおかしくなってしまっています」
「そうか、どこでもか……」
そう、何処でもということは、戦線の維持が難しくなっているということだ。
今までも段々戦線を押されてきたが、この頃は後退の速度が速くなってしまっている。
「ですが、もう撤退は許されません。出来るだけ避難させてきましたが、これ以上避難民を都市は受け入れることはできません。治安も悪化しております」
「ここで食い止めねば国は亡ぶか……」
戦力がもうない魔人連合王国は、此処で引いてはあとは潰されるのみとなる。
「えぇ、それどころか、魔族という人種が丸ごと消える可能性があります。まぁ、奴隷民族としてなら残ると思いますが」
「違いない」
俺たちの敵対国、レテノール王国は魔族を嫌っているディアナ教を国教としているので、制服されれば一人残らず殺されるだろう。
「伝令! 敵が戦闘の準備を始めました!」
「時間ですね。私はもう行きます」
「あぁ、よろしく頼む。私はここで指揮を執ることしかできないがな」
「司令官は動かないでくださいね」
そう言い残し、敵軍の待つ前線へ歩いて向かった。
戦場に来ると兵は皆臨戦態勢だ。皆が銃を持ち、塹壕に隠れ、敵が突撃してくるのを待ち構えている。
「状況はどうだ」
「あ! 英雄殿、お疲れ様です!」
「敬礼はしなくていい。それより状況を教えてくれ」
一刻の時間もない。奴らの速度は段違いだ。
「報告します。敵は戦車と戦闘機を引っ張り出してきました。恐らく町ごと焼き払う気でしょう」
「厳しいな」
敵はこちらを生かしておく価値など見出していない。まさに軍人も民間人も索敵&殺害の考え方で攻撃している。
「こちらの戦力は」
「多くがエルフで構成されているので射撃が得意なものが多いのですが……」
「敵の数が多すぎるな」
敵は攻撃の原則を良く知っている。見たところ、大体こちらの三倍以上の兵士を引き連れているようだ。
「竜族は」
「すべて迫撃砲にやられました」
「……やはり俺が出るしかないようだな」
魔王軍は敵よりも近代化が進んでいない。未だ個人の武力で戦争を行っている。対して敵側は、全ての兵士が銃を持ち、防護服も着ている。戦力差は絶望的だ。
一応アトラス王国から近代兵器はどんどん送っているが、何せ人類用に作られているので、体格に合わない者も大勢いる。
結局、大多数の魔族は個人の力量で戦っていた。
「お待ちください! いくらあなたでもこの数は――」
「俺を誰だと思っている。俺は悪役だと思っているが一応英雄を名乗っているんだ。そのくらいの仕事はする」
だが、個人の力も捨てたもんじゃない。何せこの世界には魔法がある。更に人間というものは案外脆いものだ。種族の差を舐めてもらっちゃ困る。
「出る。援護は任せた」
「――! ご武運を!」
これからは虐殺の時間。俺の生きる意味を見出せる時間だ。
「来たぞー! あれは……ドラゴンだー!」
ちんけな鉛の弾を俺の体に当てても無駄だ。そんなことで俺は死なない。
纏めて手足と頭を使い、食いちぎり、引き倒す。
「化け物だ! 化け物が出たぞー!」
偉そうな人を片っ端から殺していく。人間というものは脆いものだ。爪を少しこするだけで簡単に死んでいく。
「ユンガー卿に続けー! 突撃ー!」
後ろから味方の兵が突撃してくる。戦場はいよいよ本来の姿を見せ始めた。
「くっ! 戦車か!」
俺は力は強いし、攻撃力もあるが、的はでかい。鉛玉くらいならいくらでも耐えて見せるが、流石に戦車や戦闘機の爆撃はつらい。
「クソ野郎! さっさと死にやがれ!」
戦車に向かって勢いよく炎を吐く。その炎を浴びた戦車は耐えきれず爆発した。
だが、次々と後続の戦車が俺に砲弾を当ててくる。
「一体何両あるんだ!? ざっと五十両くらいか……これじゃあ普通の竜族は死ぬわな」
そう愚痴を言いながらも、次々と戦車を破壊する。
既に三十発くらいは喰らったか。内臓がいかれそうだ。
「倒したか……まだあと戦闘機を……」
幸い羽はまだ無事だ。飛べる。
「俺は戦闘機を破壊しに行く! あとは任せた!」
聞こえているかはわからないが、俺はそう言い残し後方にあるであろう飛行場を破壊しに行った。
「わらわらいるな」
戦闘機はざっと百五十機ほど。これが出撃されては面倒だ。
敵もこちらに気づいたのか慌てて戦闘機に乗り込んでいる。
「出撃させるものか。さっさと死ね」
火炎を吐き、噛みつき、殴り倒し、次々に戦闘機を破壊していったが、それでも三十機ほど飛び立った。
「不味い! 爆撃されれば全てが水の泡だ!」
慌てて追いかけ追撃を掛ける。
「しぶとい奴らめ!」
敵は機関銃でこちらに向かって掃射してくる。鉛玉でも当たり続けると、痛いものは痛い。更に戦車に開けられた穴が山ほどあるので、段々中身を抉り取られる。
「後一機!」
それでも戦闘機よりは速度は出る。痛む体を誤魔化しながら戦闘機を撃墜していき、最後の一機となった。
「覚悟ー!」
なんだと戦闘機がそのまま突撃してきた。体に突き刺さり、そのまま爆発してしまう。
「くそ、なんて、奴だ」
これはひとたまりもない。当然俺はそのまま速度を保つことはできず、減速して地上に落ちていった。
気が付くと俺は人間形態に戻っていた。
「くっ!」
「あ! まだ動いたらダメですよ!」
ここはどこかの家のようだ。ベットに寝かされ、包帯を巻かれている。
「あなたは凄いですね。助からないと思っていたのに、みるみる回復していくのですから」
「まぁ、回復力が売りなので」
俺は致命傷は何度か負ってきた。体の三割が無くなったり、勇者の剣で体を貫かれたりしたこともある。それでも生きていられるのは、この回復力のおかげだ。だが、しかし……
「英雄は、もう無理か……」
「どうされたんです?」
小声で言ったつもりだったが、聞こえていたようだ。
「いや、英雄と呼ばれるものが沢山死んでいくものだから、この世界からは英雄は消え去る運命なのかな……と思いまして」
「……そんなことないと思いますよ」
そういえば、助けてくれたお礼と名前を聞くこと忘れていた。
「失礼ご婦人。助けてくれてありがとうございます」
「いいですよ。困ったらお互い様です」
「失礼ですが、名前をお聞きしたいのですが……」
そういうと彼女は黙ってしまった。
「もしかして、ご婦人は失礼でしたか?」
「いいえ、そんなことないです。私は既に結婚していたので」
「結婚していた?」
俺はその言葉尻に引っ掛かった。
「鋭いですね。ええ、彼は死にました」
「そ、それは失礼! 申し訳――」
「別にいいですよ。貴方が敵軍の英雄、ディートリヒ・ユンガーということぐらい分かっていますし。夫は戦場では死んでいないのですから」
その言葉を聞いた途端、俺は臨戦態勢を取ろうとするが、すぐよろけて倒れてしまう。
「何の真似だ!」
「そんなに怒らなくても……ほら、私は女性。対して貴方は歴戦の兵士。どっちが強いかなんて考え無くてもわかるでしょう?」
言われてみれば見たところ、失礼だがか弱そな女性に自分が倒せる訳がないと納得した。
「失礼。ということはここは敵地ですか? そういうことは私は長居するわけには――」
「別に構いませんよ。私は国王から冷遇されているので」
聞いたところ穏やかではなさそうだ。
「それは、ご主人が戦場で死んではないという?」
「ええ、私の主人は勇者に殺されました」
俺はここ最近で一番の衝撃を受けた。勇者が、そんなまさか!
