斥候
「城……、なのか?」
目の前にあるのは、大きく切り出された石材の積み重ね。
「けど、ボロボロだな」
ルッグがそう形容する。
高さ五メートルほどの壁、一見は堅牢そうに見えるがところどころに石が欠けているなど、綻びがある。苔のようなものも生えており、作られてからの歳月の経過を思わせる。
そして上部などには崩れている箇所もあり、かつてここで戦闘があったように見えた。
ダンは城とも言ったが、規模からすると砦とも思え、戦時における駐屯地のような役割を担っていたのだろうか。
しかし、一行にとって気にしなければならないことがある。
「中には誰か居るかな?」
いつも無口なリンが言う。思慮深さと同時に臆病さも備えている。とはいえこの状況で警戒はして然るべきだろう。
壁には木板での簡素だが補修がしており、明らかに人の手、それも摩耗度合いから比較的最近直されたと推測できた。
城、もとい砦までの距離は五十メートルほど。少しだけ盛り上がった場所にある砦に、中に人がいたとしてダンたちを発見するのは容易いだろう。一応木陰にいるが、動けばすぐにわかる。
霧は晴れたが、空は未だぼんやり暗く、気味の悪い気配が全体に漂う。
そのときふと、ダンが石壁の上の縁を見た。
「――誰かいる」
「なに!」
メアも同じ方を見るが、なにも見えなかった。
「本当にいたのか?」
「……一瞬、確かに見たんだが、すぐに消えた……」
ダンに見えたのは、灰のように濁った色のローブを着た人間。それ以上のことはわからなかったが、こちらを見ていたように感じた。
「信用できるか……、怪しいもんだが。入るか、ナーサ?」
提案者のナーサに判断を委ねる。メアも頷く。
全員の視線を浴びる中、ナーサはやや考え込んだが力強い声で宣言する。
「あたしが、宝を前にして下がれるか!」
「……あるとは限らないけどな」
ルッグが発言し、ナーサが睨む。
「じゃあお前は帰るか?」
「冗談、あんな霧の中一人で歩けねえよ。それに言い出しっぺはお前だ、危険は背負ってくれるんだろう」
笑っているが、ルッグは本気で言っている。彼らは仲間ではあるが、信頼ではなく合理性で行動をともにしている。自分の危険時に味方をおとりにすることになんのためらいも持たない。メア以外は、であるが。
「好きにしろよ。……で、どうやって入る?」
「リン、案はあるか」
メアが聞く。しかしリンは首を横に振った。
「砦に侵入なんか、絵図でもないと無理さ」
「そりゃそうだ」
ルッグがせせら笑う。
その後もこれといった良案は出ない中、ダンがしばらくぶりに口を開いた。
「要するに、中の宝が欲しいんだよな?」
「そうさ」
ルッグがぶっきらぼうに返事をする。彼は乱暴者が多いグリア人を蔑視しているのだ。それには反応せずダンは続ける。
「砦に人がいたとして、そいつらはどうでもいいんだろう」
「斥候でもしてくれるのかい」
「このままじゃあ埒が明かないしな」
疑念の視線がダンに向く。
「その図体で潜入なんかできるのかよ」
「……狩りは得意だ」
「そりゃあ頼もしい!」
明らかに馬鹿にしている様子のルッグ、それを少し諌めたメアが確認した。
「いいのか?」
「なにが」
「危険があるのは承知なんだろう、お前になんの特がある」
「リスクは大歓迎さ」
「ああその精神は、実にグリア人だ」
もはやダンは煽るルッグを完全に無視している、それが気に入らないのかルッグは唾を吐き捨てた。
「まあいい、なら行って来るが良いよ。合図をしたら私たちも向かう」
「ああ」
そう言い残しダンは大きく回り込みながら砦に近づいていった。それを見送ったあと、四人が話し出す。
「単純でいいな」
ナーサがつぶやく。ルッグがその意味を尋ねる。
「やる気なさそうだな、宝は良いのか?」
「命あっての物種だろうに」
「尤もだ」
「それに……」
険しい表情でナーサが話す。
「ここまで来て、見てわかったけど。このおっかしな空気、明らかに厄ネタだよ」
「そうさなあ」
「あのグリア人も乗り気だったしね」
「こうなるとわかってたのか」
ナーサは頷いた。
「あんなところで彷徨っていた馬鹿さ、おつむも相応なんだろう」
「ははは! 確かに!」
「本当になんとかしたら儲けもん、駄目だとしてもそれはそれ。あいつの生死なんてしったものかね」
「じゃあもう帰らないか?」
臆病者のリンが提案した。しかし制止したのはメアだ。
「この距離なら、結果を見てからでもいいだろう」
「優しいねえ」
メアは人嫌いを公言しているが、性根はおせっかいだ。今も出会ったばかりのダンを心配している。その感情はルッグには理解出来ないが、メアの顔を立てて黙っていた。
そうして四人が待機している間に、ダンは砦の間近まで到達していた。
先ほど以来、人の気配はまるでなく、不気味なほどに静かだ。まるで、ダンを誘っているかのように、砦は悠然と佇んでいた。
そのほぼ同じ時間、四人にも迫っていたものがあったが、気づいているものはいない。




