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ぼくまぐろ

 目を覚ますとマグロだった。


「ぎょーー!? なんっっじゃこりゃああ!!??」


 脂の乗ったでっぷりとしたお腹。DHAたっぷりのつぶらなお目目。

 体型は太短い紡錘形で、横断面は上下方向にわずかに長い楕円形のお魚体型。

 体重は200kgくらいかな? 1キロ1万円として200万円くらい? わお、超セレブ。


 どこをどう見ても立派なクロマグロ。

 びたーんびたーん、と跳ねるは青空の下。青々と茂った芝生の上である。


 もしかしてこれって異世界転生ってやつ!?

 でも、マグロに転生するなら海スタートにすべきだよね。これじゃあ手も足もでないよね。ははっ! 超ウケる。


 なんて言ってる場合じゃない。

 は、はやく動かなきゃ!

 マグロは泳ぐことで酸素を取り込んでいるので、動き続けないと呼吸ができないので、死んでしまうのだ。


 びたーんびたーん!


 飛び跳ねる! 飛び跳ねる!

 だけど、飛び跳ねたところで海もなけりゃあ水もない。


「お、落ち着け、ぼく。クールになるんだ。ひっひっふー。ひっひっふー」


 そもそもなんでクロマグロぉっ!?

 魚に生まれ変わるなら、せめてシャチに生まれ変わりたかった!

 ああ、ダメだ。混乱していて何を言ってるか自分でもわかんない!?

 シャチは魚類じゃない。哺乳類なんだっっ!!!


「何やってんよー?」


 とつぜんのマグロな事態に悪戦苦闘しているぼくに声をかけてきたのはひとりの少女だった。

 金髪の蒼い目。年齢は15歳くらい? リスを思わせる人懐っこい笑みを浮かべる少女だ。

 なんというかファンタジー世界にありがちな感じのひらひらとした服を着ているけど、そんなことはどうでもいい。


 外人だー!!


 よーしよしよし。日本人が相手なら刺身ENDの危機だったけど、外人なら大丈夫。やつらのマグロの消費量は日本人ほどには多くない。


 ちょっと冷静になってきたぞ。

 どうやらこのボディ、息苦しい感じではあるけれど窒息死しない程度には酸素は取り込めるらしい。自重で内蔵がつぶれる感じもない。ただちに問題はないっぽい。

 問題は、このお魚さんボディが地上活動にまったく不向きなことくらいかな!


 周囲を見る余裕もでてきた。

 身体をぐるぐると横に回転させて、コロコロと転がりながら周囲を確認する。

 見た感じ、今いる場所は教会みたいな感じ?

 真っ白な礼拝堂っぽい建物が向こうのほうに見えるし、ぼくがいる庭園チックな場所も整備された芝生で覆われている。


 そうそう。周りにはウィルベルと同じ服装をした少年少女が、各自動物をつれてワイワイガヤガヤって感じ――


 ……?


 ここでぼくは変な違和感を覚えた。

 ウィルベルっていうのは話しかけてきた金髪の女の子のはずなんだけど……あれ、自己紹介なんてしてもらったっけ?


「あら、ウィルベル。あなたは神聖なる『精霊の儀』で何を召喚できたのかしら? わたくしは炎の精霊カーバンクルでしたけど。おーほっほっほ!」


 そんなことを考えていると、さらに女の子が一人増えた。

 おーほっほっほとかそんな笑い方する娘初めて見たよ。これが海外のスタンダードなのかな?


 ウィルベルと同じく金色の髪。年齢も一緒くらい。ちょっと違うのは縦巻ツインドリルロールのお嬢様ってところかな。

 手に持っているのは小さな小動物。RPGに出てきそうな不思議な感じのネズミっぽい観賞用っぽい動物。

 

 さっき言ってた召喚とか、この動物とか。まるでファンタジー世界だね。ははっ、ラノベみたい!


 ウィルベルのほうは嫌味を気にした様子もなく、振り向きざま、見せつけるようにぼくのマグロボディを重量挙げみたいにリフトアップ。


「ルセルちゃん! 見て見て! これ、すっごく大きいの!」


 再度言っておくと、ぼくの体重は約200キログラムである。

 唖然とするぼくと、ルセルと呼ばれた縦巻ツインドリルロールの少女の目があった。


 ――なんですの、これ?

 ――ほんとになんだろね、これ。


 不思議だね。なんでか知らないけど、以心伝心。おんなじ気持ち!

 ぼくらが死んだ魚のような視線を合わせて心を通じ合わせていると、


「皆さん、無事に精霊を召喚できたようですね!」


 向こうのほうにいた神官っぽい女のひとが、パンパンと手を叩きながら声を張り上げた。

 

 ……精霊?

 

「精霊とは人生のパートナー。自分の分身や恋人のようなものです。よい精霊に恵まれ、ともに成長していくことこそが心安らかな日々を過ごす秘訣ですよ。みなさんに女神エトリ様のご加護があらんことを」


 女神? 精霊? ははは。超うけるー。

 うけるー……。るー……。……。


 その言葉に、ハっと我を取りもどしたルセルが手を挙げる。


「み、ミス・リュシー! おかしなものを召喚した子がいるのですけれど!?」


「ルセルさん。報告はしっかりとなさい。どのようにおかしいかをちゃんと……」


「……」


「……」


 いやん。そんなおかしいものを見るような目でぼくを見ないで。

 ミス・リュシーは一度目を逸らして……5秒くらい空を見上げて、ウィルベルにリフトアップされたぼくを再度見た。


 いえーい。みんな大好き、ぴっちぴちのクロマグロです。


「あの……ウィルベルさん? これは?」


「うちの精霊なんよ?」


 ルセルやリュシーの反応が心底不可思議であるといわんばかりに首を傾げ、ウィルベルはぼくの額を触った。

 触れられた額から魔法陣が浮かび上がって、空中に文字が投射される。


種別:精霊

レベル:1

攻撃:E

守備:B

魔力:E

攻撃補正:E

守備補正:E

魔力補正:E

スキル:なし

総合ランク:E

所有者:なし


 やったー。種別『精霊』って書いてるから間違いなくぼくは精霊なのである。

 たぶん翻訳ミスなんじゃないかなって思うけどね!


「そ、そうですか……。では契約を……」


 とにかく、その文字を見てミス・リュシーは思考を停止したらしい。

 額を押さえてよろめきながら言うのが精いっぱいだった。


 ……契約?


 と思った瞬間。リフトアップされていた肉体が持ち直される。ぼくのエラの部分をがっしり掴んで、顔と顔が近づく。


 こ、この体勢はまさか……まさか……っ!? このまま丸かじりする気なんじゃ!?

 誰か助けて! 生のままで死にたくなーい! せめてこんがり焼いて召し上がってよ!?


「我が名はウィルベル。我は常世の善を成す者。世の悪を敷く聖なる君に永遠の祝福を」


 そして唇が触れた。


 ――キスがありましたか?

 はい。ありました。

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