マグロは戦闘に向かない
ぶんっ ぶんっ
「ふーん。この世界では15歳になると一人に一体『精霊の庭』って場所から精霊がもたらされるんだー。へー」
ぼくたちがいるのは召喚された教会前の広場。
美しい芝生で覆われた運動場にも似た場所で、ぼくは召喚主であるウィルベルと現状のすり合わせをおこなっていた。
「そうなんよ。ミカは精霊の庭を知らんの?」
それどころか、精霊なにそれおいしいの? って聞きたいくらいである。
というか、クロマグロは精霊に含まれるんだろうか? そもそもなんでクロマグロの成魚スタート? 普通こういうのってコメジ※から始まるもんじゃないの?
※コメジ:若いマグロのこと
ちらりと周囲を見ると、ウィルベルと同じ年頃の少年少女がファンタジックな小動物やら、半透明の色とりどりの光を伴ってはしゃいでいる。
割合としては半透明な光を浮かべているひとが7割って感じ。
ウィルベルいわく、いまの時点で精霊の物質的な具現化ができるのは一握りなんだって。
あの半透明なのも、そのうち何かしらの物質や動物に固定されていくのだという。
ハッ!? じゃあ、もしかしてぼくってば精霊界の超エリート!?
ふふふ、知っているか。マグロは出世魚ではない。生まれながらにしてすでに食物連鎖の頂点近くに立つことが確約されている生物なのである!
生存競争の勝利が約束された立場って考えれば、マグロも悪くない気がする!
ぶんっ ぶんっ
「……ところでウィルベルさんや」
「うん?」
「これは何をしてんの?」
さっきから、『ぶんっ ぶんっ』って尻尾の付け根を持たれて、大剣のように振り回されてるんだけどさ、何かの儀式なんだろうか? 雨乞い? 豊漁祈願?
……ちょっと想像してみてほしい。
身長150センチほどの少女が2メートル近いの魚をぶんまわしてる姿を。
せめてこれがサバとかアジだったら、「あ、呪いでもかけてるのかな?」って感じなんだけど、あまりにもダイナミックすぎて、なんというか……なんだこれ?って感じである。
ほら! 周りの少年少女どころかもドン引きしてる。
それどころか、さっき声かけてきてくれたルセルちゃんですら遠くに逃げてった!
むむむ。これはいけない。
せっかく異世界に召喚されたのだから、主が人気者になれるよう努力するのは、使役される側の責務である!
やはりここは「ぼくのお腹をお食べよ!」って言って、わが身に宿る大トロをふるまうべきではなかろうか!?
「そんなグロい光景見たくないんよ」
あいたっ。
そんなことを考えていると、ペちりと頭を叩かれた。
あれ? なんで考えていることがばれたんだろう?
「精霊と人は一心同体。それくらいわかるんよ」
ってことは、うひひなことを考えたりするとバレちゃうってこと?
わーお。なにそのめんどくさい設定。
ぶんっ ぶんっ
ともあれ、ウィルベルの素振りは止まらない。
ぼくはと言うと、振り回されている間に、地面に触れないように必死に腹筋に力を入れてるんだけど……うーっぷす、視界が上下に揺れすぎて酔いそう。
そろそろ振るのをやめて! 口からネギトロが出ちゃう!
「だいたい、なんでそんなに一生懸命振りますのさ?」
「……あっちを見てほしいんよ」
ぼくの抗議が届いたのか、ウィルベルが素振りをするのを一旦停止。
ぼくがひょいと顔を向けさせた先には、
「……なにあれ、マグロの仲買人?」
びしっとした黒い服を着た人たちが、紙とペンを片手に何やら書き込んでいる。
仲買人にしてはちょっとエリートチックというか、FBIとかMIBみたいな感じだけど。
「あれはクランっていう、仕事をするための組合のスカウトの人らなんよ。……えーっと、クランっていうのはね――」
ウィルベルの話を要約するとこんな感じ。
・クランは裁縫や農業など、仕事別に存在する。他職のクランへの移籍は自由。
・クランはEからSクラスが設定されていて、実績を残せば上のクラスに移籍していける。ただし、半透明な精霊――下級精霊のままだと、どれだけ優秀でもCクラスどまり。
・ウィルベルは戦士クランっていう、魔獣の狩猟を専門にするクランのCクラスに在籍中。
・15歳未満でCクラスの戦士クランに在籍していたのは、街でもさっきのルセルちゃんとウィルベルだけ。
・戦士のSクラスになると、勇者っていう特別な存在への推薦があって、ウィルベルの夢は勇者になること。
・他に勇者になれるルートは、この世界の女神様が理事長を務めているっていう世界にたった一つの勇者育成機関に入ることだけ。
でも、倍率が高すぎて辺境の街出身じゃ受験生になることすら無理。
オーケーわかった
女神とか勇者とかよくわかんないけど、とりあえずクランってやつのランクを駆け上がっていけばいいってことはわかった。
にしても、街で二人だけのCクラスだなんて、ぼくだけじゃなくてウィルベルも辺境エリートじゃん。
ふふふ、間違いない。これは勝ち組。人生――じゃないマグロ生イージーモードである。
なんて、ぼくがバラ色の将来を夢想していると、
「ああ、ウィルベル君」
誰だろう?
声をかけて来たのは厳しい顔つきの初老の男性だった。
腕に『試験官』の腕章をつけているので、試験官には違いないんだろうけど、わざわざ声をかけてくるなんて。
(このひとはBクラスの戦士クランのスカウトの人なんよ)
ぼくがいぶかしんでいると、ウィルベルがテレパシーで伝えてくる。
なるほど、こんな感じで以心伝心なのね。
そうそう。精霊を実体化させることに成功した新人は、15歳で精霊を召喚したタイミングで高いクラスに移籍するんだって! どのクラスに所属させるかっていうのを決めるのがこの人たちってわけ。
もちろんぼくは実体化された精霊!
いまのウィルベルのクラスがCだからB――いやAクラスに昇格だってありえる!
ふふふ。登竜門は鯉が登るものだって決まっているけど、この世界ではマグロが登るものらしい!
スカウトさんはごほんと咳払いをした。
「その精霊のことなんだが――」
ふひひ。もったいつけちゃって。もしかしてぼくの姿に惚れちゃったのかな?
ハッ!? Aクラスでは持て余すので、Sクラスに飛び級してくださいのお願いだとか!?
さもありなん! 異世界転生ばんざーい!!
でも、ビターンビターンとウィルベルの手の中ではねているとぼくとは対象的に、おじさんは言いにくそうに目をそらした。
「その……言いにくいんだが……その精霊は戦士クランには不向きだと思う。いま君が在籍してるCクラスのクランも同意見だから、違う職業のクランに移籍したほうがいい」
わーおー……。
お先マッグロ、なんちゃって。
【マグロ豆知識】
クロマグロにはたくさんの幼名(コメジ、メジ、オオメジ、ヨコワ、カキノタネ、ダルマなど)がありますが出世魚ではない、とされています。




