2-5
絶望的なまでの苛立ちに身を包んだJ・パッカーは、「ただそこにいる」ことすらできなくなった。
全身を掻き毟るように手足を動かす。
しかし指も爪もないのでもちろん意味はない。
重力から逃れるように身体を激しく揺さぶる。
一体の人形が、ただバタバタしているだけだ。
一つから始まったすべてに耐え切れなくなったJ・パッカーは起き上がり、転がり、のたうち回った。
逃れられない苦痛にいよいよ彼は気付いてしまった。
この世界に睡眠はないということに。
もちろん睡眠という概念自体はある。
目前で眠っているミロも、何個か部屋を挟んだミロの両親も、隣の家でもおそらくそれは行われていた。
しかし、それらはすべて彼の手の届かないところにあった。
人間としてのサイクルのそれは永久に別世界のものとなった。
J・パッカーはベッドをただ黙々と歩き始めた。
それに目的はないが、それをこなすことが目的だった。
じっとしていることなんて、いまの彼には到底死んでも無理だった。
仮に、眠ることができなくなった人間はそのうち死んでしまうであろうことは、なんとなく想像がつく。
しかし人形となってしまった彼はどうだろう?
彼の睡眠は?彼の死は?
人間ならばきっちりと断言できたはずのすべてが、突如あやふやになりだした。
J・パッカーはそのとき孤独を感じた。
答えを知る者はいないし、答えを考えてくれる者もいない。
すべてが一だった。
居ても立っても居られず、傍らで眠るミロを揺する。
ミロは起きない。
揺する。
起きない。
ゆする。
起きない。
ゆする。
起きた。
ゆする。
自分を認識したミロに彼は思ってもないことを言った。
別に言いたくもないことを。
事実だと認めたくないことを。
ただ矢継ぎ早に。
昔の自分の片手もいかない年の子に、その先にあるものを悟られそうな気がしたからだ。
ミロはやがて困ったような顔をすると、またもとの姿勢に落ち着き、謝りながらすぐに眠ってしまった。
J・パッカーは虚しい演技を続ける。
それをやめることはいまの彼にはできない。
彼は暗い海にずっと一人でいる。これからずーーーっと。