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ゆっくりと日が傾き、部屋を照らしていた明度は徐々に落ちた。
その間、誰もミロの部屋を訪れることはなかったので、自然部屋は暗さを帯びていった。
あんなことがあった後だから、その張本人が待ち構える自室にミロが不用意に訪れる可能性は低かっただろうし、やはりその機会はなかった。
ミロは嫌なものに蓋をするように、それを忘れたいように子供部屋から遠ざかった。
それも事実だったが、本当のところは両親との溝の概算を考えることばかりに囚われ、半ばJ・パッカーのことを忘れかけてもいた。
幸いなことに、J・パッカーは夜に実行するつもりのそれを成すまで、ベッドで優雅なひとときを満喫していた。
普通に考えれば不発弾をほったらかしにしているこの状態は大変危うかった。
もしこれが、仮に窓ガラス破壊を前半の部として、後半の部が存在した場合。
ミロの家族はダメ押しを喰らうかたちで、それは一日にして、完膚なきまでに彼らの築き上げてきたものを粉砕しただろう。
それまでが絵に描いた良好を示していただけに、振り子の反動もまた、甚大であった。
しかし、幸か不幸か一家を巻き込んでの「大災害第二部」とはいかなかった。
その点はミロにとっても不幸中の幸いというべきだろう。
いや不幸中の凶くらいだ。大凶でないだけマシ、というレベルの話だった。
不幸の中にある幸せは幸せの力を持っていない。
家族への余波がなかったことを素直に喜べないことには理由がある(いまのミロにとって家族への影響なんてまったくどうでもよいが、後になって考えればそれは幸いと捉えることもできた)。
それは「Aに危害は及ばなかったがBには及んだ」という単純な話ではなかったからだ。
事件がもつ質量において、Aを仮に500、Bを仮に500として片方しか起こり得なかったとする。
それを前提とした場合にミロが経験したそれは、
「Aがなくなって0(500→0)、Bが起こって5000(500→5000)」という、加算を通り越しての乗算。質量保存の法則をまるで無視、しているみたいだったからだ。
それは茶番じみていたが話は簡単で、J・パッカーという殺人鬼が「取り戻し」つつあった、ということだった。
もっとシンプルに云えば、発進した車がアクセルを踏み込むように、ただエスカレートしただけのことだった。
ミロの肉体を死に追い込む、精神の天地をひっくり返す。
夜が、ミロの入室とともにやってきた。




