マグロ・インテリジェンス
「だめです」
セバスチャンさんが去って、孤児院では遅めの夕食の席。
食事の最中、エーリカが発したのはそんな言葉だった。
「なんでさー!」
「エーリカねーちゃんのケチンボー」
ぶーぶーとお子様たちが粗末な食事の食べカスを飛ばしながらブーイング。
でも、エーリカはまったく動揺することなくヴァンのおっさんにもらった封筒から資料を取り出し、みんなに見えるよう広げた。
「ウィルベル、このセレクションの概要読んだ?」
「な、なんとなくは……受験料は無料って書いてるし、旅費だっていまま貯金したぶんで大丈夫かなって」
ウィルベルってばピシャリとした口調にばタジタジである。学級委員長系っていうのかな? めっちゃ苦手そう。
「エーリカ。レヴェンチカの受験をしたってだけで戦士系のクランからは引く手あまただろうし、いいんじゃないか?」
そんなエーリカちゃんに問うたのは2番目に年長の男の子、マークくん(19歳)だった。
続けて彼は白い歯を覗かせながら、爽やかにウィンク&サムズアップ。
「いままで孤児院の経営のために身を粉にして働いてくれてたんだし、ここは笑顔で見送ってやろうぜ!」
なんていい人なんだろう。うちのウィルベルを嫁にやってもいいぞ!
(勝手に嫁にやらんでよー……。だいたい、この2人、付き合っとるし)
ちっ、なんだ、リア充かよ。爆発しろ!
ぼくらのやりとりを余所に、マークはエーリカを説得するために言葉を続ける。
「合格までいかなくとも最終試験まで残れれば、Sクラスのクランに入団することだって夢じゃない。ここは孤児院のみんなでウィルベルを応援してやろうじゃないか」
「そうだそうだー!」
マークの言葉に、お子様たちも乗っかってくる。
この情に訴える攻撃の前には、こいくら強情でも折れざるを得まい。
でも、はぁっとエーリカはため息をついて、受験のしおりを手にとってみんなに見せた。
「あのね、みんな。お金とかじゃなくてね……」
彼女がトントンと指差したるは日程の記載箇所。
「この試験、開催が明々後日なんだけど」
「「えええぇぇぇぇ!?」」
? それが何か大変なのかな?
もしかしてレヴェンチカってそんなに離れてるのかな?
(レヴェンチカへの浮遊有船の便は……2ヶ月に1本かな)
ド田舎ってレベルじゃねーぞ!?
日本だったらどんな田舎でも1日に1本はバスがあるのにさぁ!?
突如発生したアクシデントにあわあわとするウィルベル。
その姿は、Aクラスの勧誘を迷いなく断ったカッコよさとは完全に無縁な感じ。
さっきまで騒いでいたお子様たちすら、ろくにパンフレットに目を通してなかったウィルベルにジトーっとした冷たい目線を送る。
まったく、うちのご主人様は脳みそまで筋肉でできていらっしゃる。
しかぁっしっ! こんなときこそぼくの出番!
「落ち着きたまえ、君たち!」
そう! いまこそ異世界人ならぬ異世界魚ならではのインテリジェンスで、エブリワンをハッピーにするジャストタイムなのである!
マグロの目にはDHAがたっぷり! ぼくは賢いのだ!
「あのヴァンって人、レヴェンチカってところの教師なんでしょ!? だったら、受験の試験官かなにかだろうから一緒に――」
「さっきあなたたちが話し込んでる間に調べたんだけど、今日の夕方にレヴェンチカへの便は出発してたわ。たぶん、それで帰ったんでしょう。つまり――」
「つまり?」
「物理的に受験する手段がありません!」
な、なんだってー!?
くそっ、我が身に宿るDHAめ! どうしてお前は脳じゃなくて、目玉に含まれているんだ!?
いや違う。
ぼくが頼るべきはDHAなんていう得体のしれない栄養素ではなく、積み重ねられた経験と、身のうちから湧き上がる煌々たる知性なのである。
考えろぼく。異世界魚すげーって言われてハーレムを作るために考えるんだ!
えーとえーと……
「はい! 浮遊有船をチャーターするっていうのはどうでしょう!」
「そんなお金はありません!」
そりゃそうだ!
「受験を来年に持ち越すとか!」
「受験資格は15歳! 浪人不可!」
厳しすぎない、それ!?
「えーっと……大砲で撃ち出されて飛んでくとか!」
「そんな距離じゃありません! 真面目に考えなさい」
「こちとら大真面目だよ!
マグロのちっちゃな脳みそでめっちゃ考えてるっつーの!
――そうだ! クロマグロの特性を活かして……」
「活かして?」
「身売りして浮遊有船をチャーターするお金を稼ぐ! ――ああ! 無視しないで!」
喧々囂々(けんけんごうごう)。
そのあとぼくたちは色んな案を出したけれど、どれも解決には至らなかったことをここに記す。
【マグロ豆知識】
DHA=ドコサヘキサエン酸は有名ですが、ときおりエン酸を塩酸と間違えている方が見受けられます。
正しくはドコサ+ヘキサエン+酸となります。
英語で書くと、『Docosa hexaenoic acid』
⇒6つ(hexa)の二重結合(ene)を含む22個(docosa)の炭素鎖をもつカルボン酸(oic acid)
です。
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