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眠りから覚めた人ならざるものは幼い少年に庇護されるかたちで、今のところは限定的な自由を手に入れていた。
パーカーという存在は誰でも入手可能な消費財でありつつ、その一方で唯一無二の神秘性を有した奇跡の生き物といえた。
そもそも生物の定義においてパーカーというパンダ人形の存在が既存のカテゴリーに分類されることはおそらく不可能であった。
そんな、出るところに出れば喉から手が出るほど欲する人間がいるはずの謎の生命体Xの命運は、ミロという一人の少年が握っていた。
それも図らずも誕生日プレゼントで手に入れたと云うのだから、本当にめでたいことだ。
好奇心を小さな胸いっぱいに膨らませてパーカーの観察を始めたミロだったが、それは一過性の短命なものに終わった。
というのも、パーカーは基本的に「座る」「立つ」「歩く」といった必要最小限の動きしかできないようで、そこには観察もなにもないといえた。
少なくとも、興味のON・OFFが息をするように入れ替わるわんぱく坊主にとって、それを持続させることはハナから無理な話だった。
パーカーを目で追うことに飽きたミロは(実際は目で追うほども動いていなかったが)、ベッドにあおむけになり、意味もなく手足をバタバタさせた。
するとミロは不意にそれをストップして、首だけパーカーのほうを向き直り弟パンダをチェックする。まるで抜き打ちだ。
しかし、そのあては外れた。パーカーは本物の人形のように動かなかった。
ミロは初めて困惑という感情を抱いた。
それは動かないパーカーに対して、ではなかった。
ミロはいままではおもちゃの人形という大前提があったことで、自分の都合で好き勝手にそれを扱うことができた。
所有者と所有物の関係だ。
しかし今はどうだろう。
あれはオフィシャルではないが弟ということになっている。
仮にも(本当に仮にも)兄の立場になっているわけだから、感情のままに弟を振り回していいはずがないのだ。
もし弟と認めていなかったとしても、自分と似たように歩いてしゃべれる生き物なのだからやはり無下に扱うことはできない、という結論にミロは至るのだった。
パーカーの生命としての目覚めは、ミロの念願を叶えるとともに、始まりと終わりのある生物としてのオーラを確実に纏った。
それはミロにとって絶対確実に喜ばしいことだったが、同時にそれは人形としての存在価値にある種矛盾を生じさせていた。
パーカーはパンダ人形でありながらパンダ人形の役割をほとんど失っていたのだ。
そのことが幼いミロを悩ませている正体だった。
それでもミロは風の子であり、人の子であり元気な子だ。
またすぐに自分だけの世界への扉をみつけ、毎回初めてとなる一人遊びを始めた。
リビングと子供部屋を往復しながら、お母さんやパーカーに話しかけながら、あるいは不意の空想に没頭していると、ガチャリという音がしてミロのお父さんは帰ってきた。
そこからミロが夜寝床に着くまでは、歩く歩道にただ乗っているようにミロはなかば無意識のルーチンワークで過ごした。
寝る時間を指摘されたミロはすっかり闇に溶け込んだ子供部屋に侵入し、するりとベッドへ忍び込んだ。
マクラにはパーカーがいた。
「おやすみパーカー」
そう声をかけたが返事は返ってこなかった。
パーカーは先に寝てしまったのだろう。
影がそこに集中しているように黒が際立ったパンダを見ながらミロはそう思い、目を閉じた。