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決意

 来賓室とは名ばかりのぼろっちい部屋で、その初老の紳士はウィルベルの帰りを待っていた。

 小洒落た感じに柄の入ったスーツはめっちゃ高級そう。鋭い眼光、隙のない物腰、白いヒゲ。なんというかセバスチャンって感じの人だ。

 

 ウィルベルが扉を開けると、立ち上がって丁寧に一礼してくれる。

 

「お待ちしておりました。ミス・フュンフ」


 フュンフっていうのはウィルベルの名字だ。って言っても、ここに住む全員フュンフさんなんだけどね。

 さすが元田舎者。田舎あるあるである。


「むむ……」


 おじさんとぼくの目が合う。

 昼間のスカウトの人たちとは桁違いの眼力っていうのかな? 品定めしてはいるんだろうけど、ジロジロっていうよりはサバサバって感じ。マグロだけに。

 知っているか。マグロはサバ科の魚なのである。


 そろーっと扉のほうを見ると、ちびっこたちが心配そうに部屋の様子をうかがっているのが見えた。


「えっと……すいません。お待たせしちゃったみたいで」


 ウィルベルのほうも慣れないしぐさで一礼を返す。


「……」


「……」

 

 そして何をしたらいいかわからず愛想笑いを浮かべて棒立ちになった。

 まったくうちのご主人様ってば、田舎者過ぎない? 例の学園はエリート揃いっていうから、いまからすでに心配だよ。もう!


 なんで、ぼくはウィルベルの代わりに胸ビレをピコピコ動かした。


「あ、どうぞどうぞ。お座りください。すいませんね。うちのご主人様ってば気が利かなくて」


(ぐむ……うるさいなぁ、もう)


 ふはは! ここは元文明人たるぼくがお手本ってものを見せてあげなきゃいけないな!

 なんて思いながら、老紳士が席についたのを見て、ぼくも椅子にひょいっとな。


 ばきぃ!


「ぎゃああああああ! 椅子が 椅子が! 破片がぁぁぁ!」


 そ、そうだった。ウィルベルが容易くリフトアップするもんだから忘れてたけど、いまのぼくの体重は200キログラム。

 こんなボロっちぃ椅子が支えきれるものじゃない。


「ああああああ! その椅子、この孤児院にある椅子の中で3番目に高価やったやつなんよ!?」


「マグロが座ることを想定してない椅子なんて、ぼくは椅子と認めません! こんなのは……こうだ!」


 びたーんびたーんと壊れた椅子に追い打ち!


 ちなみにクロマグロは体重600キログラムくらいに育つんだって。

 木製の椅子になんて座れねえな、この体。


「いや、マグロが椅子に座ること自体が想定外やと思うんよ……?」


 なるほど。マグロが鎮座するべき場所といえば確かにまな板でああろう。

 

「むむむ。確かに。こうやってつぶれた椅子をまな板代わりにしてると解体ショー前のマグロの気持ちがわかってきちゃう感じが……。へい、ウィルベル。インテリアとしてマグロ包丁持ってきてよ」


「精霊をさばいたりもせーへんよ!?」


 なーんだガッカリだな。せっかくぼくの大トロを食べさせてあげよう思ったのに。


「はは、精霊の儀で拝見させていただいたとおり、愉快な人たちですね」


 ぼくとウィルベルのコントに、老紳士はにっこりとほほ笑んだ。

 そして、傍らの革製の重厚な鞄から蝋で封印のされた封筒を取り出す。押された印章は獅子をモチーフにしたカッコいいやつ。なんだろ?


(この島で一番大きな街にあるAクラスの戦士クランの紋章なんよ)


(ふーん)

 

「私はAクラスの戦士クラン『暁の獅子』のスカウトを担当しておりますセバスチャンと申します。本日、精霊の儀があった広場で、あなたとミスタ・エゼルレッドとの戦いを拝見させていただきました」


 ぼくらが頭にハテナを浮かべているのに気づいて、セバスチャンさんが言葉を紡ぐ。

 っていうか、ほんとにセバスチャンって名前だったのか、この人……。

 

「本来は精霊の儀では、こういった他の街の者への横槍は禁止されているのですが、あなたはフリーになったと聞いています」

 

「フリーっていうか、クビになっただけだよね」


「く、クビじゃないし! 降格させられただけやし!」


 でもEクラスって自己申告で誰でも所属できるから通称フリークラス、所属してる人たちはフリーターって呼ばれてるんだよね。やっぱりクビじゃん。

 まあ、そんなことはどうでもいいや。


「そんでセバスチャンさんはうちのフリーターに一体なんのご用事で?」


 セバスチャンさんはぼくの質問に我が意を得たりとうなずいた。


「ウィルベルさん。我々はあなたを我がクランに迎えたいと、そう思っています」


「(Aクラスのクランからのお誘いだって!)」


 扉の向こうで隠れて聞いているお子様たちから、バレバレのどよめきが起こる。

 老紳士のほうもそのあたりは心得たもので、にっこりとした微笑みを崩さない。


 Aクラスっていうのはあれだ。

 この世界の人口割合で言うと10パーセントくらい。

 そう! めっちゃエリートなのだ!