「勇者は国の前線に立ち続け、国民を守るもの! そのような役職のものが殺すなど! 断じて認められん!」
俺はレテノール共和国の戦争の理由もわからない訳ではない。誰だって知らないものは怖いし、排除したくもなる。だが、同族殺しなどあってはならない! ましてや仲間を!
「私の夫は勇者のお目付け役でした。勇者様は異世界から召喚なされてから随分横暴だったと聞きます。平然と他人の持ち物やスキルを盗んだり、犯罪者を可愛いからとかばったり。犯罪者を法律以上の私刑で勝手に裁いたりとやりたい放題でした」
「なんという……」
確かに、四天王と戦っている勇者も『お前たちを許さない』など、別にこちらは悪いことをしていないのに、罪をなすりつけ、自分の行動を正当化していた。
敗者に口なしと思ってはいたが、やはりこのような男だったか。
「私の夫は見かねたのか遂に勇者を叱ったそうです『お前に人の心はないのか! 道徳は存在するのか!』と。その時帰ってきた夫は大変満足そうでした。ですが……」
続きを話そうとしたご婦人の顔色が悪くなる。
「翌日、夫は帰ってきませんでした。後からの報告だと、姫様が『勇者と私に無礼な行動をした』だそうです」
「そうか……」
なんとなく分かってはいたが、やはり殺されたか。 だが、更にこの国の姫も勇者に毒されていたとは……
「勇者隊はこの戦争に反対するものを殺します。魔族と融和的な行動をとったものも殺します。その結果、この国では百万人が殺されました」
「ひゃ、百万!?」
さすがに私もそこまで殺していない。ここまでくれば勇者は最早、鬼か獣にしか見えない。
「収容所には更に二百万の奴隷となった元国民と捕虜が働かされています。更には女性たちは――」
「もういい。それ以上言うな」
心は捨てたつもりだったが、やはり心は痛む。
「レテノールは軍事力はあります。国土も広いです。ですが、肝心の笑顔がないのです」
「笑顔か……」
アトラス王国や、バアル魔王国の人々の姿を思い浮かべる。
「その様子だと、皆笑顔のようですね」
「な、何故分かった!」
「だって、顔に出てますよ」
鏡で見ていると、少しにやけていた。慌てて表情を戻す。
「今度からは気を付けなければ……」
「そのまま顔に出せばいいのに」
「ならん。俺は自国では英雄と呼ばれているが、他国から見れば立派な大悪党だ! 大量殺人者だ! そんなも者が笑顔を見せていいはずがない」
そう言い切りご婦人のほうを見るが、何か言いたそうにしていながらも、結局は何も言わなかった。
それから気まずい時間が少し続いたので、こちらからまた質問を切り出す。
「もう敬語は使わなくても良いか」
「別に構いませんよ」
「そうか、では遠慮なく聞こう。そなたの名前をなんという」
特段深い意味はなかったが、いつまでもそなた、とか、ご婦人というのもどうかと思ったから名前を聞いた。
「私の名前はアリアーヌ・マルベール。一応レテノール軍第二方面軍の大将を務めています」
「そなたは、鉄壁のアリアーヌ! まさかこんなところで会えるとは」
魔人連合王国は何も攻められてばかりではない。戦争である以上、攻勢も繰り返した。だが、幾度となくこの女傑に阻められたのだ。
「守りばかりで攻めは出来ませんでしたが、英雄殿に名を知られるくらい有名になったものですね」
「いや、守りも凄かったがそれ以上に凄いことがある」
アリアーヌは気づいていないようだが、このことは魔人連合王国の皆が知っている。
「そなたたちは捕虜を取った。決して皆殺しにはしなかった。そのことに対して俺は役不足ながら全国民を代表して礼を言いたい。ありがとう」
俺は深々と頭を下げた。
「そんな! 私は当然のことをしたまでです!」
「レテノールの国教はディアナ教なのだろう。あの『人類しか神は作ってはいない! 魔族は邪神が作った! だから殲滅しろ!』と喚く腐れ教団が国の中枢まで入りこんでいる中、捕虜を取ることなどなかなかできることではない」
アリアーヌの表情を見るに、それが原因で左遷させられたのだろう。さすがに英雄までは勇者は殺せなかったか。
「確かに、それが原因で私は今も冷遇されています。ですが、これは本来当然のことなのです! 種族が違うから殺すなどと! 彼らには親も子もいるのです!」
「耳が痛い話だな」
アリアーヌははっと口を閉じる。
「良い。俺は沢山の罪のない人を殺したのは事実だ。今更弁解する気もない」
「ですが、貴方は戦争のせいで――」
「戦争を理由にしてはならん!」
それだけは言われたくはない。それは全ての悪を許容する言葉だ。
「戦争のため。戦争のため。一体今までどれだけの種族がその言葉で殺され、つらい思いをしてきた!」
アリアーヌは悲痛な顔をしているが、構わず俺は続きを話す。
「俺は戦争のため都市を焼いた! 俺は戦争のため森も焼いた! 俺は戦争のためレテノールの英知も焼いた! 俺は戦争のため貴重な文化財も焼いた! これは平時では立派な犯罪だ。これを繰り返したものが英雄と呼ばれるのだ!」
俺がそう言い切りふと、アリアーヌのほうを見ると泣いていた。
慌てて俺は宥めにかかる。
「いや、そなたはな……いや悪いことをしているのは事実なのだが……だが泣く程とは――」
「いえ、ディートリヒ殿、私は感動しているんです」
感動? 何か素晴らしいことを俺は言ったのか?
