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学園へのいざない(上)

今回はヴァン(おっさん側)視点となります。

 勇者(・・)ヴァン・エゼルレッドが精霊の儀の場に居合わせたのは偶然だ。

 とある理由で故郷に墓参りにきただけ。せっかくだからと冷やかしに見に来ただけだった。


「やあああ!!!!」


 ウィルベルに振り回されたマグロの胴体がウンディーネのエシェメラを弾き飛ばす。


(おいおい、まじかよ)


 ヴァンは思わず笑ってしまった。


 精霊とは人間が魔法を行使するための媒体である。

 さきほどのヴァンのように簡単な命令を出して、召喚主をサポートさせることぐらいはできるが、確固とした自我を持ち合わせているわけではない。

 

 目の前の少女――ウィルベルのようにコントの相手をさせたり、振り回したりするやつなど見たことも聞いたこともない。

 

「でやあっ!」


 ウィルベルがマグロをぶんぶんと振り回す。

 マグロの体重は200キロくらいはあるだろうか。驚異的な腕力である。


 だが、真に驚嘆すべきは、そのときのエシェメラの位置がウィルベルの死角にあったことだろう。


 おそらくだが、彼女らの間には視覚情報の共有がおこなわれている。


 反応速度から考えると、テレパシーによる意志の疎通までおこなわれているのかもしれない。

 さきほど呼び出したばかりの精霊に対し、驚異的な感応力だ。


(だが、さすがにこの程度かな?)


 目の前の少女は、精霊たちの攻撃に対して防戦一方。

 戦いが始まってそろそろ20分は経つが、動きは雑。魔力にも見るべきものはない。


 精霊との感応力には驚いたものの、総合的に見ればBクラスがせいぜい。この程度であれば同世代でもAクラスにはゴロゴロしている。

 この街のような人口の少ない辺境では持て囃されてきたのだろうが……。


「でやあああっ!」


(……まあいいか)


 いつの間にか、他の街から来ているスカウトマンたちが、興味津々でヴァンとウィルベルの戦いに注目し始めていた。


 この国の精霊の儀では、原則として居住している地域のクランに優先的な指名権が与えられている。

 というのも辺境の人数が減りすぎないようにするためだ。


 が、通称でフリークラスとも呼ばれるEクラスであれば話は別。誰に憚ることなくスカウトすることが許されている。

 

 となれば、他の街のBクラス……もしかするとAクラスのクランからの勧誘だってあるかもしれない。


 ろくに確認することもなくEクラスに降格させたこの街のクランのスカウトは叱責間違いなし。涙目である。ざまぁ。

 そういう意味ではヴァンの目的のひとつは達成されたと言える。


(だが、それ以上ではない……か)


 ヴァンはため息をついた。

 自分のもう一つの目的――自分が求めているレベルにはほど遠い。

 残念だが、ここまでだ。そろそろ終わらせよう。


「エシェメラ、エチカ。終わらせるぞ」


 少々の落胆とともに、エシェメラとエチカで挟み打つように指示を出す。

 さっきまでの攻撃ですらいっぱいいっぱいのウィルベルには対応しきれないだろう。


 ――と、そのときだった。


「ミカ!」


「おう!」


 その瞬間、ウィルベルはマグロの精霊をぽいっと投げた。

 まるでそれがわかっていたかのように、マグロの精霊はエチカを尾で叩き落とし、地面に落ちたと同時に体全体のバネを使ってウィルベルの手元にもどり、さらにエシェメラの攻撃を防ぐ。


「……は?」


 なんだいまの。


 この世界の戦士たちの頂点――勇者たちの操る精霊ですら、あそこまではっきりとした自我を見せることはない。ましてや、ここまで細かい連携など……。


 ヴァンはもう一度、2体の精霊に指示を出す。

 だが、やはり避けられ、それどころかヴァンの足元を狙おうとマグロの尾が跳ね上がってくる。


(こ、こいつ……)


「……ウィルベル?」


 ヴァンが笑みを浮かべると同時に、カーバンクルを連れた少女がウィルベルの様子を見て呆然とする。


 トランス状態とでも言えばいいのだろうか?

 まるで狂気が宿ったような光を目に宿した少女は、ただひたすらにエシェメラとエチカ、ヴァンと踊るように、マグロを投げ、振るう。

 マグロのほうも自在に宙を跳び、地面を跳ね、少女の手元で効率よくその寸胴の肉体を動かす。


 まるでサーカスだ。

 その動作の異様さときたら、見物していた者たちが一様にぽかんと口を開けるほど。

 だが、その動きはどんどん鋭く、その一撃は重くなってきている。


「はぁっ! はぁっ!」


 いつのまにか少女の荒い息と、べし、ぎぃんという音だけが広場に響いていた。

 広場で試験をしていたはずの者たちですら、ヴァンとウィルベルの異様な踊りに見惚れるように手を止めていた。


(……あまり目立ちすぎるのもよくないか)


 この少女と精霊がどこまで成長するのか、もっと見ていたい気もする。が、今回はあくまで墓参りにきただけである。

 試験の邪魔になっては色々と小言を言われかねない。


「ギィ。お前も出ろ」


 ヴァンの声に応えるように現れたのは炎の精霊イフリート。


 おおおお、と観衆からどよめきが上がる。

 4大属性精霊と呼ばれるうちの3体をたった一人が呼び出したのだ。このような辺境ではまず見られるものではない。


 これが勇者の力。世界を守護するために鍛えられた奇跡の能力。


 さすがにウィルベルのほうも3体目は予想外だったらしく、いきなり出現した精霊に対応しようとして逆に体勢を崩す。


 その隙だらけになった少女に向け、ヴァンはパチンと指を鳴らした。


「死ぬなよ、嬢ちゃん。ギィ、レクスフレアだ」


「――いけないっ! カーバンクル、守りを!」


 イフリートの魔力が高まったのを感じて、カーバンクルをつれた少女が、とっさに耐炎の魔法をウィルベルにかけようとする。


「ギィぃぃぃぃっ!!」


 イフリートから細い熱線が走り、それを導火線にするようにして魔力が膨れ上がる。

 ほぼ同時にカーバンクルの放った耐炎魔法の薄いベールがウィルベルを包み込み――


 ドオオオォォォン!!


 直後、凄まじい爆発が直撃した。

【マグロ豆知識】

冷凍の魚と言うと、生よりも鮮度が悪いイメージを持っている方がいますが、遠洋の魚(マグロや秋刀魚など)は生よりも、活け〆した直後にマイナス50℃で急速冷凍されたほうが鮮度が高く保たれる場合があります。

(スーパーなどの店頭はマイナス5℃程度なので、陳列されると鮮度が落ちていきます)


ちなみに野菜も同じで、ブロッコリーなどは冷凍されたもののほうが栄養価が高い、という話もあります。

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