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シールド&マジック  作者: バルバロ
ジュラー編
8/51

会話

AG.3433年 4月 


 点々と、床に水たまりがある。

 小さく水が跳ね、段々と輪が広がっていく。飛沫がピシャンと水面を揺らし、石畳にシミを作り出す。


「はあ、はあ……」


 薄暗いホールで屈んでいるのはロー。額から滝のように汗を流し、さらに全身にも水滴が浮かぶ。息を切らし地面に片手をついている。

 夜は完全に更け、窓から差す月光がその姿を映し出す。


「ふう、ふう」


 手のひらで顔の汗を拭い、腰を上げる。息を整え足元の大剣を拾う。彼のためだけに作られた、無骨にすぎるもの。甲冑を纏った兵士を両断するに十分すぎる重量、職人が丹念に丹念を重ねて切れ味も恐ろしく、数人を切ったぐらいでは血を拭う必要すらないほど。

 見た目こそ普通の直大剣だが、柄にはグリア人の言葉で王を意味するアルファベットのZに似た記号とローの名が刻まれている。

 これを持ち戦場に立つローはまさに無敵の戦士であり、これを見た相手は恐怖におののき反撃もできずに肉塊へと変えられる。ある戦場ではローが遅れて到着した時には三倍以上の戦力差であったものが、彼の活躍もあり互角以上にまでなり、最後は痛み分けまでに持ち込んだという逸話がある。


「ああ、よし……」


 それを持ち上げては振り下ろす、愚直なまでに何度もゆっくりと。

 これは鍛錬ではなく儀式。握りしめる剣の感触、疲労と繰り返しにより静まる心。精神を統一させながら続けること数時間。すでにローの心に剣を振る以外の感情はない。

 なにかを振り払うように、逃避するように、この一月ほぼ毎日行っている。

 張り詰めた感覚、戦場にいるかのように研ぎ澄まされた神経にふと引っかかるものがあった。


「――誰だ」


 一瞬で振り返り思わず剣を構えたローだが、すぐに誰だか気づきそれを下ろす。


「なんだよ、そんなおっかない顔して」

「……ダン」

「通りすがったが、どうした? 女に振られたか」

「……」

「冗談さ、睨むなよ」

 

 ほんの軽い気持ちで喋ったダンだが、想像以上にローの雰囲気は緊張感があった。


「そう、冗談だ。あんたを探してたんだ」

「俺を?」

「まあもっというと、あんたがこうして馬鹿みたいに剣を振っていたのは知っていたんだがな。タイミングを伺っていたんだ」

「お前も気を使うことがあるんだな」


 不本意だという風に手のひらを軽く上げたダン。


「俺もそう思う、だけれど仕方ないだろう。あんたの様子を見れば誰だってそうなるさ」

「……そうか。それで用があるんだろ?」

「ああ、ちょうどいいと思ってな」

「うん?」


 ここで初めてローはダンの腰に下げているものと、その装備に気がついた。


「そんな格好で、遊びに行くのか? デートには十分だな」

「言っていろよ。回りくどいことは言わないさ、なあロー」


 ダンが手に持つ丸盾、それを拳でゴンと叩いた。直径六十センチの分厚い盾、敵を押しつぶすようにするのがダンの戦闘スタイルだ。そして体には鎧、戦場に立つのとまた別な調整が施されたもの。部分部分を軽装化されたそれは一対一に特化されたものだと、ローはすぐに気がついた。


「――あんたに決闘を申し込む」

「ほう」


 剣を地面に立て、そして一度振り回し肩に担いだロー。戦闘態勢である。


「お前もついに玉座につく気になったか?」

「はっ、そんなもの兄貴どもにくれてやる。あれでもまあ、足りるだろう」

「そうかな、お前がそう思うならそれでいいが。じゃあなぜ急に」


 そう問われダンは少し考え込む。考えあぐねているというよりは、言い出すのを躊躇しているようだ。


「なあ、なんであったそんなに焦っているんだ」

「焦っている、か」

「ああ、これは誰にでもわかることだけれどな。そしてなにに“恐れて”いるんだ?」

「――」


 おそらくダン以外に気がついたものはいない。ライラですらその真奥には届いていない。ローの胸の中にあるざわめき、その正体をダンはうっすらとだが把握していた。


「俺的にはそんなことどうでもいいんだがな、けれど思ったのさ。チャンスだってよ」

「チャンス?」

「“本気”のあんたと戦えるチャンスさ」

「……俺はいつでも受け付けているが」

「いいや、あんたは最近ずっと本気を見せていなかった。諦めていたんだろうさ、同等の存在が現れることを」


 そう言われ、ローの胸にストンと落ちるものがあった。確かにそうだと。この焦りの正体にも気がつけた気がした。待ち望んでいた仇敵、自分としのぎを削れる相手。それを望んでいた自分を忘れ、いつしかわからなくなっていた。ただの戦闘意欲だと、向上心と混同していた。本当はそれ以外にもあるが、それは今関係ない。


「なるほど。そういえばこれをしたのは久しぶりだったな」


 これ、とは今しがた行っていた儀式のことだ。


「暇がなかったからだと思っていたんだが、そうか、そうか……」

「ああだから、――俺が本気にさせてやるよ」


 その言葉を聞いた瞬間、ローが微笑んだ。段々と深い笑みに変わり、破顔したのを見てダンはローが本気になったのを理解した。

 そう思った刹那、ローが剣を振りかぶり接近してきたのにダンも反応し、剣と盾がぶつかり火花が散った。


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