「その心持です。貴方はこれだけのことをしてきながら心を失っていない! まだ優しい心を持っているではありませんか! 私には失われたものです」
「なにを、俺に人の心など――」
「では確かめましょう。貴方に人の心が残っているか」
確かめる? そのようなことが本当に出来るのか?
「聞かなかったことにしてくださいね。レテノールは此度の作戦が失敗したことで、二日後もっと大戦力で攻勢を掛けることになりました。勇者殿はいないそうですが、代わりに私が出ます」
ということはアリアーヌと殺し合わなければいけないということか。もし時代が違えば……。
「戦力は私が率いる第二方面軍のみ。まぁ、捨て石でしょう。敵に勝たせて戦勝気分にさせている中、勇者と総指揮官率いる勇者隊と第一方面軍がダンビル市へ突撃し、全員皆殺し。これで戦争を終結させるつもりだと思います」
実に冷静な分析だが、それを俺に漏らして何の得があるのか。
「なぜ教えるのか、という顔をしていますね。此処からは私とあなたとの約束です。このシパぺ市からほど近い丘から攻勢をかける。それを察知して防衛線を敷いてほしいです」
「それは構わないが……」
ダメだ。未だにアリアーヌの考えが読めない。俺はどうすればいいのだ。
「当然ディートリヒ殿も来てほしいです。そこで、普通なら戦闘が始まるのですが、戦闘は開始しません。歌を歌ってください」
「歌?」
本気でアリアーヌが何を言っているかわからない。歌と戦争がどう関係があるというのだ。
「二つの国で唯一誰でも知っている歌があります。覚えていますか?」
「覚えているとも確か、家庭の愛だったか? あれはいい歌だな」
「それを歌いながら、貴方と私で握手するのです!」
ようやく考えが纏まった。つまり、アリアーヌは歌で戦争を休止させようというのだ。
「無理だ無理だ! そんなこと不可能に近い! 第一誰かが打てばまた戦争状態に戻るのだぞ! 皆が敵を憎まず歌うなど……」
「できます。自慢ではありませんが、第二方面軍は融和的な考えの方が集められた、いわば死んでもいい人たちを集めた軍です!」
それでも歌で戦争が休止するなど……行けるのか?
「ディートリヒ殿が出て行ったら貴方の軍は戦いますか?」
「おそらくは多分戦わないだろう。一応英雄と言われているしな」
「では、いけます! 大丈夫です!」
何が彼女を推し進めているのかはわからないが、いいだろう。どうせこっちはジリ貧なのだ。もし撃ってくれば何とか味方全員を生きて返す自信はある。
「わかった。その役目を引き受けよう」
「ありがとうございます!」
アリアーヌが感極まったのか俺に抱き着いてきた。あ、意外と大きい。
「やめよ! アリアーヌには夫がいたのであろう! その夫に申し訳が立たぬ!」
「スキンシップですよ。それに、英雄殿はさぞかしおモテになるでしょうし、私など映らないでしょうから」
確かに、戦争にまだ余裕があった時は魔王様やパイモン殿、ベルや今は死んだ四天王の女性陣などは、かなりスキンシップを取ってきてはいたが……。
「いや、俺に恋愛は似合わない。そなたも夫に操を立てろ。わかったな」
「すみません。舞い上がってしまって」
アリアーヌのスキンシップはやはり舞い上がってしまったからか。
「それでは二日後だな。俺の体ももう治っているだろう」
「もう少し休んで行かれたら――」
「ならぬ。これ以上心配を掛ける訳にもいかない。では、もう一度心からのお礼を、ありがとう」
そうして、もう一度頭を下げると、俺は魔王城に向かって飛んで行った。
現在どこにいようとも腕には魔王城へずっと向いている方位磁石があるので、難なく魔王城には着くことが出来た。
「只今帰りまし――」
最後まで言おうとしたが、帰ってきた瞬間何者かに抱き着かれた。
「よくぞ、帰ってきてくれた」
その正体は魔王様だった。泣きながら顔を私の胸にこすり付けている。
「ユンガー卿! 無事でしたか! 私は卿が心配で夜も眠れず……」
普段は滅多に感情を表に出さないパイモン殿までが泣きながら俺を出迎えてくれた。
「すみません。遅くなってしまって」
「ほんとだぞ! 死んだのではないかと思ったぞ!」
「魔王様にはあと一日帰らなかったら、ユンガー卿のための国葬を開く予定でした」
危なかった。もう少しアリアーヌの所にいたら死んだ者扱いになる所だった。
「ところでどうやって帰還したのだ。報告では飛行場を潰しに行ったっきり帰ってこなかったらしいが」
「そうでした。実は魔王様に折り入ってお話がございます」
「良かろう。話すが良い」
俺は魔王様に、アリアーヌと話したことを簡単に説明した。そのあと、アトラス王国国王のエアハルト陛下にも伝えるとも。
「ならぬならぬ! お前が死んだらどうするのだ! お前はわが国、いや、魔人連合王国の至宝なのだぞ! そんな敵国の女によって殺されるなど……」
「ですが魔王様! その作戦が事実なら、もう魔人連合王国に時間はございません。もはや、滅びるのみかと」
「しかし……」
まだ悩んでいるようなので、効くかどうかは分からないが、一つの提案をする。
「魔王様、私は必ず帰ってきます。約束します!」
「……絶対だぞ」
「はい。必ずや」
魔王様はそれで納得したのか、涙を拭き、いつもの魔王様に戻る。
「では、私からエアハルトに連絡しておこう。明日、合同で軍略会議を開く。それからディートリヒ」
「はい。なんでしょうか」
「ベルフェゴールに会ってやれ。あやつが一番そなたのことを心配していた。悔しいことにな。今は部屋に引きこもっておる」
「了解しました」
ベルを安心させるためにも、俺は直ぐにベルの部屋に向かった。
少し小走りになりながらも、ベルフェゴールと書かれた看板が掛かっている部屋の前まで来た。
ノックをするが返事はない。
「ベル? 俺だ。ディートリヒだ」
そう呼びかけた瞬間扉か勢いよく開く。
「ディー様!」
それと同時にベルが俺に飛びつく。
「寂しかったんだよ! 苦しかったんだよ! 怖かったんだよ!」
「ごめんな。つらい思いをさせて」
その後もバカバカといってくるベルの背中をなでながら、謝罪の言葉を述べつつけた。
しばらくすると、収まってきたのかバカバカという言葉の強さも弱くなる。
「すいません、無礼な口をきいてしまって。さ、部屋へどうぞ。ささやかなもてなししか出来ませんが」
そう言いベルは、部屋へ入れてくれた。
「失礼する」
