カツオの学名は『カツオヌス ペラミス』
ぼくを連れてウィルベルが帰宅したのは街の端っこにあるぼろっちい集合住宅だった。
孤児院って言えばわかりやすいかな?
精霊の儀とやらをしていた教会とはぜんぜん違って薄汚い感じ。
ウィルベルが説明してくれたところだと、20年前に移転した教会の跡地なんだって。
「あばばばば! 疲れてるのはわかるけど、ひきずらないで!? 削り節になっちゃう!」
まったくもう! ウィルベルってば精霊を何だと思っているんだろう!
ぼくはマグロであって、カツオではないのである! なんで道路に引きずるのはやめてください!
「まったく、疲れてるっていうのはわかるんだけどさ。だったら早く送還とかいうの覚えてよね」
「う……。そのうち覚えるんよ」
普通だったら精霊っていうのは必要なときだけ、精霊の庭ってところから召喚するものらしいんだけど、ウィルベルにはそれができないらしい。
ルセルちゃんいわく、昔から腕力はあったけど魔力制御系は悲惨な子だったから……とのこと。
ぼく知ってる。
こういう人のこと『脳筋』あるいは『筋肉ゴリラ』っていうんだ!
「だ、だれが筋肉ゴリラなんよ!?」
「あんただよ、あんたぁっ! 200キログラムのマグロを振り回すあんただよ! 運よくあのおっさんの目には留まったけど、周りの人たちドン引きだったじゃん!?
やーいやーい! 悔しかったら魔法の一つでも使ってみなよ!」
「おーけーなんよ。じゃあ、撫でただけで魚の頭蓋骨がぐにゃぐにゃになる奇跡の魔法を……」
みしっと。
ぼくの頭を掴んだウィルベルの手から嫌な音がした。
やめて。それ絶対魔法じゃない。
にしても精霊の庭ってどんなところだろうね?
「ウィルベルねーちゃん! なにそれ! 食べていいの!?」
孤児院が近づくと、ウィルベルの帰りを待っていたのか、ちっこい子供たちがぼくの周りに集まってきた。
ちなみに孤児とは言っても周囲からの援助があるらしく、着ている服はぼろっちいけど血色は良好である。
「やめて!? 食べないで! そんな目で見ないで!?」
食欲旺盛すぎぃ! ぼくに向けられる視線は、お魚を狙うドラ猫のまなざしそのものである。
おまけにその動きときたら、悪ガキそのもの。
「やめて! マグロの胴体をむやみに触るとそこから腐っちゃうから!
びゃああああ……逃げたいけど、体中が痛ぁいっ!!」
ちびっこたちにペタペタ触られて、逃げたいけれど、体中が痛くてそれどころじゃない。
あの場にいた人たちが回復魔法をかけてくれたけれど、完全に痛みが引いたわけでもなく、ぼくもウィルベルも酷使した筋肉が悲鳴をあげている。
ああ。ぼくはこんなところで無惨に身焼けしちゃうのね……なんて覚悟をしたときだった。
「こら! あんたたち! 大人しく部屋で待機してなさいって言ったでしょう!」
悪ガキどもを叱ったのはウィルベルよりも年上の女の子だった。
しっかりした感じだけどツンツンしてるって言えばわかるかな?
動物で言えば、もふもふの柴犬。
「まったくもう、ウィルベルも! 今日は精霊の儀を行っただけなのに、なんでそんなにボロボロなの!?」
ここでは10年前にモンスターに襲撃された村の子供たちが集まって、身を寄せ合ってるらしい。
ウィルベルは現在15歳。
最年少が11歳。最年長のこの子――エーリカが20歳らしい。
「ま、まあ……いろいろあったんよ。エーリカ、それよりも早くご飯をー……」
さっさとご飯を食べてベッドに寝転がりたい!
そんな意志が伝わってくる。
でも、エーリカは腕組みをして首を横に振って、ため息をついた。
「ウィルベル。用事があるって人が来賓室で待ってるわ」
「へ?」
【マグロ豆知識】
カツオの英名は『skipjack tuna』
つまりマグロ扱いです。(ツナ=マグロ)
ツナ缶の原材料にはマグロとカツオのものがありますが、海外ではカツオのツナ缶のほうがメジャーだったりします。




