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J・パッカーは死んだ。
彼が絶命したのと時を同じくして、彼の死体があるトニータイガー・ビーサウス店からわずか数kmの場所では、新しいお友達誕生の儀式がにわかに執り行われていた。
「もう見てもいい?」
「いいわよ」
小さな手で自らの視界を覆っていたミロは、まるでスタートの合図が切られたように鼻息荒くカラフルな流星が飛び交う包装紙を手早く破った。
徐々に露わになるそれは、目を刺すような明るい青色にペインティングされた、平らな底のたまご型のダンボール紙だった。
首を傾げたミロは巨大なネジを回すようにそれを回転させ、いよいよそれの正体を見破ると、破顔して両親を見た。
「ミロ、兄弟がほしいって言ってたわよね」
「うん!言ってた!」
お母さんの言葉に食い気味で返事をするミロ。上機嫌な証拠だ。
「人形だから兄弟ってわけにはいかないかもしれないけど、ミロの大切なお友達にはなれるんじゃないかしら?」
「なるよ!友達どころかもう僕ら兄弟なんだ!」
言い張るようにミロは笑顔で高らかに宣言した。
その様子を見ていたミロの両親も顔を見合せ、サプライズの成功を欧米流のスキンシップで喜んだ。
ミロの両腕のなかにはまだダンボール紙に入ったままのパンダの人形があった。
ミロは小さな手を駆使し、慣れない手つきながら早速パンダを救出した。
パンダは顔と胴が同じか、もしくは若干胴のほうが大きく、動かないそれらの部分を核として計四本の足がだらりと長く生えていた。
座ることも立つこともできないが、四本の足を自由に動かすことができ、振り回すとそれらが別々の生き物みたいに無茶苦茶な軌道を描いた。
ミロはわずか四歳だが、両親にお礼の言葉をしっかり述べると一目散に自分とパンダだけの世界に突入していった。
両親は笑顔のまま廊下に広がったゴミを片してリビングへと消えた。
ミロのいなくなったのを確認したようにしてから、ミロのお母さんは言葉を紡いだ。
「あんなに嬉しそうなミロ、初めてみたかもしれない」
「そうだね。無邪気に喜んでいまもパンダとの遊びに夢中になってるよ」
ミロのお父さんがお母さんの意見に相槌を打つ。
「ほんとうによかった……。あの子が兄弟がほしいなんて言い出したときは、胸が張り裂けそうになったわ……」
涙ぐむお母さんにつられてお父さんも唇を嚙み締める。
「今日でちょうど、あの子が亡くなってから三年が経つものなあ」
惚けた様子でお父さんはつぶやいた。
「生きていたら七歳よ。立派なお兄ちゃんだわ……」
同じ屋根の下でまったく異なる感情が、それぞれ大きなエネルギーとなってミロの家を充満していた。
その頃ミロは、自分の体格からしては広すぎる自室でパンダに空を飛ばせていた。
胴をつかんでさながらスーパーマンのように滑空している体だ。
パンダは死んだように手足を地の方へ垂れさせていた。
ミロの空想は突拍子もなく、断続的で、また脈絡もなかった。
概してこの年ごろの子供というのは起きたままにして連続で夢を見続けているようなところがある。
もちろんミロもその例外ではなかった。
しかし、ミロだけに起こり得たこともあった。
それはなんの前触れもなく、必然性なんてものは皆無に等しく、ロシアンルーレットの外れくじを引いたようなものだった。
事象としての確率は、宝くじの一等を三回連続引くようなものだろうか。
つまり、万に一つも起こり得ない。
はずだった。