初めてベルの部屋に入ったが、とても女性らしい可愛い感じの部屋に仕上がっていた。
「少し、照れますね」
「そ、そうだな」
それから少しの間沈黙が続く。その間話しかけようとするも、場の雰囲気に負けて何も言い出せない。
初めに口を開いたのはベルのほうだった。
「私、ディー様のことが好きです」
「あぁ」
俺はその言葉に特段驚きはなかった。
「付き合ってくれますか?」
「悪いが、それは出来ない」
初めから答えは決まっていた。
「どうしてですか!? 私がブスだからですか? もしかして地位が足りないからですか? それとも愛が重いからですか!?」
「いいや、違う」
ベルに限らず、俺は全ての女性の告白を受け入れることは出来ない。
「付き合うと、多分、戦場へ行けなくなる」
「じゃあ戦場へ行かなければいいじゃないですか!」
ベルが堰を切ったように自分の欲望を話す。
「戦争なんか諦めて逃げましょう! 海を越え、山を越え、遠くの国へ逃げましょう! 私たちは比較的人間っぽいですから尻尾を隠せば何とか――」
「いや、それも出来ない」
「どうしてですか!? 私よりも戦争のほうが好きですか!?」
「俺は人を殺している」
ベルには分からないかもしれないが、これは責任の問題だ。
「俺が逃げれば俺の為に命を散らしてくれた人はどうなる。俺の為に死んだ人はどうなる。その者たちの死を無駄にするわけにはいかないし、最低限和平まで持って行かない限り、俺に逃げることは許されていないんだ」
そういうと、ベルはまた黙ってしまった。少し言いすぎてしまったと謝罪しようとしたところ、またベルが話始めた。
「本当は私、分かっていたんです。ディー様が戦場へ行くことをやめないことを。私の告白を決して受け入れてくれないことを」
そういった後、俺の顔に口を近づけ、頬に温かいものを当てた。
「これは……」
「私の思いを込めました。頑張ってください」
そうしてベルは見事な敬礼をした。
「あぁ、頑張るよ。ありがとう」
そして俺も、自分に出来る限りの敬礼を返し、ベルの部屋を後にした。
次の日、魔王城で魔人連合王国の合同軍略会議が行われた。参加者は双方の、国王、宰相、その補佐、更に陸軍元帥も集まっていた。
「さて、今日の議題は英雄ディートリヒ・ユンガー殿に説明してもらう」
魔王様の合図で、俺は今回の議題について説明した。
「私が負傷したとき、敵国の将軍、アリアーヌ・マルベール殿に匿ってもらいました。その時、私はある提案を持ち掛けられたのです」
「その提案とは?」
アトラス王国の宰相、シールド卿が質問する。
「アリアーヌはレテノール王国第二方面軍を率いておられます。その軍が、シパぺ市近くの丘から攻勢をかけると教えられました」
「シパぺというと……アトラスの首都まですぐそこじゃないか!」
さすが、三十歳という若さで宰相になった男。頭の回転力が違う。
「更にこれはブラフらしく、敢えて勝たせた後、ダンビルへ勇者軍と第一方面軍が突撃してくる模様です」
「ダンビル……まさかバアル魔王国から!? バアル殿はこのことをご存じで!?」
「あぁ、既にディートリヒから聞いている」
会議場はざわざわと騒がしくなる。その時、初めてアトラス王国国王、エアハルト・アトラス陛下が口を開いた。
「それで、策はあるのか?」
「えぇ、考えております」
ここからが勝負だ。これで納得させられなかったら、この作戦はおしまいだ。
「作戦のカギは歌です」
「歌?」
流石に皆困惑しているようだ。
「家庭の愛を私が歌います。それを聞いて、向こうのアリアーヌ殿が歌い、それに合わせ私とアリアーヌが塹壕から抜け出し戦場の中心で握手。こうすることによって、自然発生的に戦闘を止めることが出来ます」
「戦力はいくらほど必要か」
パイモン殿が質問する。
「敵と同じくらいの師団があれば」
「それは無茶だ!」
言い出したのは魔王国の元帥アモン殿だ。
「敵の策略に決まっている! こちらにはまともな個人戦力はディートリヒ殿しかいないのですぞ!」
「そうだ! 敵はディートリヒ殿を殺すことを目標にしている! この大戦力が亡くなったとしたら国は滅びますぞ!」
更に、アトラス王国の元帥ダンナー卿も重ねて抗議した。
「ですが、提案したのはアリアーヌ殿なのです。私を殺したければ、その場で殺していたでしょう」
「し、しかし……」
まぁ、お二方の懸念も分かる。俺が死ねば、国が亡ぶ。そのような貴重な戦力をみすみす手放すことはしたくはないはずだ。だが、ここで鶴の一声が入る。
「魔王、バアルの名によってこの作戦を承認する」
「国王、エアハルト・アトラスの名によってこの作戦を承認する」
国王二人の賛成があっては元帥たちも反対できない。
「宰相、パイモンも賛成します」
「宰相、コリー・シールドも賛成します」
元帥たちはかなり悩んでいたが、ふと、こちらのほうを見てきた。
「君は死ぬのが怖くないのかね?」
「敵に騙されてる可能性もなくはないのだが」
俺は声色から元帥たちは本心で自分を心配していることに気づいた。
「大丈夫です。彼女を信じます」
勿論死ぬのは怖いが、それでも、この戦争を終わらせたいという思いのほうがもっと強かった。
「なら、アモンも賛成しよう」
「ハンス・ダンナーも賛成しようではないか」
こうして会議の議決権を持つ全ての参加者の賛成を得ることが出来た。
「では、作戦の詳細を決めよう。まず、敵の第二方面軍の対応は全三個師団で当たり総指揮官はユンガー卿。敵の勇者隊と第一方面軍には、全ての軍で対応に当たろう。これならユンガー卿がいなくてもある程度耐えられるだろう」
アモン元帥が次々と詳細を決めていく。
「補佐としてアトラスからは宰相補佐のサラ・テルフォードを送りましょう」
「なら、バアルからは連絡係のベルフェゴールを」
各国の宰相たちが補佐を出してくれた。サラ殿に関しては良く知らないが、ベルに関しては精神的に凄く頼りになる。
「では、それで決定しよう。宜しいかな? エアハルト殿」
「いや、作戦名を決めておかねば」
正直必要か? とも思ったが、意外と皆真剣に考えていたので、こっちも真剣に考える。
「あ! 小鳥のさえずりとかどうでしょうか。小鳥の鳴き声はいつ聞いても癒されるものです」
「そうだな! それがいい!」
シールド卿の提案した案に決まったようだ。
「では、作戦【小鳥のさえずり】の成功を祈って! 魔人連合王国に栄光あれ!