 さすがぼく! エリートコースから転がり落ちたその日のうちに、さらなるエリートコースが用意されちゃった! わはは、見よ! 我がマグロ(せい)はダイヤのように輝いている!


 でも、ウィルベルは硬い表情を浮かべた。


「……たぶん。すごくいい話なんでしょうね」


「渋る理由が? 収入もいまよりも上がるでしょう。この孤児院の皆さんも喜ぶのでは?」


「でも、もう決めちゃったんです。レヴェンチカを受験するって」


 あーあー。うちのご主人様ってほんとバカ。

 AクラスからSクラスに上がって、順番に勇者を目指すっていう方法があるのに、そっちを選ばないんだもん。

 

「……ウィルベルさん。あなたがミスタ・エゼルレッドに誘われていたレヴェンチカのセレクションですが、その合格率をご存知ですか?」


 問われてウィルベルはきゅっと唇を噛んだ。

 セバスさんは、隠れて聞いている子どもたちに説明するように、ゆっくりと、だがはっきりとした口調で言葉を紡ぐ。


「1パーセント。それがレヴェンチカの合格率です。

 もちろん、これはセレクションに参加できるほどの実力者だけで数えた割合です。

 ただの志望者まで含むとキリがありませんからね」


 隠れて聞いている子どもたちがどよめく。

 普通に考えたら、合格する見込みのない学園よりAクラスのクランに入るほうが現実的に決まってるもんね。

 でも、ウィルベルの心は揺れなかった。


「……でも。うちの夢なんです」


「決意は固いのですね?」


 セバスチャンさんは出していた封筒――恐らく入団の手続きをするために必要な書類を手にとった。

 ここで断るなら、この話はナシだ。って意味だ。


「はい」


 まったく、うちのご主人様はアホだ。まったく逡巡を見せないんだもん。そこがいいんだけどね!


「あ。でも、ぼくは断ってないんで、ぼくの分の契約書は置いてってもらっていいですか?」


 ひょいっとセバスチャンさんが手に持った封筒を口で銜える。

 もらったものは返さない。だってマグロは貪欲なんだもの。


 そんなぼくの頭をベシベシと叩くのはウィルベル。


「ちょっとミカ!? せっかくカッコよくキメたはずなのに何言ってんよぉっ!?」


「うっさいバーカバーカ! ぼくは美人なカツオとかヒラメを(はべ)らせて生きて行くんだい! なんでプリーズ、ギブミー契約書!」


 イシダイのごとく封筒を噛んで、潰れた椅子の上でビターンビターン!

 かっこよさだけで生きていけたら誰も苦労しないんだい!


「あうう……すいません、うちの精霊がその……失礼しちゃって……」


「――はっはっは」


 セバスチャンさんが笑い出す。


 もう、ほんと困るよね。

 まったくこの世界の人たちは素直じゃないんだから。

 

 ウィルベルは孤児院の子どもたちのことを考えて、収入をとるか、夢をとるか一瞬すごく悩みながら帰ってきたのに迷いのないふりをするし、セバスチャンさんだって始めっから二者択一を迫る気もないのに、意地悪なことを言うんだもん。

 だから、ぼくくらいは欲望に正直でもいいじゃない?


「……セバスチャンさん?」


「どうやら、あなたの精霊は、私の想像していた以上に愉快で個性的なようです」


 セバスチャンさんはいたずらっ子のような微笑みを浮かべてぼくの鼻をつついた。


「愉快な愉快な精霊さん。

 もしもウィルベルさんがレヴェンチカのセレクションが残念な結果になってしまった場合、我々はあなたを歓迎いたしますよ。ついでにあなたのご主人様もね」


 よっしゃあ! 学園が不合格だったときの滑り止めゲットぉっ!

【マグロ豆知識】

マグロは餌を丸呑みにして食べるため、口には鋭い犬歯のようなものが並んでいます。

噛み砕くことには適してはいませんが、一度咥えた獲物を逃さないようになっているのです。


面白い、勉強になったなど思っていただけましたら、ブックマークなどしていただけるとさいわいです。

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