- 泉 -
<いつかの為に>
<力になれば>
<願おう> <待っている>
<我が末裔に> <…頼んだ>
夢は時としてその世界に実際に居るように感じるものである。
巨大な力と拮抗しているようだ
黒い髪を肩まで揺らし、黒い服を靡かせた男エルフの背中が見える
此方を振り返り、ニコッと笑う
まるで心配ないと言うように
<泉に…> <…頼んだ> <俺は居なくても>
目を覚ます。
何かが己を引っ張っているように、背中を押すように、
無意識に、それが義務であるかのように
泉に向かわなければならない
寝間着を着替え、髪を結い直す。
小さなランタン明かりを頼りに外へ歩き出す
持ち物はランタン1つ
神聖な泉へ武器など要らなかった
そもそも儀式に関係の無い者は立ち入り禁止で
村長の家の奥
家にはまだ明かりが付き、妹【エリア】と村長の娘【アリス】の笑い声がしている
楽しそうな笑い声も今は耳に入らず、目もくれず家を迂回し進む
<…神聖な><泉に…><封の月><待っていよう>
<きっと>
悪が潜むか、神が棲むか
縄をくぐり抜けた先はただの泉。
しんとした小さな泉だった
男エルフには関係の無い場所で初めて見る
四方見渡せる程度しかなく、見たところ深さは人が入って腰か膝くらいだろうか?
魚も居ない泉、傍で小さな虫が淡く光り存在を示している。
…何をしに来たのか?
何が神聖なのか?
ただただ、手を泉へ伸ばす
まるで水面の月を掴むように
<今、解き放たれる時>
泉の月が大きく光り、波が立ち、より光が散乱して目が眩む
<待っていた>
その声に懐かしさを覚える
<制し、封ずる事の出来る英雄>
夢で聞いた声とは違う、女性の声
目の前には黒い長い髪を揺らす女性のエルフ
幻のようでキッと強くも優しい瞳だが、光を持たない変わった瞳をしている
女エルフが手を伸ばし、幻影の手が重なる
<苦難もみな、封じてくれ>
<名も分からぬ末裔>
カッ!と光が手から放たれ、一瞬にして光りと幻が散り消える
火花のように揺らめきながら光がゆっくりと舞い落ち
意識も共に落ち、途切れた