「「栄光あれ!」」
こうして、国は本格的に作戦に向けて動き始めた。
「さて、見えてきたか」
「載せていってくれてありがとうございます!」
「すみません。こちらで向かえば良かったのですが……」
現在、俺はベルフェゴールとサラ・テレフォールドを抱き抱えながら、戦場へ向かっていた。
二人は鉄道で向かっても良かったのだが、こちらで送ったほうが早いので、ついでに持っていくことにした。
二人は女性で軽いので、これくらいお手のものだ。
「連れて行ってくれてありがとうございます!」
「魔王様のご命令だからな。俺が頼んだ訳ではないんだぞ」
「でも、一緒に行けて嬉しいです!」
ベルに一緒に行けると伝えた時は飛び上がって抱き着いて来た。
まぁ、いつもは着いて来れないから、嬉しいことに違いはないだろう。
「よし、着いた。二人とも、酔ったりしてないか?」
「大丈夫ですよ!」
「こちらも平気です」
二人とも平気そうだった。そして二人を引き連れ、シパぺ市内に作られた作戦本部に入る。
「英雄殿! ようこそいらっしゃいました!」
「あぁ、今日はよろしく頼む」
本部内の者に挨拶を繰り返しながら、ようやく目的の部屋に着いた。
「ユンガー卿! ようこそいらっしゃいました! 作戦の準備は既に整っております」
中にいたのは科学者風の白衣を着た男だった。どこか胡散臭い気もするが、その瞳は何処までも真っ直ぐだったので取り合えず信じることにした。
「いや、すいません。何故か私を見る人は胡散臭いと思うんですよね~」
「す、すまない」
そんなに顔に出ていただろうか?
「あ! ほんとに思ってたんですね! 悲しいなぁ、別に悪いことしてないのに……」
鎌をかけられていたのか。これはやられた。
「貴様! ディートリヒ殿を侮辱する気か!」
「落ち着いてベル、すいません。変な印象を抱いてしまって」
「別に構いませんよ。慣れっこなので」
そう言って白衣を着た男は奥のほうに引っ込み、何かを持ってきた。
「目的のものは?」
「出来ております。……じゃじゃーん! 今回の作戦の為に発明しました! 拡張音声機!」
「何だ。普通のマイクか」
今回の作戦に重要なものをこちらで作るとパイモン殿に言われたので取りに来たが、普通のマイクだった。
「何をおっしゃっているんですか! 今まで魔王国は自力でマイクを作れなかったんですよ! これでも大きな成果です! これで歌声を響かせれますよ!」
「そうか、じゃあ有難く受け取ろう」
だが、折角の努力の甲斐あって出来たものだ。受け取らなくては可哀想だ。
「是非御役にたててください。それと隠し機能もついているんですが……」
「どんなのだ」
白衣を着た男は周りに聞こえないように耳打ちする。
「何! そんな機能があるのか!?」
「あくまで最後の手段です。使わないことを祈りますが……」
「分かった。有難く受け取ろう」
前言撤回。このマイクは特注品だ。
「ディー様? どのような機能がついているんですか?」
「今は教えられないな」
さすがに、他の者には言えない内容だ。
「ですが、教えてもらわなければ作戦に支障が出るかもしれません!」
宰相補佐のサラが心配なのか、更に追求してくる。
「大丈夫だ。作戦に支障は出ない。いわばおまけみたいな物だな」
そう答えた途端、サイレンが鳴り響く。
「時間だ。戦場へ向かう」
「「了解しました!」」
さぁ、決戦の時だ。
例のマイクを持って俺は戦場へ来た。
名目上は俺が総指揮官だが、その役割は他の者に任せてある。
「ユンガー卿! 此度の大役。このエリゴールにお任せ頂きありがとうございます!」
「いや、俺が勝手に押し付けただけだ。そなたも、よくぞこの大役を引き受けてくれた。感謝する」
「勿体ないお言葉!」
エリゴールは一応俺の部下に当たる者だ。だが、俺はひっきりなしに戦場へ呼び出されるので、一緒にいることは少ない。だが、俺の顔見知りの中ではベルの次に付き合いが長い者だ。
「ところで、準備は出来ているのか?」
「それはもう、万全です! 遠方からはるばる、バアル魔王国最高峰の音楽隊、サタニキア交響楽団の皆様にお越しいただきました! こちらは主席指揮者のキュルソンさんです!」
「宜しくお願い致します」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
サタンニキア交響楽団と言えば、バアル魔王国首都サタニキアを拠点とする世界を見てもトップに位置する音楽隊だ。
一度聞いてみたことがあるが、あれは圧巻だった。
「我々も最善の演奏をします!」
「こちらこそ頑張らせて頂きます」
「周りの兵士たちも準備してますね!」
エリゴールの言葉に反応し、改めて周りを見渡す。すると、十万を超えるものが皆武器を構えてはいるものの、発声練習などを繰り返している。
情報を漏らしたつもりはないのだが、勝手に広まっていたらしい。
「これは魔王国の情報防衛がおろそかになっているのか、それとも善意で流されたのか……」
生真面目そうなサラが情報機密を心配しているが、まぁ、今更だろう。
「レテノールは下賤な国に間者を入れたくないと、魔王国には一人もスパイがいないしな。アトラスにはいるらしいが、そこの情報機密は万全なんだろう?」
「それはもう! 国の名誉に掛けて!」
そこまで言うなら万全なのだろう。
「最終的にレテノールにはバレるんだ。早いか遅いかの違いさ」
「それもそうですね」
この作戦の肝は、勿論作戦が成功するのが第一条件だが、それ以降が重要になってくる。これを見て、レテノールが戦争を辞めることを選択するかどうかだ。
「終わりますかね。戦争は」
ベルが心配そうに聞いてくる。
「大丈夫さ。これだけの人数がいる。きっと終わる」
相手は方面軍で、十万人以上の兵士がいる。これだけの人間の意志をレテノールは無視できないだろう。
「伝令! 敵がこちらに気づき、塹壕を掘り始めています!」
「いよいよか」
ここからが勝負だ。敵も味方も一発の銃弾も撃ってはいけない。それは戦争の緊張感とはまた違った緊張感だった。
暫く敵が塹壕を掘り終えるまで黙って見つめる。敵は戦車も持ってきたようだ。
「偵察によれば、後方には戦闘機もあるそうです。敵は本当に攻撃を仕掛けて来ないのでしょうか……」
「それならこちらも、竜族や巨人族を連れてきている時点で同じことだ。今は耐えるしかない」
両軍が位置に着き、睨み合いが始まる。
「いつ始めますか?」
エリゴールがソワソワしながら聞いてくる。敵が武器を構えているのだ。緊張するなというのが無理な相談だろう。
「マイクを持ってきてくれ。始めるぞ!」
「了解しました!」
ベルとサラが、二人でマイクとスピーカーを持ってくる。
「「持ってきました!」」
