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それくらいでちょうどいい

「な、何するんよ!?」


 ここにきて、さすがのウィルベルも凹んでいる場合じゃないと、ぼくらのほうに気付く。


 でも、おっさんは悪びれもせずに、ぴゅんぴゅんとすさまじい速度で鉄の棒を振る。

 さっき、ぼくが止めたときは全然速度が違うんだけど……。

 このおっさん、何者なんだろう?


「むむむ? もしかしておっさんってばどっかのスカウトさん?」


「さてね。やるのかやらないのかどっちだ?」


 ウィルベルはちらりと周囲を見た。突然のハプニングに周囲の視線は僕ら釘付け。

 さすがに試験中のひとたちはまだ気づいていないけど……。


 ウィルベルは逡巡することもなくうなずいた。


「やる!」


 これはチャンスだ。

 このおっさんの目に叶わなくても、アピールさえできれば何かあるかもしれない。


 よーし! ウィルベルやってやれ! 精霊なしでもCクラスいたっていうエリートっぷりを見せつけてやれ!


 ぼくの気分はチアリーダー。

 ウィルベル、ファイトっ! イケイケゴーゴー、ブラジル飛び越えチョモランマ!


 ウィルベルはぼくの応援に「うん」ってうなずくと、ぼくの尻尾の付け根をつかんだ。

 そして、おっさんのほうにまっすぐに立ち向かって、剣のように構え……って、え?


「さあ! かかって来るんよ!」


 なにこのシュールな光景。

 想像してほしい。剣道の竹刀よろしく冷凍マグロを構えて突きつけてる姿を。

 ははっ。超ウケる。ぼくが当事者じゃなきゃね!


「ちょっとぉっ!? これってどういうこと!? ぼく、マグロなんだけどぉっ!?」


 竹刀代わりにするなら、せめて太刀魚(たちうお)秋刀魚(さんま)にしとくべきではなかろうか!?


 ま、まさか、このままあの鉄の棒と打ち合うつもり!?

 さっきはとっさに体が動いたけれど、めっちゃ怖いからやめてください!


「ほう。やる気は満々のようだな。じゃあ、いくぞ」


「ええよ!」


「ぜんぜんよくないんだけどぉっ!?」


 ぶーんっとすさまじい勢いで振り回されるぼくの身体。


 びゃああああ! こわいいぃぃぃぃ!

 

 ジェットコースターも真っ青の速度で地面が迫ってきて、体が地面に叩きつけられると同時に、ボコンと芝生がえぐられる。


 ウィルベルはその反動をつかって、ぼくの肉体の重さを利用して鉄の棒の上から叩きつけようと――

 

「ところがどっこい。ひょいっとな!」


 全力で体を反らしたぼくの眼前を鉄の棒が過ぎていく。

 ギリギリセーフ!


「ミカ、なにするんよ!?」


 ぼくが身体をひねったせいで目測を誤ったウィルベルが抗議の声を上げる。


「『なにするんよ!?』はこっちのセリフ! ぼくはか弱いマグロだから! そういう乱暴なのはよくないと思います!」


 以心伝心って素晴らしいね!

 どう振りたいっていうのが伝わってくるから、それに合わせて体をひねれば簡単に避けれる!


 ぶーんぶーん。

 ひょいひょいっとな!

 

「あーもう! 勝手に動かんといてよ!」


「絶対にノゥ! マグロイジメ反対!」


 ぼくらの言い争いを見て、おっさんは苦笑した。


「戦いの最中に口ゲンカとは……なかなか器用なやつらだな。

 まあ、いい。エシェメラ、出ろ」

 

 おっさんの声にこたえて、うっすらと半透明な青い女性みたいのが姿を現す。

 さっきまでどこにいたんだろう?って思うんだけど、ここはファンタジー世界。そういうものなんだろう。

 獣の姿の小動物とはぜんぜん違う、神々しい神秘的な姿。

 

 その姿を見て、ぼくたちを遠巻きにみていた人からどよめきが上がる。


「あれはウンディーネですわ!?」


 驚愕の声をあげたのはルセルちゃん。


 あ、試験終わったんだね。

 柵で隔てられた広場の向こうで、ぼくらとおっさんの戦いを食い入るように見ている。

 額に汗で毛が張り付いているあたり、ずいぶんと急いで様子を見に来てくれたらしい。

 自分の試験が終わったらすぐにウィルベルの様子を見に来るなんて、ツンデレってやつ?


