海の馬鹿野郎! と言えない世界
かつて、この世界は一個の球体であったという。
その大地が突如として崩壊し、億万の断片にわかれたのは約1000年前。
伝説では、この世界を総べる女神エトリが大地の断片を拾い集め、何もなくなった虚空に島々を浮かべ直したのだという。
それがこの浮遊島世界の成り立ちだ。
それを聞いたぼくは、
「うーみーはひろいーなー。おっきーなー」
現実逃避のひとつもしたくなろうというもんである。
くそっ! ファンタジー世界め! マグロがみんなに認知されてるのに、海がないとはこれいかに!? こんなの絶対おかしいよ!
海の代わりにあるのはどこまでも続く虚空。
鳥たちが魚のように飛び交い、波のように風が吹く。
さらに島の端には、ぽっかりと湾口のように形になっている桟橋に、浮遊有船とかいうらしい飛空艇が停泊していた。
神様! 船が空を飛ぶなら、マグロも空を飛べるべきはないでしょうか!
ぐぬぬ! 跳べ! 飛べ! アイ・アム・ア・フライングツナ!
びたーんびたーん!
ぜーぜー。はーはー……。オーケーわかった。マグロはデフォルトでは空を飛べないってことがね!
「なので地面を歩くことにします」
いつまでもウィルベルに担いでもらうわけにもいかないしね!
尾びれをぴこぴこ動かし、尾びれ歩行。
立てばシャーク、座ればビターン! 歩く姿はクロマグロ。
ふははは! マグロ・グランドフィーバーで鍛えられた我がプレイヤースキルをもってすれば、地上適性なんてなくてもこの程度はお茶の子さいさい!
「地味に器用なんね」
「ふはは! 感心するのはまだ早い! なんと! クロマグロは踊ることすら可能なのだ!」
そう! マグロ・グランドフィーバーにおいてマグロ目にだけ許されたアクション。それがマグロダンス。
かつてのゲーム内で、カジキマグロたちの羨望の眼差しを受けた超絶技巧がいまここに!
くいっくいっ!
ふはは、見よ! 戦士クランは無理でもアイドルクランの頂点に立てそうなこのキレのある動き!
さあ! 試験官さん、スカウトするならいまだけだかんね!?
チラッ!
ぼくが広場にいる試験官のほうをみると、ちょうどルセルちゃんが試験をしている最中だった。さっきウィルベルに「あきらめろ」って言った試験官のおっさんとなにやら話している。
「ルセル君はとてもいい精霊を召喚したな。BどころかAクラスでもやっていけそうだ」
「おほほ。当然ですわ! わたくしとカーバンクルならすぐにでもSクラスに――」
わーお……誰も見てなーい。
なんでだよ!? 日本だったらマグロが躍ってたら超人気者になれるのに!?
と、がっかりしていると、パンパンと手を叩く音がした。
「はは、お前さんはとてもユニークだな」
「誰、おっさん?」
ぼくたちに声をかけてきたのは、広場の隅あるベンチに座っていたひとりのおっさん。
無精ひげぼーぼー。すらりと背はたかいけれど、来ている服はあんまり上等じゃない感じ。
足もサンダル履きだし、なんというか、なんか近くでイベントやってるから冷やかしにきましたって感じ。
他の人たちがつけているような腕章もないし、試験官ではなさそうだけど。
「こんなに自立した意志をもっている精霊は初めて見たぜ。お前さん、名前は?」
「ぼくはミカ。おっさんこそ名乗りなよ」
「ヴァンって名前のただのおっさんさ。それより少し遊ばないか? 暇なんだろ?」
どうしよっかな?
ウィルベルをチラっと見ると、なんだかんだ言ってクビになったショックから戻っていないのか、まだ放心してる感じ。
「うん。いいよ」
「じゃあ……ほらよ」
おっさんはどこからか取り出したビー玉のような半透明の球体をぽいっと投げた。
まったくもう! このおっさんってば、ぼくをなんだと思ってるんだろう?
ぼくは栄光ある海の黒いダイヤことクロマグロなのである。
イルカやシャチみたいな、ボールを投げられたからって喜ぶ、単細胞な変態哺乳類どもと一緒にしないでいただきたい!
「とう!」
尾ヒレで球体をキック!
時速60キロで海の中を泳ぐと言われるマグロのキックは、スキルなしでもどこぞのサッカー少年よりも遥かに強い。
そんな脚力で蹴りつけられた球体は、凄まじい速度でおっさんの顔面に――
「なかなかいい動きじゃないか」
ひょいっと苦も無くキャッチされた。
おにょれ! 下等な人間どもめ。次こそは!
「次はどうかな?」
おっさんが今度は複数の球体を投げてくる。
今度こそ、そのにやけた顔面にぶち当てちゃる!
刮目して見よ! 我が尾びれは、かつてゲームの中で1000人以上の人間プレイヤーの首を狩りとった凶器なのである。
「とう!」
右、右、左。ぼくは尾びれでその球をすべて打ちかえして、そして上!
ふははは! 完璧だな!
チラッ
広場で試験してる人たちを横目で見るけど、特に反応はナッシング!
おかしい。ぼくの想像では「さきほどは誠に申し訳ございませんでした。クロマグロ様! どうぞ我がクランに!!」(土下座)みたいな展開になる予定だったのに!
ちなみに弾き返した球は全部キャッチされてた。
このおっさんもなかなか謎である。
「ほう。やるじゃないか……じゃあ、次は」
おじさんは次に棒を取り出した。
棒って言っても、片腕ほどの長さのすごく重そうな鉄の棒だ。
「ちょっと待って!? それはあかん!」
ウィルベル、助けて!
あんなのに叩かれたら、マグロのタタキになっちゃう!
でも、おっさんは予想外の行動に出た。
ぼくではなくてウィルベルに殴りかかったのだ。おっさんが持った鉄の棒は、空を見て黄昏ているウィルベルの頭に――
ガィィン
「ほう」
おっさんがぴゅーっと口笛を吹く。
「何やってんだよ、おっさん」
ぼくの肉体は反射的におっさんの鉄の棒を防いでいた。
【マグロ豆知識】
マグロは『スズキ目サバ科マグロ族マグロ属』
カジキ(通称カジキマグロ)は『スズキ目カジキ亜目』
つまり、カジキマグロはマグロではありません。
ちなみにカツオは『スズキ目サバ科マグロ族カツオ属』
ほぼマグロです。