「ご苦労。では、小鳥のさえずり作戦を決行する」
実はこの作戦に備えて発声練習を繰り返してきたのだ。歌は誰にも聞かせたことはないが、まぁ、何とかなるだろう。
「演奏隊。演奏を頼む」
「「了解です!」」
きれいな伴奏がスタートする。敵軍のほうもざわざわし始めた。
「家庭の中に、愛あらば。見るもの全て、美しく」
こちらが歌いだすと、向こうのアリアーヌも呼応して歌いだす。こちらの演奏ではない音も聞こえてくることから、向こうにも楽団がいるようだ。
「聞くもの全て、楽しくあらん! 平和辺りに、微笑みて」
サビの部分になる時には、両方の軍での大合唱になっていた。
「愛ある、家よ! 過ぎ行く月日、穏やかに!」
それから、三番の歌詞に入るころには皆涙を流していた。かくいう俺も泣いていたが。
「愛ある、家よ! 空は輝き、主は笑みたもう!」
歌詞を歌っているとき、一人の勇敢な兵士が塹壕から這い上がり、武器を捨て歩み始めた。
向こう側の兵士も武器を捨て、互いに抱き合う。
そこからは連鎖的に皆武器を捨て、互いに抱き合い涙を流した。
「ディー様! 私たちも向かいましょう!」
「私も、向こうの兵士と話したいです!」
「分かった分かった。今行く」
焦る二人に押されるように俺も塹壕から出てくる。
そうして俺たちが出てくると、周りの兵士が自然と道を開ける。
「事は、成ったな」
「えぇ、本当に。ありがとうございます」
そうして、俺とアリアーヌは固い握手を交わし、周りの兵士からは歓声が上がった。
そこからはどんちゃん騒ぎだった。ある兵士たちはこぞって自分たちの秘蔵の酒やたばこを持ち合って飲みあい、ベロベロになるまで飲んだ。
またある兵士たちは、家族の話をしあい。互いに家族の自慢をしていた。
またある兵士は、自分たちが互いの国の兵士を殺したことを謝罪しあい、慰めあっていた。
楽団同士で、演奏会も開いている。
「見事な光景ですね」
「そうか? さすがにあれはどうかと思うが……」
流石に、戦闘機と竜族との飛行勝負や、巨人族と戦車のかけっこは見ていてひやひやするものだ。
「あれもこれも、此度の融和が無かったらなしえなかったことです。見事な光景です」
「あぁ、本当に……」
感極まって何も言えなくなった。勿論罪悪感はある。だが、それでも……
「良かったな」
「はい。良かったです」
そのまま夜になるまで、楽しそうに遊ぶ兵士たちを二人で見ていた。
「エリゴール、兵士を陣地に帰還させよう」
「何でぇですかぁ? とぉってもたぁのしいどぇすよ」
べろべろに酔っているようだった。仕方ないので、代わりに俺が号令を掛ける。
「両軍! もう夜だ! 続きは明日にしよう!」
そう俺が言うと、両軍とも名残惜しそうにしながらも、自分たちの陣地へ帰っていった。
「ディー――様。どぅしたんですか?」
「数字がいっこ、数字がにーこ」
ふらふらになっている二人を抱えながら、自分たちの陣地に戻る。
「ここからが勝負だ」
「し、しょーぶってなんですかぁ?」
ベルがろれつがおかしくなりながらも、訪ねてくる。
「何でもないよ。さぁ、二人とも自分の寝床に戻れ! 準備はしてある!」
「りょーかーいです」
「宰相様のいけんにはさからーえませーん」
そのまま二人はふらふらとした足取りをしながら寝床に向かっていった。
「ユンガー卿、大成功でしたな」
ふと振り返ると、パイモン殿が来ていた。
「良いのですか? 魔王様には散々脱走するなと言っておられるのに」
「よいよい。どうせこの作戦の行方で国が亡ぶか生き残るのか決まるのだ。今更執務などやっておれんよ」
そう言って笑うパイモン殿だが、すぐに真面目な顔に戻る。
「それで、明日はどうなると思う」
「わかりません。確かに兵たちの交流は確実に進行しました。ですが……」
「後は、第一方面軍と勇者軍か。先ほど、アモン元帥から連絡があった。一度攻めてきたが、寸でのところで何故か撤退したと」
「こちらが和解したせいですね」
此処からどう転ぶか正直俺にはわからない。願わくば、勇者や第一方面軍の人々が心を改めてくれると良いのだが……
「まぁ、最悪の事態になれば、国は亡ぶのだ。今更考えても仕方なかろう」
「それもそうですね」
「……今から飲まないか? 秘蔵の酒があるのだが――」
「明日も仕事ですので」
そういうとパイモン殿は残念そうな顔をして消えた。
「申し訳ございませんでしたー!」
朝起きると、エリゴールからの謝罪が入った。
「すいませんディー様! 私なんてことを……」
「職務怠慢です。いくらでも罰してください……」
ベルやサラも謝罪しに来た。
「良い。楽しい気分だったんだろ? 謝罪よりも、今日の仕事に集中しなさい」
「「了解しました!」」
三人から綺麗にそろった返事が聞けると、俺も元気が出てきた。
身支度を整えると、また塹壕の方に向かう。兵たちはうずうずしながら俺からの号令を待っていた。
「意外とお利口に待っているな」
「腐っても兵ですので。軍紀違反は重罪です!」
そう言ってエリゴールが胸を張る。
「お前はベロベロに酔っていたがな」
「そ、それは……」
「冗談だ。もう許した」
本気で泣きそうになっていたので、慌てて冗談だと告げる。
「ところで、もう少しでアリアーヌが出てくるはずなのだが……」
「ユンガー卿、何か約束されていたのですか?」
「まぁ、少しな」
ここでアリアーヌが出てこないと、大変なことになる。
少し心配してきたころ、ようやくアリアーヌが出てくる。
「ようやく出てきたな。俺だけが行く。ほかの兵は上がらせないでくれよ」
「了解しました!」
エリゴールが伝達している間に、俺はアリアーヌの方へ向かった。
「アリアーヌ! ……大丈夫か?」
見ると、唇が青くなっている。
「大丈夫ですよ。第一方面軍も、ゆ、勇者軍も説得できました」
「良し! それが出来れば――」
「ディートリヒ殿、少し顔をこちらへ」
何事かと顔をアリアーヌの方へ向ける。
「何……がは!」
「すみません。すみません」
胸に剣が突き刺さっていた。
「なぜ、どうして……」
そう言い切る前に、足に力が入らず倒れてしまう。
異変に気付いたのか、魔人連合王国軍が戦闘を開始しようとしていた。
「動くな!」
竜に変化し、軍を一喝する。
そうすると軍の侵攻は止まった。
「どういうことだ! 説明しろ!」
「くそ、魔族め! まだ死なないのか!」
周りを見ると、そこにいたのは勇者だ。いつもの面々や勇者に忠誠を誓った者たちが集まる勇者軍だ。
「おい! どういうことだアリアーヌ! 説明しろ!」
「全……」
「なんだ!?」
「第一方面軍並びに、第二方面軍は、勇者隊によって全滅させられました!」
俺は衝撃で動けなかった。全滅? 味方を?
