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遠巻きからでもそれはわかった。
ミロという一家がおそらくいままで経験したことのないほど、険悪な関係性に陥っていることが。
かといって、いまのJ・パッカーにはそれをほくそ笑むような陰湿な気持ちはなかった。
草の芽ほどもそんな心当たりはなかった。
彼はただ行動がもたらした結果を目の当たりにしているだけだった。
実験的な気持ちも当然ない。
少しづつだが、彼はある部分で人形に近づいていた。
しかし、ある部分では人形からかけ離れていた。
喧騒とは無縁の屋内で、J・パッカーはベッドにただ横たわっている。
ミロは子供部屋に戻ってこないが、いつものような団欒も聞こえてこないし、かといって
激しい言い合いも起こらない。
ミロの家では冷戦が行われているようだった。
J・パッカーは暴発した怒りから開放され、ひどく落ち着いていた。
彼は堪えがたい激情を通過したことによって、自らを取り巻くエネルギーに気付き、それをコントロールする術を会得した。
それはむしろ、本来的な力を取り戻した、というほうが正確かもしれない。
移植された部分が身体に馴染んできたような感覚だった。
部屋を見渡し、背の低い姿見に焦点を当てる。
鏡に映る自分のなりを見て、人形になった当初より汚らしい黒を帯びていることが関係あるのかもしれない、とJ・パッカーは思う。
しかし、人形となった自分の身なりなんて彼は吐いて捨てるほど関心がなかった。
人間のように身体が動くなら、それをただ受け入れるだけだ。
この世界に疑問をもつ者は一人しかいない。
その回答者も一人しかいない。
一×一=一。
J・パッカーは考えることを一切やめた。
視界に天井だけを映す。
次なる力の発散を待ちわびる。
また導火線に火が灯るのを待っているのだ。
突如、男の声が子供部屋にまで響いた。
喧騒がやってきた合図だろう。
J・パッカーは瞬間ベッドから飛び降り、一瞬でドア付近にまでたどり着いていた。
どうやらミロと両親が口論をしている。
開戦したみたいだ。
黙って内容を聞いていたJ・パッカーは美しいほほえみを湛えて(もちろん人形の顔は変わらない)、静かにベッドへと戻った。
今夜のステージ構成が決まったからだ。
それを実行するイメージは過去のことを思い出すようにありありと想像できた。
ベッドのいつもの位置に寝転んだJ・パッカーは、恋焦がれた無にごく自然と帰した。