「すごいの?」


「Aクラスどころか、Sクラスのクランですら滅多に見ないレベルですわ!」


 へー。すごいんだー。

 いまいちどれくらいすごいのかわからないんだけど。

 そんなぼくの視線に気づいたのか、おっさんは肩をすくめた。

 

「エチカ。お前も出ろ」


 おっさんの声に応えるように、今度は緑色をした精霊が姿を現す。

 うっすらとした人型はやはり神秘的だ。

 

「精霊が2体!? それもシルフですって!? この島のトップクランにすらそんな実力者はいないはず……っ!」


 解説ありがとうございます。

 ルセルちゃんってば、戦士よりも解説役として就職したほうがいいんじゃないかな?


「……」


 おっさんが呼び出した青と緑の人型の精霊は、ゆらゆらとぼくたちの前で値踏みするような目を向けた。

 

 むむむ。なんか上から目線っぽくてむかつく。

 そんなぼくの心が伝わったのか、ウィルベルは首をかしげた。


「……ミカは恐れを知らんの?」


 そういやそうだ。

 なんとなくだけど、この2体の精霊は、ぼくを刺身にして余りある力をもっているのがわかる。でもあんまり怖くない。

 

 なぜって? 答えは簡単。


「なんだかんだ言って、ぼくはウィルベルの精霊なんだよね」


 尻尾の付け根を持つ手から伝わってくる熱さが、ぼくの心を落ち着かせてくれるんだ。

 

 どうしてマグロに転生したのか、とか、そもそも精霊ってなんぞや、っていう疑問はつきないけれど、いまわかっているのは、ぼくがウィルベルの精霊で、相棒だってこと。


「うちの精霊だから……なんよ?」


「うん。さっきはごめんね。ちょっとはしゃぎすぎた」


 ぼくが素直に謝ると、ウィルベルは苦笑した。


「わかっとるんよ。急に召喚されたんやもん。しゃーないんよ。せやから怒っとらん」


「ほんと?」


「うそなんよ。ほんとはちょっとだけイラっとした」


 わーお。うちの主様は短気でいらっしゃる。

 ウィルベルがぎゅっとぼくの尻尾の付け根をにぎって、改めておっさんと精霊と相対する。

 

 ちょっといい話風にまとめようと思ったけど、第三者の目から見ると、とんでもなくおバカな光景だ。

 でも、たぶん。ぼくらにはそれくらいがちょうどいい。


「やる気になったようだから、ルールを決めよう」


 おっさんは鉄の棒で地面にマルを描いて、そのなかに立った。


「ルールは簡単。オレをここから動かすことができれば嬢ちゃんたちの勝ちだ。それまでにへばったらオレの勝ち。

 さて、ここからはちょっとだけ本気を出すぞ! 死ぬなよ、お嬢ちゃん!」


 そして、ぼくとウィルベルのはじめての共同作業が開始された。

【マグロ豆知識】

マグロの時速は時速60キロメートルを超える(筆者が知りうる限りの記載では最高速度は時速160キロメートルとも)、と図鑑に書かれていることがありますが、実際に観測されたことはありません。


バイオロギングで計測された最高速度は時速18キロメートル程度だそうです。(巡航速度は時速3キロメートルほど)


拙作ではあえて時速60キロメートルとしています。


面白かった、勉強になったなどありましたら、ブックマークなどをいただけるとさいわいです!

(๑•̀ㅂ•́)و✧

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