「貴様! 仲間を殺したのか!」
「仲間ではありませんわ。敵に内通した時点で敵です。全く、元帥もなぜこの裏切り者のいうことなど聞いたのでしょう。全く呆れますわ」
全く理解不能だった。自分と違う意見というだけで皆殺しにするのか!
「お前のせいで俺達の軍は……全員死んでしまった」
「お前たちのせい!?」
勇者の言っている意味がどうしても理解できない。何故こちらのせいになる!?
「お前たちが仲間を洗脳したせいで、仲間を殺す羽目になったんだ!」
「洗脳?」
勇者は何を言って……
「とぼけるな! お前たちのせいで町の人たちがどれほどつらい目にあった! 泥棒が増えたり、治安が悪くなったり、こんなかわいい娘がスラム街で暮らさないといけなくなったんだ!」
「何を言っている! それはこちらの国が関知する問題ではない! 国内の政治の問題だ!」
「騙されてはいけません勇者様! 全て魔王と魔族が悪いのです!」
こいつ、何ふざけた抜かしているんだ! それに従う勇者もどうかしている!
「これは仕方のないことなんだ。魔族に洗脳されたものは治らない。殺すしかないんだ」
「お前に大量虐殺したという自覚はないのか」
「お前たちのせいだ! 俺は悪くない。誰も洗脳した者を殺さないから、代わりに殺しているだけだ」
俺はそれを聞いて勇者を殺す決意をした。こいつは生かしておいたらいけないものだ。
「辞めろ! 暴力でしか事を解決できない獣め! ついに正体を現したな!」
そう訳の分からないことをつぶやきながら、凄い速度で勇者が動く。
「捕えている人々を開放しろ!」
そう言って俺に剣を突き立てた。
「訳の分からないことを抜かすな!」
ここで死ぬわけにはいかない。この世界をゲームだと勘違いしているガキをこの世界に残してはいけないのだ。
「殺人は犯罪なんだぞ! 今すぐ辞めろ!」
ふざけたことを抜かす勇者を殺すため、俺は力の限り攻撃する。
「魔族を、舐めるなぁ!」
「犯罪者め! 口答えするな!」
流石は勇者、物凄い力だ。
「勇者め! どこでそんな力を!」
「神様から貰った俺の力だ! この力を使って俺は魔王と魔族を滅ぼし、世界を平和にするんだ!」
「そうよ! 私も手伝うわ!」
後ろから追撃を食らった。
「くそ! 仲間か!」
「お前みたいな魔族には決してできない将来を誓い合った仲間だ!」
「そうです! 神の名によって貴方を倒します!」
「ママが戦うならあたしも戦う!」
「私も、ヒビキの為に、戦う」
「シロもお兄ちゃんの為に戦う!」
わらわらと勇者の仲間が出てきた。
「みたか殺人者! お前は一人。俺たちは六人で一人だ! 正義は必ず勝つんだ」
それを聞いた俺は思わず笑ってしまった。
「なっ、何が可笑しい!」
「だめよヒビキ、耳を貸しちゃダメ!」
こいつらは頭がいかれていることは良く分かった。だが、理解できないのかもしれないが、俺は勇者に自分の考えを説いた。
「確かに俺は犯罪者かもしれない。だがな勇者よ。お前も立派な犯罪者。歴史上稀に見る大犯罪者だ! それをわからない奴に勇者を名乗る資格はない!」
「魔族め! ついに自分を正当化し始めたな! 今更弁護士を呼んでも無駄だぞ!」
やはりわからなかったか。神もこのようなくそったれな男に力を与えるなどどうかしている。
「俺は死ぬかもしれんが、お前も道連れだ。覚悟しろ!」
そう言って、俺は勇者に攻撃を仕掛けた。
「なんだこいつ、何で俺のチートが効かない!」
「チート? どんなチートだ」
「成長チートと魔力チートと更に即死チートもあるのに! 何で倒せないんだ!」
チートというものは甘美な響きだ。努力しないで強大な力を持つ。それは誰でも憧れるものだろう。
「俺も昔はチートに憧れた。チートを持っている勝ち組になりたかった。そしてなった」
「魔族め! 神の名の下にさっさと死になさい!」
「お兄ちゃんに悪さをしないで!」
攻撃を食らいながらも、カウンターを入れながら話を続ける。
「だが持ってみると世界が黒ずんだ。何をすればいいのか分からなくなった。世界が怖くなった。借り物の力を使って威張る自分が怖くなった」
「ママを傷つけるな!」
「ヒビキの邪魔をするな! 死ね! 死ね!」
またも攻撃を食らいながらも、懸命にこらえて話を続ける。
「だが、そんな自分をエアハルト陛下とバアル様は受け入れてくれた。嬉しかった。素晴らしい気持ちだった。だが、この力は自分には行き過ぎたものだと自ら封印した」
「ウソ、何で倒れないの……」
俺の体に傷がついていないところはないだろう。だが、まだ死ぬわけにはいかない。
「四天王達や、仲間たちが殺されていくとき、心が弱い俺はいつも力を解放しようとした。だが優しい彼ら彼女らは俺に『逃げなさい。力を使わなくても良い。私たちはここで死ぬ運命だった』といった。俺はたまらなく悔しかったが、浅ましくも逃げてしまった」
「悪魔め! これで止めだ!」
「がはっ」
血の塊を吐いてしまった。だが、まだ死ぬものか。
「だがこれ以上は逃げない! 卑劣なる勇者どもに鉄槌を下すまでは!」
ついに力を解放した。
「なっ、なんだこれは! でかい……六十メートルはあるか」
考えが纏まらない。だが、目の前の人間を滅ぼすことが使命なのは分かる。
「グァァァア!」
勢いよく炎を吹き付ける。だが、死んでいないか。
「グォォォォォォ!」
死ね! 死ね! 死ね!
「ハァ、ハァ、グァァァア!」
活動限界が近い。仕留めなければ……
「グ、グァ、グォァァァ!」
もう、ダメか。
「はぁ、はぁ、やっ、たか?」
「魔族め! 卑劣な手を使いやがって。でも俺は負けない! この世界を救うまでは!」
前を見ると無残な姿になったアリアーヌの姿があった。あろうことか勇者はアリアーヌを盾として使っていた。
「なんという。やはり、この力は……」
俺が絶望に打ちひしがれていると、アリアーヌがわずかに声を発した。
「必ず、勇者を、お願いします。まけ、ないで」
「あぁ! 必ず倒す! だから、安らかに」
そうしてアリアーヌは息を引き取った。
「やったぞ! 魔族の手先を倒した!」
「おめでとう! これでまた一人魔族の洗脳から解放したわ!」
俺はもう目の前の勇者を殺すことしか考えていなかった。何か、何か秘策は!
ここで博士からの言葉を思い出した。
『マイクの中に薬を仕込んであります。これを使えば勇者を倒すことが出来るでしょう。ですが、一回限りです。英雄殿の回復力は桁外れなのでそれを爆速で働かせることになりますから、必然的に寿命は縮まり、死ぬでしょう』
そうだ! あのマイク!
ポケットの中を探ると、そこには今日も歌おうとマイクが入っていた。
そのヘッド部分を外し、とがった注射針を一瞬の迷いもなく体に突き刺す。
「何だ! 何をした」
恐ろしく感覚が冴えわたってきた。周りの景色がゆっくりと動いて見える。これならあの勇者を殺せる。
「え! いつの間に!」
勇者が慌てている間に勇者の背後に回った。
「さらばだ勇者よ。地獄で会おう」
「何をいっ――」
そのまま勇者の首を刎ねた。
「こんなものか。案外勇者の体も脆いものだな」
そのまま勇者の仲間の殲滅に向かう。
「お前は何故勇者に協力した」
「ちょっと、このままやめにしない? そうだ! 今ならあの勇者の代わりに貴方の彼女になって――」
反吐が出そうになったので殺した。
「ひっ!」
「お前は何故勇者に協力した」
「神は貴方を許さない! 必ずや天罰が――」
「もうとっくに覚悟している」
そのまま神神うるさい奴を殺した。
「お前は何故勇者に協力した」
「それは、スリと殺人で捕まりそうになっていたのを助けてくれたから」
「確かスリと殺人の刑罰は死刑……」
「お兄ちゃん! 一緒に遊ぼ――」
「ならここで刑を執行する」
犯罪者には死あるのみだ。
あと残るものは二人だけとなった。二人ともまだ幼い子供だ。
「君たちは何故勇者に協力した」
「奴隷になってからヒビキに買われたから」
「お母さんに、魔族は神の敵って教えられたからだよ?」
ダメだ。この子たちは無理だ。殺せない。あまりにも幼すぎる。
「このまま東に向かって歩け。そうすれば孤児院に着くことが出来るだろう」
「何故殺さない! 私はその覚悟が出来てる!」
「お母さんを殺した貴方を私は許さない!」
まだ子供だからだろう。現状を理解出来ていないらしい。
「いいか、これは温情だ。真に勇者や母のことを思うのなら今すぐ立ち去れ!」
そう強い声で怒鳴って睨むと、暫く立ちつくした後走って逃げていった。
「おわった、か」
そのまま気が抜け膝から挫け落ちる。
「ディー様!」
「ベルたちか」
向こうからベルたちがやって来た。
「ディー様! お体は!」
無言で首を振る。
「そんな、貴方とあってまだ少ししか……」
サラは愕然としている。
「嘘ですよね! いつも傷だらけになって帰ってきても元気になっていましたよね! 嘘ですよね!」
エリゴールは錯乱していた。
「ディー様のウソつき! 生きて帰るって約束したじゃないですか!」
ベルは泣きながら俺の体を抱きしめる。
「皆、済まなかった。ちょっと、無理しすぎたみたいだ。俺の戦いに、割り込んでこなくて、助かった。もしかしたら、皆を襲っていたかもしれない」
何とか声を絞り出し、礼を伝える。
「魔王様たちに、それから、俺に着いてきてくれた兵士達、お前たち、それからできれば全国民へのメッセージだ」
「なんでしょう。言ってください!」
皆本能的に俺の最後が近いことを分かってくれているのだろう。
「俺に着いてきて支えてくれたみんな、ありがとう。本当に、ありがとう」
そこで、俺の意識は消えた。
『お前の望むものはなんだ』
何を言っている。
「お前の望むものはなんだ』
そうだな。自分の世界を乱す存在を送る神に天罰を与えることだな。
『良かろう。その望み、叶えてしんぜよう』
「ふんふーん。あら、やられちゃったかー。せーっかく魔族と人間の戦争を起こそうとしたのに、つまんないのー。そうだ! 今度はもっと大人数を転生させれば……」
「残念ながら、貴方のこの世界への管理権は既に失われたわ」
「な! なんだよ急に! ってお前、いや貴方はまさか……」
「思えば貴方、前々から嫌いだったのよね。じゃあ神の地獄。行ってみよー!」
「いっ、いやだー! 行きたく――」
「ふー。消えた消えた。さて、後任は誰にしよおっかなー。お! 元の世界の住人。しかも性格も能力も問題なし! よしこの子にしよう!」
気が付くと、知らない空間に来ていた。
「君、神様になる気はない?」
俺は――




